清濁すべて併せ呑んで、奇跡を起こせ
変態ドラゴン
死に損ないの復讐劇
第1話 初任務
どうやら、私たちは大学受験を目前にして、異世界に召喚されたらしい。
「俺たちはテイの良い捨て駒だよ」
街道を進む馬車の中で、クラスメイトの東堂は吐き捨てるように呟いた。
鉄の胸当てにアームカバーとレッグプロテクターを装着している姿は、日頃から運動部として鍛えた体と相まって、街中で見かける冒険者と比べても見劣りはしない。
それだけの運動能力があるなら不安も少なそうなのにな、と羨む私のことなど気にもかけず、彼はひたすら愚痴を溢す。
「何が村に行って様子を見てくるだけでいい、だよ。魔物のある場所に追いやって、何もなければそれで終わり、何かあったらどうにかさせるつもりで派遣しやがって」
事の始まりは数ヶ月前。
大学受験を目前に控えた私たちは、危機を迎えた異世界の魔術師によって召喚された。
召喚の過程で特殊なスキルを獲得した奴は恵まれた待遇を獲得したが、私たちのような凡人は『仕事の場を与える』とどこそかのギルドにぶん投げられて終わり。
人数の関係で、私は商業や職人ではなく、危険な冒険者ギルドに放り込まれたというわけだ。
冒険者育成学校というのにも通わせられたが、学んだのは基本的な読み書き算数、社会常識。
戦闘の技術なんてものは本当に基礎的で、東堂は剣術、私は魔術を齧った程度。
私なんて、一日に十回も魔術を使ってしまえば、疲労困憊で半日は動けなくなってしまう。
魔術を奥の手として、普段使いは弓にしているが、その精度も下の下。動いていなければ、なんとか当たるといったところだ。
方々で魔物が活性化しているせいで、冒険者ギルドも手が回らず、こうしてヒヨッコよりも役に立たない私たちが駆り出されているというわけだ。
「『辺境の村ポカポルに向かった行商隊が帰ってこない。村からの定期連絡も途絶えているので、様子を見てきて異変を解明してくれ』だっけ。魔物で往来が途絶しているだけならいいんだけど……」
「日本ならドローンや飛行機で偵察できるのによお」
東堂の愚痴は止まらない。
聞いているこっちまで気が滅入りそうだ。
冒険者ギルドを束ねる団長のご好意で用意してもらった質の良い魔術師のローブと、その下に身につけた軽装鎧の慣れなさに戸惑いながらも、遠くに見える村を眺める。
長閑な村。およそ十軒ていどの家屋に、風車小屋や倉庫が見える。
魔物に備えて作られたであろう外壁に綻びはなく、戦闘の痕跡すら見当たらない。
血の匂いや煙もなく、非常事態を知らせる鐘は依然として沈黙を守っている。
不気味なほどに静かだった。
「魔物の反応はあるか?」
「ううん。魔物の反応はないよ。少なくとも、私たちから半径五十メートルに、魔物はいない」
『明らかにおかしい状況』
冒険者だと、稀に遭遇するらしい。
そして、そういう状況は、常に厄介な騒動が控えているとされている。
「どうする? ここで引き返す?」
「馬鹿言え、ここで戻れば団長の面子が潰れるだろうが。街中に入って調べるぞ、もちろん戦闘は可能な限り避ける」
危険な伴う依頼の多いなか、団長が多忙を縫って見繕った依頼。もし逃げ帰ったら、団長が許しても側近や部下たちは決して許さないだろう。
なので、私たちに逃げ帰るという選択肢は許されていない。
進むしかないのだ。破滅が待っていたとしても。
「馬車はここに置いておこう。魔除けのお香を設置しておくね」
魔物にも、それぞれ格がある。
弱い魔物に効果のある、神殿から支給されたお香を焚いて馬車の安全を確保する。
街に戻るまで、この馬車が私たちの拠点になるだろう。
そして、いよいよ村に入って調査する時間が迫ってきた。
「先頭は俺が警戒する。春香、お前は探知魔術を使え」
「了解。作戦と戦いは任せた」
同じ境遇という事で何かと行動を共にする機会が多かった。その縁は奇妙なことに、卒業した今でも続いている。
私たちの目標は同じだ。
元の世界に帰る方法を見つける。この世界で骨を埋めるつもりはない。
目的を胸に、それぞれ武器を握り締め、蝶番の壊れた門を潜り抜けた。
村は、異様な静かさに包まれていた。
ついさっきまで人が暮らしていた生活感が色濃く残っているだけに、人の気配が全くしない村は違和感ばかりを与えてくる。
「調理してから、それなりの時間が経ってるな」
扉を開け放ったままの家屋は、どうやら家族が住んでいたらしい。
白のクロスを敷いたテーブルの上に並べられた四つの食器は使われた痕跡がなく、スープ鍋に取り残された中身は冷たい。
