第1話:ゲーマーがステータス06

「あ…、屋良さん…」




加藤はその男子生徒の顔を見るなり、すぐに僕から手を離して、一歩引いた。




その様子を見届けた男子生徒は、今度は僕の方を向く。




あ、この人…。


僕もこの男子生徒には見覚えがあった。




屋良(やら)櫂瀬(かいせ)。


軽音部の部長で、男女問わず人気がある。一日のほとんどを机で過ごす僕でも顔を知っている程。




「君、強いね。どこかのチームでやっているの?」




屋良さんが僕に話しかけてきた。




え?チーム?




「えと、その…僕は…」




だめだ。何を聞かれているのか理解できないから、何も答えられない。




「…あぁ、ごめん。俺は3年の屋良櫂瀬。格ゲー部で部長をやっているんだ」




「えっ!?」




思わず声が出てしまった。


格ゲー部だって?


なんだそれ、聞いたことない。


しかもなんか、響きが恥ずかしいというか…。




というか、屋良さんがその格ゲー部の部長?


人違い…ではなさそうだ。




そうだった。朝からずっと、何かがおかしい。


それが僕なのか、または世界の方なのかはわからないけど、まるで異世界にも迷い込んでしまったようだ。




「君みたいに強い人、この高校で初めてみたよ」




屋良さんは、親しげに僕の肩に手をかけると、明るい笑顔でそう言った。


初対面でこんな急に距離を詰められているのに、不快感が無い。


それはきっと、本当に僕に興味を持っていてくれているからだろう。


あとは、この人が生まれ持った社交性もあるかもしれない。




「いえ、そんなことないです…」




こうやって褒めてもらえたのはいつぶりだろうか?


慣れていないから、謙遜という形をした否定を返してしまった。




「相当やり込んでいるね。どうやって練習しているの?」




「家でネット対戦をしたり、有名プレイヤーの動画をみたりとかです」




「もしかして、一人で?」




その言葉にビクッと反応してしまう。


ゲームに肯定的な雰囲気があるが、やっぱり一人でやっているのはマイナスポイントだろう。


そう思った。




「すごいな。それはちょっと尊敬するかもしれない」




が、屋良さんは驚いた表情こそしたが、言葉通りの敬意を僕に送ってくれた。




「なあ、突然で悪いけど、もし今日予定が無かったら、放課後、格ゲー部に顔を出してくれないか」




「僕が、格ゲー部に?」




「ちょ…ちょっと待ってください屋良さん!」




僕が面食らっている時、加藤が後ろから割り込んできた。




「なんでこいつを勧誘するんですか!?俺のことは断ったクセに!」




屋良さんは、食ってかかってきた加藤に向き直ると、少し言葉を選んでから話し始めた。




「それはもう説明済みのはずだよ」




「それは…。でも、そんなものはこれから気を付ければ…」




「それもこの前聞いた。で?気を付け始めた結果が、これなのかい?」




加藤は言葉を詰まらせる。


しかし、僕が勧誘されたことがどうしても許せない様子だった。




「だとしても、なんでこんな、でくの坊が?」




屋良さん越しに、加藤が僕を睨み付けてくる。




「見た目で人を判断するのは感心しないな」




そう言われた加藤は、ばつの悪そうな態度をとり、目を伏せた。




僕がでくの坊?


そう言われて、初めてあることに気が付いた。




この中で、僕が一番背が高い。


たしかに体が大きくなったことを確認していて、それもあるけれど、まわりの人間が小柄になっている?




そうだ。


屋良さんって、たしか180センチ手前まで身長があるらしい。


僕は160センチ前半で、大きくなったと言っても170センチ前後だろう。


それなのに、僕の方がわずかに高い。




加藤にいたっては、中学生かと思うくらい差がある。




僕は、こんなことにも気が付かない程、加藤を恐れていたのか。




加藤が観念したと判断したのか、屋良さんが再び僕の方を向く。




「それで、どうかな?」




僕が格ゲー部に足を運ぶかどうか。




「わかりました。行ってみます」




ぐちゃぐちゃ考える前に、僕はそう返事していた。




状況がまだ飲み込めていなくて、人が多いところは苦手。


それでも、なんだかよくわからないけど、僕は今この不思議な流れに乗りたくなった。


少し怖いけれど、その先にはまだ見たことがない格ゲーの世界が待っているかもしれない。


そういうワクワク感が、引っ込みがちな僕を後押しした。




「ほんとか!よし、放課後迎えにいくな」




キーンコーン。




高校のチャイムが鳴った。


まわりを取り囲んでいた生徒達が校舎へ向かっていく。




「俺たちも行かないと」




「じゃ」と軽く手を振ると、屋良さんは出口へ小走りする。


が、すぐに立ち止まって振り返った。




「とと、あぶね。まだ名前とクラス聞いてなかったな」




出口から明るい光が差し込み、屋良さんがシルエットのように陰る。


その姿は、まるで明るい未来へ誘ってくれる案内人のようであった。




僕は軽く咳払いをすると、少し大きめに声を出した。




「僕は、現内(げんない)巴伊都(はいと)。2年C組です」




第1話 -完-

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