第1話:ゲーマーがステータス02

数々の違和感を感じながらも、動画で対戦が始まると、僕はそれを視聴した。




こうやって色々な事を保留し続けてきた結果が、今の僕の現状を作っているのはわかっていて、いつか泣きをみる事も想像できているが、それでも今の生活を捨てらない。




だって、ゲームはこんなに楽しいじゃないか。


ゲームができれば、僕は、他の事は諦めたっていい。


そう思っている。自分はそういう人間なんだと判断した。




それでも朝の出来事のせいで、最初の方はあまり集中して見られなかったが、次第にいつもの自分に戻っていく。




トッププレイヤー達の対戦は、いつ見ても楽しい。


隙の無い牽制。精度の高いコンボ。鮮やかなアドリブ。たまに見せる小さなミス。


それらが僕を魅了してやまない。




何度か、この動画のゲーセンに足を運んだことがある。


休日やイベント日は人が多いらしいので、高校が休みの平日にだけ。


それでも、そのゲーセンにいる人達は強かった。


運良く勝てることがあるくらいで、常に劣勢を強いられる。


散々な結果に終わっても、その日の経験はたしかな収穫で、僕はそこから何日も一人、頭の中で検討と対策を繰り返した。




僕もいつか、あの人達と肩を並べたい。


そう思ったことはなかった。どんなに憧れても。


自分は、そこまで頑張れる人間ではない。


いくらゲームが好きでも、そこまで盲目にはなれなかった。




だから、今こうして楽しめているだけで十分だ。








「おい!」




突然強く肩を叩かれた。


驚いて通路側を見ると、同じクラスの嫌な奴らが僕を見下ろしていた。




「あ、なんで…」




「お前、このバスで来てたんだ。俺ら伊藤ん家で泊まっていたから」




リーダー格の加藤は、親指で隣に立つ伊藤を差した。




「イヤホン指してスマホとは、お前らしいな」


「何を見ているんだよ」




伊藤が僕のことを馬鹿にした後、佐藤が無理やり僕のスマホを取り上げた。




「…っ」




僕は、抵抗はおろか、何も言うことができずにいる。


ただ、何事も無く事が済むのを願った。




加藤達は三人で僕のスマホを覗きこむ。


そして、軽く嘲笑うと、ニヤついた顔で再び僕を見下した。




「なに生意気にランブルギアの対戦動画を見てんだよ」




加藤はいつものように高圧的な態度を向けてきた。




「しかも、ボイドの動画とか、お前が?」




横の二人もそれに続く。




これが僕の日常。


ただこうやって馬鹿にされ、黙って耐える毎日。




そのはずが、やっぱり、昨日までと何かが違う。




なんでこの三人が、ランブルギアを、ボイドさんを知っている?


ランブルギアは今もっとも人気が高い格闘ゲームだ。でもそれは、ゲームファンの中だけのこと。


ボイドさんは昔から有名なトッププレイヤーの一人だ。だけど、その名前を覚えることはそうない。




「え、あ…」




いくつも疑問が浮かび上がったが、僕はそれを口から出すことができずにいた。




「あ?なんだよ?」




そのじれったい僕を、加藤は睨み付ける。




「そうだ、せっかくだし、相手してやったら?」




佐藤は、加藤にそう提案した。




「はは、面白そう」


「悪くないな。お前の実力見せてみろよ」




加藤は、佐藤の提案が気に入ったようだ。




「この申し出を受けるなら、このスマホを返してやる」




加藤は佐藤からスマホを受け取ると、ヒラヒラと僕を煽った。




無茶苦茶だ。ちょっとよく考えれば、こんな事があっていいはずがない。


仮に僕が交換条件を飲まなくて、奴らがそのままスマホを持ち去ったら窃盗だ。


先生に言えば、それなりに大事になる。




でも、その大事と、その後の事が、僕から抵抗力を奪い去る。


こいつらの小さないやがらせを耐える事が、一番リスクが無くて、一番簡単だから。




「…わかった」




「よーし」




加藤はスマホを僕の膝に放り投げる。




高校に着くまで、三人に色々言われた気がする。


しかし、僕は内心それどころではなかった。




ランブルギアで、加藤と対戦する。


僕の唯一の支えであるゲームで勝負する。


加藤はゲームをやる人間ではないはず。だから、負けないはず。




が、なんであんなに自信あり気なんだ?




もし、もしも、ゲームですら負けてしまったら。




僕と言う人間は、こんなにも自信が無かった。

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