第3話 選択 ―運命の悪戯―

授業は続く。


「完全に倒しきることができなかった魔族の残党たちは、今でも各地で身を潜ませています。 居場所が特定できない原因は不明ですが……」

「魔族に対して、魔力、魔法が有効であることが判明しています。 そして魔法を扱えるのは、君たちくらいの年齢の子がほとんどです」

成長を止める、という症状が発覚して以降、子供たちに優先的に、多く薬が投与されてきた。

結果として、ほとんどの子供は件の症状に悩まされることはなかったが、代わりに大人たちより遥かに多い魔力が体内に生まれていた。

そしてある時事件が起きた。

1人で遊んでいた子供が魔族に襲われた。

悲鳴が聞こえ、すぐに駆け寄ってきた大人が目にしたのは、黒焦げになった魔族の姿と怯えた表情の子供の姿であった。

その子供の体を検査した結果、薬には不思議な現象を引き起こす力、「魔力」が含まれていることが発覚した。

不思議な現象は「魔法」と名付けられ、その日から魔族に対抗しうる切り札として今日に至るまでに熱心に研究が進められてきた。


「この学園では最新の研究に基づき、実践的な魔法の使い方を学ぶことができます」

先生がみんなを見渡して頷く。

「あなたたちが、魔族討伐のカギを握っているんです!」

先生の言葉に周囲が少しざわつく。ワクワクした表情をする人から、緊張から震える人まで。

僕は、拳の震えを止められないほどに興奮していた。

ようやく、ようやくだ。

ふと気になって、ちらと横の席を見やる。

雪貴は……何かを決意したような真剣な表情をしていた。


「で・す・が! 魔法はまだ未知数な部分があります。 何度も言われていると思いますが、授業時間内と緊急時以外決して使用しないように!」

耳にタコができるほど聞いた注意を聞いて、授業は終了した。


その後、コースごとに分かれての演習に入った。

この学園には3つのコースが存在するが、僕たちが所属する戦闘コースは実際に魔法を使用する演習が行われた。

「まずはおさらいから。 魔法には複数のタイプが存在します」

「空気中の魔力を別の何かに変換する魔法、自分自身を対象にして発動する魔法、他の対象に対して発動する魔法。 この3つが現在判明している魔法のタイプになります」

「また、魔法のタイプとは別に水や熱、雷といった属性も存在します。 自分がどのようなタイプの魔法を使えるかは、入学時の診断表に書かれていたと思います」

入学時には、身長や体重、視力や聴力などに加え、魔力量や魔法のタイプや属性なども検査された。

定期的に検査をしているが、魔法のタイプや属性が変わることはない。

「魔法のタイプや属性は、その人の経験や願望が強く反映されることが分かっています」

これは実際そうなのだろう。

僕の魔法は風を操る。 空気中の魔力を風に変換するタイプの魔法だ。

英雄は風と雷を纏い、剣をふるって敵を薙ぎ払っていた。

恐らく、空気中の魔力を風や雷に変換するタイプの魔法。 あの光景が僕の魔法に色濃く反映されていた。

「では、実際に使ってみましょうか。 誰かに向けて使用するのは危険なので、必ずこの人形に対して行ってください」

そうして魔法を使うサンドバック用の人形を渡された。

無機質なんだけど、妙な感触があるというか…… 大きさの割にずしっとした重みがあり不気味に感じた。


みんなが思い思いに魔法を使う。

火を起こす人、人形を浮かせる人、腕力を上げ人形をズタズタに引き裂いた人(それでいいのか)。

魔法は十人十色、それぞれ全く異なるものが繰り広げられている。

「僕も試してみるか……」

ようやく魔法を使えることに、未だに震えが止まらない。

深呼吸をして、周りから離れた場所に移動する。

「まずは人形を飛ばしてみるか」

人形を地面に置き、手をかざしてみる。

「……」

しかし何も起きない。

「そりゃ、手をかざしただけじゃ何も起きないでしょ」

ため息をつき、呆れた顔で雪貴が声をかけてくる。

「雛太の魔法は、空気中の魔力を変換するんでしょ? ならそっちに意識を向けないと」

「な、なるほど」

「はぁ…… そんなんじゃ先行き不安ね」

「う、ウルサイ! 次はできる! えっと、空気中の魔力を変換する感じ~……」

目を瞑り、空気に意識を集中させる。

魔力を変換させて、そして……

「うわっ!」

魔法を使った瞬間、周囲に突風が発生した。

そして、人形ではなく自分自身が宙へと放り出されてしまった。

(ほんとに出来た! 風が発生したぞ!)

