第2話:強者たる僕04
しばらく対戦を続けた後、僕はトイレ休憩を取った。
手を洗いながら、鏡に映る自分を見つめる。
心なしか表情が明るい。
一夜にして健康的な男子高校生に変身しているのも要因の一つだが、健全にエネルギーを発散できているからなのかもしれない。
一人でもくもくと格ゲーをする事を悪く言うつもりはないが、どうしても"友達と楽しく遊んだゲーム"の思い出が、今の自分を肯定させてくれなかった。
いや、ちょっと違うかな。
もっと簡単な気がする。
きっと単純に楽しいのだ。みんなでゲームをすることが。
男子トイレから出て、部室に戻ろうとすると、一人の女子生徒がこちらに向かっていた。
あれはたしか、格ゲー部の人だ。
ミーティングの時に、目が合った子。
おだやかだった気持ちはなくなり、焦りが込み上げてくる。
すれ違う時って、どうしたらいいの?
向こうも絶対僕のことを知っているだろう。何も言わないのは印象が悪いはず。
たぶん「お疲れさま」が無難な気がする。
でも、それって学年関係無いのかな?
たしか、学年毎に色分けされているから、まずはそれを確認してー…。
あれ?女子制服のどこが色分けされているんだっけ?
なるべくゆっくり歩いていたが、結論が出ないまま、もう小声でも届く距離まで来ている。
向こうも対応に困っているのか、俯きながら歩いている。
もう学年なんか気にするな。無言よりはマシだ。
そう決意して、閉じていた喉を頑張って開いた。
「「お・おつかれさまです」」
視線も合わせず、立ち止まることなくすれ違ったが、声だけがきれいにハモった。
うぅ…、なんか恥ずかしい…。
仮に今の僕はイケメンな方だとして、これじゃまったく使いこなせていない。
強キャラの性能をまったく活かせてないぞ。なさけない。
イケメンになったからって、イケメンができるわけじゃないってことです。
意気消沈しながら部室に辿り着き、ドアノブに手を伸ばす。
すると、僕が触れずともドアが勝手に開いた。
「あ、ごめんなさい」
向かいに立っていたのは、またしても女子。
眼鏡をかけていて、少し硬い雰囲気がある子だった。
「現内…くん、蓮子(れんこ)…、花尾間(かおま)さんと廊下で会わなかった?」
花尾間さん?さっきの子だろうか?
「すれ違いましたけど…」
戸惑いを必死で抑えている僕の目を、彼女はほんの一間だけ覗き込んできた。
まるで心の内でも見ようとしているようであった。
「そう」
彼女は小さくそう言うと、一歩前へ出てきた。
僕は横に逸れて道を開ける。
「ちなみにだけど」
僕を横切った後、彼女は振り返った。
「私と蓮子は同級生だよ。しかも、蓮子はクラスメイトなはずだけど?」
えっ?そうだったのか。
これは嫌な感じがする。クラスメイトを把握していないなんて、印象が良くない。
「えと、その…」
僕が返答に困っていると、彼女は小さなため息をついた。
「いいよ。別に現内くんに非はないだろうし」
そういってもらえると助かるが、たぶんそんなことはない。
「私は関泉(せきせん)涼奈(りょうな)。同じ格ゲーマーとして、今後ともよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
関泉さんはそう言って、トイレの方へ歩いていった。
同じ年とは思えない落ち着いた雰囲気に、少したじろいでしまっていた。
しかし、これで格ゲー部女子4人全員と顔を合わせたことになる。
なんかこう、特別な日に感じた。
この世に生まれてから、一日にこんなに女子とお話しできたことがあっただろうか?
正直、心躍らずにはいられない。
部室に入ると、それに気づいた箕内さんが大声で僕を呼んだ。
「現内くん!もう一戦!早く!」
箕内さんと一緒に僕を見る部員達の顔も笑っている。
僕は、あの輪の中へ呼ばれている。
僕は、あの輪の中へ入っていいんだ。
「ははっ」
心の中ではやれやれと余裕ぶっているが、きっと顔は緩んでいる。
格ゲーをやっていてよかった。
この世界に来れてよかった。
ちょっと不純な理由もあるけれど。
僕は今、昔のように、ゲームを楽しんでいる。
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