第2話 藍家。

 所用を済ませ木で歯磨きをして、糸ようじ。

 歯、大事。


「はっ、何でまだいらっしゃるので?」

《実は名札の事で、戻って来たんです》


「あ、やっぱり違いましたかね、紋様」

《かも知れませんので、1度改めて名札をお見せして貰おうかと》


「はい、ありがとうございます」


 私の名札には蘭と書かれている、四君子で言う春。

 四君子とは君子を花に例えたモノで、蘭、竹、菊、梅なんですが。


 この棟に貼られた紋様。

 蘭と言うか、木蓮にも見えるのだけど、コレはココの蘭なのかも知れないし。


《コレ、どう思います?》

「蘭と言われたら蘭かなと、しかも案内の人にコッチだと言われたので、だからこそ花蘭丸にも見えますけど。でも木蓮にも見えるんですよねぇ、水の丸木蓮」


《成程、どうしましょうかね》

「聞きに行きたいんですけど、同じ人にはアレなので、どなたに聞くのが良いんでしょうね?」


《では女官長の部屋へご案内致しますよ》

「いきなりそんなに上は、もう少し下の方って居りません?」


《では、まだ起きてらっしゃる先輩方の部屋に行きましょうか》

「お手数をお掛けします、ありがとうございます」


 で、自分の持ち回りの場所意外をジロジロ見るのは御法度なので、足元しか見れないのですが。

 床、ピカピカ。


 月明かりに照らされてピカピカ。

 磨いたんですかね前日に、大変だったでしょうに。


《コチラです、少しお待ち下さいね》

「はい、ありがとうございます」


 コレ冬場はキツそうですね、廊下で伏して待って無いとダメなんですよ。

 今もそこそこ寒いし、良い折檻になりそう。


《お待たせしました、どうぞ》

「はい、ありがとうございます」


 凄い美人さん、ザ☆東洋美人。


『お待たせしました、私は女官次長のイェンあずさかや梓萱ズーシュエンと申します』


 同じ音が多かったり訛りだなんだで、こう説明して下さるの助かる。


「中央の姚・花霞と申します、お手数をお掛けして申し訳御座いません」

『いえ、どうぞお座りになって下さい』


「はい、ありがとうございます」


 まだ火鉢を使いますよねぇ、夜は特に冷えますし。


《お茶をどうぞ》

「あ、ありがとうございます」


 うん、温かい。


 しかも渋く無いから、もしかしてノンカフェインの蓮茶かも。

 だとしたら助かる、カフェイン摂り過ぎるとドキドキしちゃうんですよねぇ。


『アナタが見た紋様は、コチラですかね』


「いえ、その水仙の丸紋に近いんですが、木蓮か蘭かと」

『では、コチラですかね』


「あぁ、はい、そうです、すみません」

『大丈夫ですよ、アナタの言う通りコチラは水の丸木蓮、どうやら少し手違いが有ったみたいでして。この者に案内させますね』


「はい、ありがとうございます」


 燕って春から夏の鳥なので、燕家は藍家と朱家の間の地区の方なんですよね。

 あ、それか分家の方で、朱家と白家の間の地区の方か。


 どっちにしても凄いなぁ、自分の出身地区じゃないのに女官の次長って、凄い。


《すみませんね、コチラの手違いで案内が遅くなりまして、荷物をお持ちしますよ》

「いえいえ、案内して頂いてますし、コレから働くのでこの位は大丈夫ですよ」


《その包みが気になって、少し見せて貰うついでですよ》

「あ、コレはダメですよ、洗い物を入れてるだけで。そんなにこの包袱パオフー、変ですかね?」


《表裏が逆かと、それに包み方が、どうなってらっしゃるのかなと》

「あー、コレ、裏肩結びと言いまして、ウチで編み出したモノなんですよ、家が布地の問屋なものですから」


 ショルダーバッグ結びとか言えませんからね、こんな言い方になっちゃうんですよ。


 私の唯一の知恵、折り紙と風呂敷包み、便利なんでコレは少しだけ活用させて頂いておりますが。

 流石、目の付け所がシャープ、流石王族の女官ですね。


 聞きたいなぁ役職、聞きたい、けど聞くの失礼なんですよぉ。


《成程、後で見せ、明日にでも包袱パオフーをお渡しするので、お願い出来ますか?》

「はい」


 案内して頂いたお礼にと返事をしただけなんですよ、この時は。




《おはようございます、春蕾チュンレイです、起きてらっしゃいますか花霞ファシャ


「あ、はい、おはようございます」

《実は役職でも手違いが起きてしまっていて、アナタの担当が変わる事になったんです、すみませんがお仕着せの着替えをお願いします》


「あぁ、はい」


 まぁ、この程度は別に。

 却って完璧を求めて厳罰を下されるより、マシ、程ゆる結構。


《あ、新しい名札も用意しましたから、終わったらお声がけを》

「あ、はい」


《では》


 たかが着替えで気を遣ってお部屋から出て下さるなんて、流石王族の女官。

 ウチの侍女ならもう、そのまま居座って愚痴り始めちゃいますけどね。


 あら、蘭の紋様ってコレですよねコレ。