喜ぶのもつかの間、自分が宙にいることを思い出す。

風が止み、そのまま地面に落下していく。

(やばい‼ 落ちる~~~~‼)

風を発生させて何とかしようと試みたが、落下してる最中に集中なんてできなかった。

地面との激突を覚悟し、目を閉じる。


……が、体が地面と激突することはなかった。

「……あれ?」

目を開けると、自分の体が氷で覆われていた。

いや、実際には

「まったく、全然できてないじゃない……」

「あ、あぁ、ユッキーか…… 助かった~……」

無事でいることにホッと胸をなでおろした。

雪貴の魔法は「空気中の魔力を氷に変換する魔法」であった。

物を凍らせる魔法……一体どんな経験からその魔法ができたのだろうか。

案外名前から連想したとか、しょーもない経緯かもしれないけど。

「なんか変なこと考えてる? あとこれ、貸しだから」

「はは、何でもないよ。 ほんとに助かった、ありがとう」

肩の力を抜いて苦笑いをし、魔法を解いた雪貴を見つめる。

「にしてもユッキーは上手くコントロールできてるな」

「そう? 雛太がへたっぴなんじゃない? ほら、コントロール、練習するよ」

「そうだな……」

魔法にかける情熱は誰にも負けているつもりはなかった。

だから自分が出遅れている現状が少し歯がゆかった。

「しっかりしなよ。 これからでしょ?」

そんな僕を察してか、微笑みながら励ましてくれる。

その笑顔に、ほんの少しだけ救われた気がした。

本当に雪貴には頭が上がらない。

結局この後の演習は、雪貴に手伝ってもらいながら魔法のコントロールの特訓をした。

ちょっとは上手くなった……ような気がする。





すっかり暗くなってしまった通学路を1人歩く。

今日は頭も体もたくさん使って、へとへとになってしまった。

僅かに残る魔法を使った感触。

コントロールはイマイチで、憧れた姿には程遠いけど、ようやく武器を手に入れることができた。

「これで僕も、あの英雄に近づいたんだ……」

この微かな感触に、夢への一歩を踏み出せた実感に胸を震わせていた。


「葵のやつ、まだ怒ってるかな」

今朝の義妹とのやり取りを思い出す。

あれは喧嘩ってわけではないけれど、逃げるように家を出てきたのは事実なわけで。

「家に帰ったらちゃんと話さないとな…… 納得してくれるかは分かんないけど」

葵がこの話題を嫌っているから、改まって話すことは今までなかった。

それでも僕は一歩踏み出したんだ。

僕の我儘かもしれないけど、これからについて葵とはきちんと話しておきたい。

それからあの人とも……

そんなことを考えながら、十字路を曲がろうとしたとき――


ドクンッ――――


「ッ!!?」

心臓が強く跳ねた。

底知れない、嫌な雰囲気が押し寄せてきた。

得体の知れない恐怖が、ズンと体に重くのしかかる。

経験したことがない感覚に、体がすくんでしまっていた。

怖い。

苦しい。

「ッはぁ、なんだこれ……」

息を切らしながら、周りを見渡す。

特に変わった様子はない。

が、しかし――

ふと目に入った路地に意識が吸いこまれていた。



「……」

恐る恐る、路地へと近づく。

何か音がしたわけではない。 ただ、本能がそこにがあることを告げていた。

「魔族でもいるのか……? だとしても今の僕にはこれがある……」

拳を握り締め、目を瞑り、意識を集中させる。

自分の周辺に少量の風が発生していた。

魔法の感覚。

あの時の僕とは違うんだ。 そう自分に言い聞かせ、歩みを進めていく。

本当はすぐにでもその場を立ち去るべきであった。

しかし緊張が、興奮が、恐怖が、疲れが、判断を鈍らせていた。

何より、好奇心が勝ってしまった。

(今の僕がどこまでできるのか……)

そんなことを考えるなんて、冷静ではなかったかもしれない。

それでも足は止まらない。

(来るなら来い……)

震える体を正し、深呼吸をして路地裏に入っていった。




意を決して入った路地裏、薄暗いそこで――――

「え――」

姿が静かに眠っていた。

「…………」

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