飢える夢~欠けた記憶~






 ゆめをみた。

 ゆめのなかのわたしはおなかをすかしてないている。

 もっとたべたいとさけんでいる。




「フエ姉さん、こいつら食べちゃだめなの?」

「よくわかってない信者食べちゃダメでしょう」

 怯え祈りの言葉を口にしている愚者の衆を見て、エルは不満げに呟いた。

「同じことやるかもしれないよ」

「それでも、ダメ」

 フエはそういうと、エルの目の前に腕を一本渡す。

「今はそれで我慢しなさい」

「うー……わかったよ」


――本当はここにいる連中全員食べたいけど、我慢


 エルは沸き上がる食欲をぐっとこらえて腕にかじりつく。

 たくさんの人々を騙した悪人の腕だ。

 とても甘美で、もっと食べたいと思うくらいに美味しく感じられた。

 だからなおさら腹が減って辛かった。


――一度でいい、お腹いっぱい食べたいなぁ


 エルは心の中でそう思いながら腕を齧る。

 骨も噛み砕いて咀嚼する。

 余すところなく食すと、腹の音が鳴った。

 まだ足りないと訴えているのだ。

「……エル、本当不便よね。悪人食いで、暴食で満たされることがないって」

「分かってるなら向こうの連中少しくらい食べさせてよ……悪人何人か混じってるし……」

「貴方に食べさせたら際限なく食べるじゃない、だからダメよ」

「ぶぅ……」

 不満そうに唇をとんがらせ、エルは自分の指を齧る。

「自分の指食べちゃダメよー」

「分かってるよ……」

 ガリガリと指を齧る、決して血が出ない様に。

 フエの後をついて行きながら、悪人をもっと食べたいと願う。

 しばらく歩いていると、先ほどの信者とは別の信者たちがこちらに向けて銃を撃つ。

「エル、こいつらは食べていいわよ」

「本当? じゃあ」

 唇に弧を描かせて、エルは嬉しそうにおぞましく笑う。

「いただきます」

 一人の首に食らいつき、そのまま喉元を食い破る。

 そして頭をもいで、血をすする。

 ごくごくと飲み干していく。

 血の勢いが弱くなったら、その場に死体を投げ置き、狼狽えている信者たちを引きちぎる。

 全員動かぬ屍になるまで引きちぎった後に、床にたまった血をすすり、飲み干す。

 飲み干した後に、屍となった信者たちの肉体を食い漁っていく。

 頭蓋骨もかみ砕き脳を齧る。

 珍味でも食したかのような恍惚な表情を浮かべて食べ続ける。

 腕も、胴体も、足も、顔も皆食し終えると満足気に息を吐いた。

 けれども――


 きゅるるるる……


 腹はまだ、空腹を訴えていた。

「もっと、もっと食べたい」

 目をぎょろめかせてエルが訴えると、フエは疲れたようなため息を吐き、ガツンと頭を殴った。

「っ~~~~!!」

「これがあるから困るのよ」

「だって、まだお腹がすいてるんだもん」

 正常になった目を涙ぐませて、エルが訴えるとフエは肩を落とした。

「暴食悪食のエル、一部じゃ有名になる行動してるのよ貴方、もう少し自重しなさい」

「でもぉ」

「でもじゃないの!! 貴方が苦しいのは分かるけど、私は代ってあげられないし、それを満たすための努力も積極的にはできないの、分かって頂戴」

 フエが少し悲し気に言うと、エルは不満そうな顔のまま静かに頷いた。


――いつになれば、私のお腹は一杯になってくれるのかな?


 空腹を訴え続ける自身の食欲に、諦めたように問いかける。

 答えは返ってこないのを理解しながら。




 おなかいっぱいたべたくておねーちゃんにしかられた。

 でも、わたしはこんなにたべないからおねーちゃんにはしかられたことはない。

 こんなかんじょうになったこともない。

 でも、なつかしいとおもうのはどうしてなんだろう?



 エルはベッドから起き上がる。

 隣では「おにいちゃん」が眠っている。

 珍しいものをみたという顔をしてふふっとわらって「おにいちゃん」の顔を覗き込む。

 綺麗な顔をしている。

 体からはおいしそうな匂いがした。

 しかし、食欲はわかなかった。

 なぜかは分からないがこの「おにいちゃん」は食べたくないのだ。

 そんなことを考えていると、「おにいちゃん」が目を覚ました。

「エル様……?」

「おにいちゃん、おはよう」

 エルは嬉しそうにあいさつをする。

「お早うございます、まだ早いですよ、もう少し寝ていましょう」

「へんなゆめをみてめがさめちゃったの」

「変な夢」

「うん、おなかがすいて、でもそれをがまんしなきゃいけないゆめ。へんなゆめだよね、がまんしたことわたしいちどもないのに」

「――」

 「おにいちゃん」は何かを言いかけたが、口を紡ぐ。

 そして再度口を開いた。

「おかしな夢ですね、エル様はそんなことする必要はないとういうのに」

「でもね、なつかしいっておもったの。おかしいでしょ?」

「そうですか……不思議な夢ですね」

「ねー」

 エルがうなづくと、「おにいちゃん」は起き上がりすぐさま服を着替えた。

「早いですが朝ごはんにしましょう」

「やた!」

「何が食べたいですか?」

「からあげ!」

「わかりました、ではそのように」

 「おにいちゃん」が部屋を出ていくのを見て、エルもついて行く。

 美味しい朝食ができるのを見るのも、エルの楽しみの一つだった。



 いまのわたしはおなかいっぱいになれる。

 でもたまにおもうの、いまじゃなかったわたしはおなかいっぱいになれなかったのかなぁって

 あのゆめはそんなときのわたしのゆめじゃないかなっておもうの

 でも、おかしいよね。

 いまじゃないわたしって、あったのかな?

 ふつうはないとおもうけど、わたしにはあったんじゃないかっておもうの。

 だって――

 わたし、きおくがたくさんかけてるから――





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