第1話 始まりの朝
夢を見た。
幼い頃の夢。
人類は、魔王と呼ばれる魔族の親玉が率いる魔族の群れに襲われていた。
家族と離れ離れになり、僕自身も魔族の一撃を食らう寸前だった。
そんな僕を助けてくれた人がいた。
鳥の鎧を纏った英雄、どんな人なのかは結局分からなかったけど。
あの日、あの時、あの瞬間から、時計の針は動き出した。
いつか、あんな風に誰かを助けられる存在に。
そして、もう1度あの人に会いに……
「お兄、朝からぶつぶつ何言ってんの」
「お兄ちゃんの思考を盗聴するんじゃありません」
「まあなんでもいいけど、起きてるならさっさとご飯食べよ―」
「そうだな。 あ、そうだ。 おはよう、葵」
「うん、おはよ」
ベッドから出て伸びをする。
今日この夢を見るなんて、なんて縁起がいいのだろう。
これが運命ってやつなのかな……
「何ニヤニヤしてるの、キモいよ」
「人の顔をキモいとか言うんじゃありません」
*
「
「今日も早くから仕事だって」
「そっか」
「いただきます」
「…いただきます」
翔けつけた英雄の活躍によって魔王の討伐と群れの撃退は成功したらしいが、
発生した被害がすさまじく、特に家族を失った、離れ離れになった子供が多かった。
そうした子供たちを被害の影響が収まるまで引き取ってあげたい、という人たちが出てきた。
孤児院に行った子と引き取られた子でだいたい7:3くらいだっただろうか。
襲撃による心の傷が癒えていない状況では、あらゆるものが恐ろしく映って見えたのだろう。
僕と、そして葵は高宮夫妻に引き取られることになった。
知らない人たちに引き取られることに不安がないわけではなかったが、
1人でいることが淋しかった僕にとって、誰かと一緒に過ごせることが本当にありがたかった。
あの時の葵といえば、僕以上に周りの人間を警戒して怯えていたっけ。
それでも里親を受け入れていたということは、やはり淋しかったのだろうか。
あんなに怖い目をしていたのに、可愛いところもあるじゃないか。
いや元々可愛いんだけども。
「またニヤニヤしてる、」
「んや、ちょっと考え事をな。 にしても昨日の残りて。 もうちょいなんかなかったんか」
「なんかて。 準備してあげたのに」
「だって今日から3年生だぞ、ようやくコース配属されて戦闘面で鍛えられるんだ! それに……」
「それに?」
「あと1年経てばあの人に会えるかもしれないしな」
「……あの羽根の人」
「そうだぞ! もうちょい新しい門出にふさわしい物をだな……」
「いうほど門出でもないでしょ…… じゃあはい、私のブロッコリーあげる」
「お前が食えないだけだろそれ…… モグモグ」
(なんかラッキ~)
もらったブロッコリーをかっ込み、少し機嫌の直った妹に向き合う。
「まったく…… いつまでも好き嫌いしてたら大きくなれないぞ」
「別に大きくなれなくてもいいし」
「そういうことじゃなくてだな……」
「うん、分かってるよ。 分かってるから」
「そうか……」
「うん」
「……」
「……」
食卓が静寂に包まれる。
時計の針の音と、食器がぶつかる音がはっきりと聞こえる。
葵が不機嫌な理由も、それをなだめようとしていることがバレていることも気づいていた。
それでも、僕は……
「やばっ!そろそろ時間が」
下ろした視線の先で、時計と目が合った。
時刻は7時を示していた。
「時間って…… まだ1時間もあるけど」
「早めに行っておきたいからな! 遅刻しちゃいけないし!」
「遅刻なんて1回もしたことないくせに……」
食器を片付け、薬を飲んで、歯磨きをして、ドタバタしながら玄関まで向かう。
「戸締りしっかりしといてね―」
「分かってる―」
「ちゃんと薬も飲んどきなね―」
「分かってるって―」
「っとと、忘れる所だった」
玄関にあった黒い羽根を手に取り、どこに仕舞おうか悩んで、一旦スマホケースに入れておいた。
「それじゃ、遅れないようにね。 いってきまー」
「いってらー」
期待感からか、逃げるようにか、勢いよく玄関を飛び出していった。
◇
「はぁ……」
お兄が出て行ったのを見送ってから、私は深くため息をつく。
『うん、分かってるよ。 分かってるから』
「分かってなんかない、これっぽっちも……」
あの黒い羽根の持ち主に、お兄は助けられたという。
倒れていた時からずっと羽根を手放さずに持っていたらしい。
無意識につかんでたんだと思う。お兄にとってはそれぐらいの希望だったらしいから。
出会ったばかりの頃は、私と同じくらい周囲に怯えていたはずなのに。
それなのに怯える私に何度も話しかけてくれて。
それから5年後には、もう今みたいになっちゃってて。
『僕は昔助けてくれた英雄みたいに魔族を倒すんだ!』
私のことも守ってくれると言ってくれていたけれど、そんなことはどうでもよかった。
今でもはっきり思い出せる。
魔族たちが飛び交う紅い空。
地鳴りのような怒号と悲鳴。
目の前で襲われた家族。
恐怖で声を上げることもできなかったあの過去。
再び家族を失う恐怖に怯え、あの時はお兄を拒絶してしまった。
今でこそ少しは落ち着いて、お兄とも普通に接することができるようになった。つもりだった。
それでもお兄のあの話を聞くたびに嫌な態度になってしまう。 そっけない態度を取ってしまっていたと思う。
もし、私があの過去を払拭できていたら。もしかしたら、お兄の夢を応援できていたかもしれない。
でもできなかった。あの悪夢は、あの恐怖は、あの絶望は、頭からちっとも消えてくれなかった。
しかも5年という歳月は、関係をより親密なものにしてしまっていた。
「お兄までいなくなったら、私は……」
あれから5年経った今でも、お兄の夢を素直に応援できそうになかった……
嫌な考え事をしていたら、1人でいるのが淋しくなってしまった。
「めっちゃ早いけど私も出るか……」
いつかお兄の夢を素直に応援できる日が来たら……
なんて思ってもないことを考えながら、家を出た。
◇
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