洗濯待ちの寝巻きが、藁を編んだ籠の中に放置されていた。
「……私たちより良い食事をしてるね」
キノコや野菜をふんだんに使った料理の数々。
この質のいい食事にありつくには、金貨一枚、つまり依頼の前金に相当する金額を稼がないといけない。
腹が膨れている今は無視できるが、空腹だったらロールパンの一つはくすねていたかも。
「農業が上手くいってるんだろ。領主からの支援も受けているらしいから、必要なもんが簡単に手に入るんだ」
興味をなくしたのか、東堂は外の様子を伺う。
その横顔に緊張が走った。
「探知に反応は?」
「ないよ。何か外にいたの?」
声のボリュームを絞った東堂に合わせて、私も声を潜めた。
魔物、と大きな範囲で括っているが、基本的に害のある生き物は全て魔物と呼ぶ。人を殺す機能に特化した機械も、大きな虫も、毒を持って俊敏に動く植物や動く死体なども。
探知魔術は、ある一定量の魔力を持つ生き物を探知する魔術。つまり、あまり魔力を持たない虫や獣、植物などには反応しにくい。
「ヒト。少なくとも、二足歩行」
「探知の範囲を広げる?」
「いや、やめておこう。目視で確認して、敵なら奇襲する」
探知の魔術は、遠くにいる生き物を判別する反面、相手に気づかれるという弱点もある。
気性が穏やかな生き物ならば争いを避けようと逃げるが、獰猛な場合だと迎撃しようと襲ってくる。
東堂は素早くカーテンを閉め、その隙間から様子を伺う。
「ありゃ、ヒトじゃねえな。噂に聞くゾンビってやつじゃねえか?」
「……魔物が村の井戸に毒でも盛ったのかな」
この世界では、魔族と聖族が激しく争っている。
宗教や伝統、種族単位での抗争が深く絡み合った、血で血を争う戦いだ。その始まりは、神話まで遡る。
魔族、もとい魔物たちの卑劣な戦術の中に、農村や街の井戸に毒を盛るというものがある。
その他にも、畑に火をつけたり、誘拐したり、とにかく悪行に限りはない。
「人をゾンビにする毒があるとは思えねえけどな」
神話にそういう奇跡や魔法が存在するらしいが、その手法や呪文はすでに失伝している。
それこそ、古い時代から生きながらえてきた魔物か、長命な種族ぐらいだろう。
こんなところにそんな魔物がいるとは思えない。
込み上げた不安を押し殺すように、私は弓を握った。
「よし、春香。まず弓で奇襲をかけるぞ」
「分かった」
矢筒から矢を抜き、いつでも撃てるように構える。
息を潜めれば、家屋の外を徘徊する魔物の足音が聞こえた。関節がこわばり、まともに動かせないのに歩き回る、足を引き摺るような音。そして、意味をなさない音声の羅列。呻き声はまさしくゾンビ。
通り過ぎたのを確認してから、静かに扉を開けて外に出る。
魔物は一体。
元村人だったのか、質素な麻のシャツに革のパンツを履いていた。短く刈り揃えた頭髪は、どこか朴訥とした雰囲気を感じる。
その面影をかき消すかのように、虚な眼光と涎の垂れた口元に血がべったりと付着している。
人を食った後なのだと、直感的に理解した。
そして、その理解のおかげで、弓の弦を引く手から躊躇いをかき消した。
弓の下、いわゆる下リムを遠慮なく地面に突き刺す。
金属のコーティングが施されているおかげで、さながら杭のように弓の角度と位置を固定した。
全身の筋肉を使って弦を引く。
足まで使う姿は、さながら弓を扱う体勢には見えないだろう。
合成弓、と呼ばれる特殊な構造。
異世界だからこそ実現できている、扱うのにも技術が求められる弓だ。
ズバン、と矢が放たれる。
当たれば殺すといわれるだけの威力を伴った一撃は、こちらに気がついたばかりの魔物に命中した。さながら果物のように頭部が弾け、腐肉を周囲に撒き散らす。
それでも、一度は死を迎えた化け物の動きは止まらない。頭部の損傷などお構いなしに、最期の足掻きとでも言わんばかりの勢いでこちらに向かって走り出す。
「
東堂がバスタードソードを抜き放ちながら、一瞬で魔物と距離を詰め、剣を振り下ろす。
胴を半分に分たれた魔物は、ついに地面に倒れ伏した。
「チッ、これが少なくともあと四体はいるってことか。この様子じゃ、他のやつらもゾンビの仲間入りか外に出て死んでるだろうよ」
倒れ伏した魔物から視線を逸らす。
元が人というだけで、罪悪感が湧く。
我ながら身勝手だとは思うが、あまり気分の良い体験ではない。
この村で、いったい何が起こったのか。
その真相を解明するまで、私たちは街に帰れない。
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