03


 大通りから住宅街の細い道に入って、アパートの前まで来ると、近所の主婦がひそひそ会話している。

「やっぱり一度警察呼んだほうがいいのかしら? 物騒よねえ……」

「ほんと。目つきが怖いのよ……」

 何のことだろう? と思いつつ元気に挨拶して通り過ぎる洋太。

 アパートの玄関まで来ると、黒いTシャツに武骨なアーミーカラーのズボンを穿いて、ドアを背に腕組みして寄り掛かっている大柄な男の姿があった。一体いつからそうしているのか、足元のコンクリートにはアウトドアで使うようなデザインの泥で汚れたバックパックが無造作に置かれていた。

 洋太がぱあっと笑顔になって声を掛ける。

「順平! なんだ、もう来てたんだ。遅くなってごめんなー」

 呼ばれた男がジロリと洋太のほうを見て、黙って腕組みを解いて向き直る。

 洋太よりも頭半分くらい高い長身。黒髪をスポーツ刈りにして、がっちりとした肩や胸の厚みといい、服の上からもわかる引き締まった実用本位の筋肉質な体。 

 特別に手入れはしていない様子だが、男らしい眉と、額のバランスが整った印象を与える。目尻がきりっと切れ上がった精悍な顔立ちで、唇の形や通った鼻筋といい、美形と言って差し支えない部類だ。

 年の頃は二十代前半だろうか。洋太とほぼ同い年という若さに似合わない、妙に威圧的な雰囲気がある眼光の鋭さだった。

 そんな相手の殺気にも近い迫力をものともせず、明るく話しかけながら鍵を出してドアを開ける洋太。

「法事が長引いちゃってさー……てか、お前も鍵持ってるんだから、先に中に入って待ってればいいのに」

 そう言って呆れる洋太。後ろに立つ黒Tシャツの青年はずっと押し黙っている。

 ふと、振り向いた洋太がけげんな顔をして相手にたずねた。

「その迷彩柄のズボンって私服? まさか”制服”のままじゃないよな?」

「……んなこと、どうでもいいだろ」

 順平と呼ばれた青年の第一声は、まるで怒りを押し殺してでもいるような、よく通るが低い声で、知らない人が見たらこの二人が親しい間柄とは到底思えないどころか、洋太の身の危険を案じるレベルだろう。 

 二人で中に入ってドアを閉め、靴を脱いだ直後、いきなり凄い力で壁に押し付けられる洋太。自分の体と壁との間に相手の腕が差し込まれているので傷みはないが、それでも強烈なGみたいなものは感じた。

 びっくりして目をチカチカさせていると、身体ごと押しつけた順平が、洋太の半開きになったぷっくりとした唇に噛みつくようなキスをしてくる。

「んっ……」

 そのまま舌の付け根ごと強く吸われたり、歯茎の裏側まで舐め回されて、熱い舌で口中を暴かれるような激しいディープキスが数秒間は続いた。大きな手が体をまさぐってきて、両足の間に熱くて硬い芯が押し当てられる。

 それに気づいた洋太が、あわてて相手を押しやりながら訊いた。

「……ちょっ、待ってよ! ここでやんの?!」

 順平が平然とした顔で、洋太の体を壁に押し付けたまま答える。

「悪いか? もう外からは見えないだろ」

「そういう問題じゃなくて……なんかその、ムードっていうか!」

 焦って抵抗する洋太だが、鎖のように体を固定する順平の腕はびくともしない。

 お構いなしにズボンを脱がそうとしてくる手を抑えながら、顔中にキスしてくる順平を必死で説得する。

「うー……じゃあさ、せめて風呂場で! シャワーだけでも浴びさせてよ! やっぱり玄関でやるのは、なんか……あんまり綺麗じゃなくない?!」

「オレは全然構わないが。訓練中は泥の上だって寝てる」

「そりゃ、お前はそうだろうけど……!」

 目の前に迫った順平の顔を押しのけつつ、洋太が悪あがきをする。

「しょ、正直言うと……まだ法事のお香の匂いが体に残ってるだろ? だからさ……なんか、いけないことしてるみたいで落ち着かないんだよ!」

 それを聞いた順平、急にニヤリと野性的な笑みを浮かべて唇をなめる。

「オレは、この匂いをさせてるお前が好きだから、別に気にしないが。そう言われると余計に興奮してくるな……」

(こいつ……エロ漫画みたいな恥ずかしいことを平然と言いやがって……)

 脳内で思わず両手で顔を覆っている洋太。真っ赤になっている洋太の弱点の耳たぶを、順平がそっと甘噛みすると、ビクンッと洋太の体が震えた後、へなへなと足の力が抜けてしまい、そのままあっさり床に押し倒されてしまう。

 性急に服をはだけさせられながら、洋太が観念したように

「わ、わかったから……! ベッドとまで言わない、せめて部屋の中まで我慢しようよ。それくらいも待てないのか……?」

「ダメだ、これ以上一秒も待てねえ。今すぐ抱きたい」

「繁殖期の動物かよ? お前は……」

「……あのな洋太。 お前はオレが今日まで、演習中どんだけ我慢してきたと思ってるんだ? 毎日毎晩、お前に会いたくて、本当に気が狂いそうだったんだぞ……」

 神崎順平は現役の自衛官だ。所属する陸上自衛隊では年に何度か大規模な演習があり、その期間中は何か月も休みはおろか、連絡さえ取れないことがある。それ以前に、まだ若く階級もそれほど高くない隊員は駐屯地内の営内居住が原則で、休日に外出や外泊するのにも事前の許可が必要という特殊な世界だった。

 当然、洋太にも寺の仕事があるから、いつも二人の休日の予定が合うわけではない。宿泊となればなおさらだった。今日はようやくスケジュール調整がついた、いわば貴重な逢瀬の日なのだ。

 切羽詰まったような真剣な表情で順平にそう言われると、洋太もキュウッと胸の奥が温かくなって何も言えなくなってしまった。ふうっ、と小さく溜息をついて言う。

「仕方ないなー……じゃあ、今は”足だけ”にして。そこは譲れないからな」

「……わかった。今は、だな……」

 一瞬目をつぶった後、順平がガチャガチャと音をさせながらベルトを外して前を開けると、とたんに抑えきれないほどの存在感が露わになる。

 洋太の顔を熱っぽい目で見つめながら、閉じた足の間を順平の焼けるように熱く硬いそれが何度も突き入り、そのたびに熱い息が順平の男らしい口元から漏れる。

 恥ずかしそうに手の甲で半分顔を覆いつつ、それでも隙間からその様子を見つめながら、洋太は、自分の下半身にも物足りない刺激が溜まって行くのを感じ、さっきまであんなに抵抗していたのに、早くこの筋肉質の体に思うさま蹂躙されたい……と心の中で思い始めていた。

(ほんとに何でこんなややこしい会い方してるんだっけ? オレ達って……オレのせい、なのかな……?)

 やがて低い呻き声とともに洋太の腹の上に熱い滴がこぼれ、ようやく順平の拘束から解放された。

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