第4話 不自然な転落死体の謎
被害者はスナック経営をしていた田中早織四十五歳。対して加害者の男は妻子持ちの主夫を生業とする石田元三十八歳。
客と店員の関係を拗らせたことによる、愛憎劇であった。
「転落死体かぁ」
岸辺刑事が真後ろのビルを見上げた。犯行現場はここで間違いないのだと軽く頷く。全身を強く打ったことと、頭の破裂具合と血の飛びように疑いようはない。
横で馴染みの根岸警官も腕を組んでビルを見上げた。
「っすかねぇー」
上の空なのか、何か考えているのか根岸警官の言葉は軽い。岸辺刑事は彼の態度など一切、気に留めることもない性分だ。
咎めることもしない。上司部下の関係よりも友好的な友人関係。
「男女の」
折り重なった男女の転落死体に、岸辺刑事も口にする。思うのだが口にしない可笑しな点に気が付いていた。
1:女の遺骸が男の遺骸下にある点。
2;男の遺骸には衝撃からの破裂はあれど、女の遺骸なんかよりも桁違いの損傷である点。
(複数回、……ビルか降下している。なんてことはないだろうが)
顎に手を置き、岸辺刑事の目が宙を泳ぐ。何がどうなればこうなることが可能だろうか、と推理をする。
「岸辺さァん。賽河サンを呼ぶっす」
根岸警官はスマホを手で構え持って、左右に振る。
何気なく、さも当然のように彼の名前を告げる根岸警官を、岸辺刑事も「湊なぁ」と短く応えた。
と同時に、あり得なくはない物語が、脳内に推理されてしまう。
決して当たらずも遠からずなのだが、岸辺刑事は頭を軽く左右に振る。しかし、もしもと推理が外れていなかったとしたら、である。
「どう、しょうか……ねぇ」
「どうっせ、散財しまくって金欠病っすから喜んで推理に嫌々ながらでも、賽河サンも金の為に、動いてくれるっすよ」
にっかりと根岸警官が毒舌を吐く。賽河の生活を把握しているからこそ、今の状況が彼にとっても旨味がある。
意味があり、労働力にもなると知っているからこそ、彼を買収出来る、今なら解決をしてくれると分かっている。
探偵賽河がいる街で、未解決事件は起こらない。
「賽河サンを呼ぶっす」
「そうだねぇ」
中々と腰の重い様子の岸辺刑事に根岸警官も苛立ちを隠せない。
どうして、連絡をしないのか。強制招集をかけないのか。いや。取れないのか。取りたくないのか。何故。
ひょっとして男女の転落死体に理由が、と根岸警官も遺骸を見下ろす。
間違い探し。男と女の遺骸の違い。事細かな、些細な、点と線を眼で追う。押し黙って男女の転落死体を見始めた彼に岸辺刑事も、への字の口を、元の緩やかなカーブの口先に戻していく。
「あ」
「さてさて、どうしたもんかなァ」
腕を組んだ岸辺刑事は、根岸警官へと笑いかけた。逆に嗤えない彼はただ押し黙る。
そして、現場から離れて行ってしまう。岸辺警官だけが残された。
「お困りなのかな」
T字杖で地面を鳴らした。横には顔面蒼白な助手の立花も立っているが生気がない。
何か恐ろしいものを見てしまったのか、何なのかは、岸部刑事からは読み取れないのだが――憐みで見据えてしまう。
「見りゃあ分かんでしょうが、名探偵さん」
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