 日本の家紋と少し違うんですけど、うん、コレ。


「お待たせしました」

《いえ。今からアナタは尚宮仕えとなります、私がアナタの指導係になりました、宜しくお願い致しますね》


「尚宮は、流石に、私にこなすのは難しいかと」

『悪筆の事でしたらご心配には及びません、書くよりも雑務が殆どですから』


 最も大変だ、と。

 いえ、其々に専門家でなければ難しいでしょうけど、尚宮は全般に関わる雑務ですよ。


「あの、私、何か失態を犯してしまい」

《いえいえ、身構えなくても大丈夫ですよ、新しい方にも頼める仕事だけをお教えしますから》


「ぁあ、はぃ」




 尚宮とは、謂わば総務、雑務をこなす部門。

 各部門への手伝いも含めますので、難しいとされる部門で御座います。


 他には尚儀、礼儀作法や祭事に携わる部門。

 尚服は衣服や服装品、尚食は飲食全般、尚寝は家具や布団等の住居全般に関わる部門。

 尚功は武芸や芸術の研究等を、そうして六尚に分けて王宮内部を管理しております。


 尚、厠や湯殿の管理は清宮省の管理、お命に関わるので重役とされており宦官や侍従も含まれ。

 宮内の不正の取り締まりには内侍省、コチラにも宦官等が務めておいでです。




《では、お疲れ様でした、湯殿に行って構いませんよ》

「えっ、ご挨拶回りだけしかしてませんが?」


《不慣れな場所で労を強いてはお体に障ります、ですので初日は軽く、慣れて頂く為。皆さんも今日はこの程度ですので、どうぞ》

「あ、はい、ありがとうございました」


 緩い、ヌルい。

 いや、王宮だからこそ、なのかも。


 各家の大事なお嬢様方を預かってらっしゃるんですし、お体を壊されては費用対効果が悪い。

 流石です、王族の方。


『あぁ、桂花さん、はいどうぞ』

「ありがとうございます」


 もう知られてしまってますか、ですよね、こんな毛色は私だけの様ですし。


 ぁあ、今日もお許し下さ。

 あら貸し切り。


 有り難い、助かる。




花霞ファシャ

「あぁ、春蕾チュンレイさん」


《髪を乾かさないんですか?》

「あ、コレはその、乾かす法術が特に苦手でして」


《あぁ、それで、【カン】》


 ココの方達、乾燥させる法術を殆どの方が使えるんですけど。

 どうにも、人体を乾燥させるとなると、ミイラを連想してしまって。


「すみません、ありがとうございます」

《湯殿の者は使えますから、今度からはちゃんと頼んで乾かして貰って下さいね》


「はい、ありがとうございます」

《いえいえ、お部屋まで送りますよ》


「あ、はい、ありがとうございます」


 何処までも優しいでらっしゃる。


《どうでしたか、お食事は》

パオか粥か選べるのが良いですね、有り難い限りです」


 初日とは違い、各部門が終わる時間に合わせて料理が随時追加されるので、飽きない。

 多分、何かしらの食中毒が出ても分散させられるから、だろうけど。


 良い、凄く良い。

 大所帯ならでは、さすおう。


《それで》

「あぁ、包み方ですね」


《何通りかご存知でしょうから、次長の前でもご披露して下さいませんか?》


「あー、いやー、そう大した事でも御座いませんので」

《コチラから頼んでいるのですから、ひけらかし等とは申しません。寧ろ、独占しては私が何を言われるか》


「ぁあ、あぁ、はぃ」


 女官次長の前でだけ、とは申してませんでしたよね。

 はい、扉を開けたら女官長もおいででした。


「どうぞお座りになって」

『コチラは女官長のホウ霜菊シャンチィ、南西のイェン家の分家の方なんです。あ、因みに私は南東の家の出で、あぁ、お茶を淹れさせるわね』

「ぁあ、ありがとうございます」


《では、包袱パオフーを用意致しましたので》

「あ、正絹は不向きですので綿でお願いします」


《あ、はい》


 絹は包む用、包み方と言っても結んじゃいますからね、生地が傷んでも嫌だし。


『あ、お茶を飲みながら、ね』

「はい、では」




 本当に簡単な事なんですが。


「あぁ、それで絹はダメなのね、滑ってしまっては困るし」

「はい、なので包むのは絹、結ぶのは綿でと」

『絹にも質が有りますからね』

《それにしても、重い物を運ぶのにも良いですし、これなら手が開きますし》


「それでも加減して頂きませんと、なのでお得意様だけに教えているのです。古布が破け品物が傷付いても、私共では責を負えませんから」

《成程、それで広めてはいないのですね》

「なら軽い物は良いわよね?」

『あぁ、そうそう、どうして表裏で使ってらしたの?』


「そこはもう、綺麗な物と間違わない様にです、同じ柄物を使う場合も有るので。もう、癖でして」

「あら名案ね」

『名案の名案ね』

《その程度なら、広めても良いのでは?》


「流石にココでは、私共としては、洗い物用の包袱パオフーをお買い上げになって頂くか、刺繍で目印を付けて頂きたいのですが」


 裏表にして使うのは、あくまでも平民用の応用なのですよ、そう量も買えませんから。


「あぁ、そうよね、私達こそ買わないと」

『そうね、新しい物は新しい物で、古い物をそう使いましょう』

《ですね》

「ありがとうございます」


 やってやりましたわよお父様、コレでもう私は十分お役目を。

 いや、コレは仕事の方でした。


 見定めをしないと。


 けど、でも。

 こう、ゆるふわ、でも良いと思うんですけどね。


「ありがとう、誤解しない者だけに先ずは広めさせて?」

『信頼している者から、ですね』

《名は出しませんからご安心を》


『あ、お菓子を食べて?』

「遠慮しないで、私達が招いたのだし」

《過不足が有っては困りますから、遠慮なさらないで下さい》

「え、いえ、コレは春蕾チュンレイさんへのお礼でしたので」


《だからこそで、あぁ、ココでは緊張しますよね》

「あ、お部屋に持って行って大丈夫よ」

『箱を用意させるわ、それからお茶もね』

「そ、あ、ありがとうございます」


 遠慮し過ぎてもダメだし、素直に受け取っても不作法になる。

 だからこうした事が1番困る、本当、身分差だけは超面倒臭い。




《長く付き合わせてしまいましたね、失礼しました》

「いえ、場を設けて頂きお菓子まで、ありがとうございました」


《いえ、ご友人を作る機会を妨げてしまいましたから、それも含みます》

「ぁあ、いえ、こうした毛色の者を分け隔てなく扱って下さいまして、ありがとうございます」


《とても綺麗ですよ、先程は夕陽に輝いていて、それこそ美味しそうでした》

「飴色は、もう少し濃い色ですよ」


《じゃあ、月色?》

「そこまで白くは無いですよ」


《アナタにとって月は白いんですね》

「まぁ、紅色や黄色は稀ですし。ぁあ、青色でもありますね、昼の月は青くも見えますから」


《まるで麒麟ですね》

「あぁ、確かに、成程。ウチで使わせて頂いても良いですか?面白い柄は売れますので」


《どうぞどうぞ、目出度い柄になりそうですね》

「ありがとうございます」


《いえ、では》

「はい、ありがとうございました」


 中央から来た金髪碧眼の少女は、商魂逞しい。

 けれども図々しさも無く、思慮深い。


『どうでしたか?様子は』

《全く気にしていませんでしたね、暫くは友人を作る気すらも無かった様です》

「あら、地元で虐げられてしまっているのかしら、それともご家族か」


《他の者の報告で、体に傷も傷痕も無かったそうです》

「でも傷痕を残さずに虐げる事は幾らでも出来るわよ?」

『でも瘦せているワケでも無いですし、手も程々に手入れされていますし。ぁあ、あんなに綺麗な髪は見た事が無いから、傷んでいるかは分からないわね』


「そこよ、私達とは全く違うと言っても良い容姿、何か見落としていて悪化させてはいけないわ」

『そうね、大事なお嬢様達をお預かりしているんですもの。ダメですよ、決して手を出したりはなさいませんからね』

《病気が無いかどうかはまだ分からないんですから、手を出したりなんかしませんよ》


「なら検査は最後にさせましょう」

『そうね、先ずは疑わしき者から、ですし』

《少しふざけただけだと言うのに》


「大人に見えますがアレでもまだ少女、正式な書類も有りますよ、ご実家から頂きました」


《そこは別に》

「どうでしょう、女装なさって様子を伺うのは初日だけ、と仰っていましたよね?」


《近日中には手を引く、下がるから心配しないで欲しい》

あざなを変えて下されば良かったものを、春蕾チュンレイにしてしまったんですから、もしかすれば後でバレてしまうんですよ?良いんですか?』


《良いも何も、俺が好かれる意味は無いし、この家の男として会う事は無いんだから》


 中央の娘には手を出すな。

 僕ら兄弟が言われた事は、それだけ。


 君子危うきに、愚か者では無いなら誰も手を出さない。

 中央が祀るのは麒麟、不誠実にも治世を疎かにすれば麒麟が死に、必ず中央から朽ちる。


 そこに現れたのが黄色い髪の少女、藍家の五麟は聳孤しょうこ、青い麒麟。

 そして中央の黄色麒麟こそ真の麒麟、人に懐かぬ神聖な獣、だからこそ近寄るべきでは無いとは思う。


 けれども彼女を蔑ろにしては、麒麟を蔑ろにするも同義。


 本当は面倒で、あまり関わりたくは無い、けれど。


『私達をご信頼頂けませんか』

「でなければ可及的速やかに手を引いて下さいませ、万が一、とは万が一に起こってしまうからこそなのです。他の方のご迷惑になる前に、どうか私共にお任せ下さいますよう、お願い申し上げます」


『急病なり家人に訃報が有ったなりコチラで言い訳は致します、どうかお願い申し上げます』


《明日には手を引く、明日には》

「宜しくお願い致しますね」

『信じていますからね、春蕾チュンレイ様』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る