第7話 これってモテるって言うのか?

 不幸のはじまりに気が付いたのは、俺が双連式演算宝珠デュアル・オペレーションジュエルを飛散させた翌日のことだった。


「わーい! リン先輩、おっはよーございますぅ!」


 そう言って公然と抱き付いて来たのは、ひとつ下の学年で俺のライバルにもあたる、公式攻略対象のひとり【ミランダ・ヴァレンタイン】だ。


 彼女は『実は甘えん坊で小悪魔系』という、オタク男子には流涎ものの設定を持つキャラクター。ストレートボブの髪は灼熱の炎のように真紅で、瞳は透き通ったオレンジ色をしている。普段はスポーツ万能で活発な女の子だ。

 ギャップ萌えを味わうためにも、ぜひ攻略して欲しい。


 そんなミランダ――俺はミラと呼んでいる――は、いつものごとく抱き付いて来たのだが、様子がおかしい。

 確かに普段からスキンシップ強めのキャラではあるのだが、後ろから抱き付いたミランダは俺の胸を鷲掴みにし、服の上から突起を爪を立てて擦っ……はあぁんっ!


「み、ミラ……やめっ……みんな見てる……やっ、あンッ」


 たまらず俺の声が漏れると、周りの生徒の視線が一気に突き刺さる。

 その視線は嘲笑の類ではなく、明らかに標的を見るようなねっとりしたものだ。正直言って、全身に鳥肌が立つくらいの気持ち悪さがあった。


「そんなこと言っても、リン先輩はホントは喜んでますよね? ミラは知ってますぅ~」


 そう言いながら、ミランダのスキンシップはどんどん激しくなる。爽やかな朝の雰囲気が一変し、辺り一帯がピンク色だ。先輩を弄ぶかわいい後輩と悶える美女という桃色の地獄絵図。


 そんな贅沢な光景、俺だって傍から見たい! オマエら全員、ちゃんとしてんだろーな? 畜生、見世物じゃねーぞッ! ……あっ!


 困っている俺を助けたのはキリアンだった。

 ミランダを俺から引きはがし、腰砕けになりそうな俺を小脇に抱え、目にも止まらぬ速さでアッと言う間に保健室まで移動すると扉に鍵をかけ、やたら辺りを警戒しはじめる。


「リン、大丈夫? 多分、捲けたと思うんだけど……」

「ありがとう、キリー。助かった~! はぁ……けど、一体アレは何だったの? 流石にやりすぎだよ、ミラったらあんな……」


 登校中の生徒のほとんどが俺とミランダの桃色スキンシップを見ているはずで、そんなを受けてどう学園生活を続ければいいんだ?


 多少乱れてしまった制服を直しながら、俺は今後のことを考えて勝手に絶望に打ちひしがれる。朝からをされたうえに、異性・同性にかかわらずその場にいた全員に俺が乱れる姿を見られ、流石に平気でいられる神経は持ち合わせていない。


 顔を両手で覆い、俺はその場にヘナヘナと砕け落ちる。

 それを見ていたキリアンは、信じられないくらい冷静に俺を慰めた。


「起きてしまったことは仕方ないわ。これからのことを考えましょう? あなたの未来を考えれば、些事よ」

「あ、あれがなわけないしぃぃぃ~! キリーは公衆の面前で辱めを受けたことが無いからそんなことが言えるのッ!」

 

 肩を震わせる俺を慰めるように、キリアンは俺の背中をさすった。ひょっとしたら泣いているように見えたかもしれないが、ただ恥ずかしかったのとを脳内で反芻して悶えていただけである。これは黙っておいた方が絶対的にいいだろう。正直に言えば間違いなくられる。


「何かあったの? ミランダの目が完全に濁っていたわ」


 キリアンはひと呼吸おいて、思い出すように続けた。


「それにあの場に居た人たち、明らかにリンに向ける視線がおかしかった気がする。なんだか狙いを定めるような……」

「そんなこと言われても分かんな…………あっ」


 なんてことだ! 背中をさするために寄り添うように近付いたキリアンの胸が……俺の肩から二の腕にかけて当たってる!? 相変わらず爆乳すぎて当たってるって言うか包まれてるっていうか、ふわふわで……正直言って最高すぎィ……って、これを知られたらやっぱり殺られる!


 意識は二の腕に集中させたまま、思考を巡らせてみる。そう言えば、システムが何か言っていたのを思い出した。


『全ての宝珠を手に入れるまで強制的にモテ体質になります』


 まさか……昨日の今日でここまで効果を発揮するのか? モテ体質とかそんなレベルとは思えなかったのだが……宝珠カケラ集め、クソイベントがすぎる!


 俺は心の中で悪態をつくと、キリアンに事情を説明をすることにした。


もしかしたら、地雷を選択してしまったかも……実は、強制的にモ――むぐぐっ」


 なんと、強制的にモテ体質になってしまったことを話そうとした瞬間、喋れなくなってしまった。

 もしかしたら、イベント内容を人に話してはいけないのだろうか。そうすると、宝珠カケラ集めはシークレットミッションということに……。

 こんな体質になったのに孤独に立ち向かう必要があるってことか。流石につらい。


 こうなったら、一刻も早くカケラを回収しなくてはっ!


「あのー、リン? 何か言いかけたけど何だったの?」

「気にしないで。ちょっと思い当たることがあったんだけど、証拠も確信もないから……自分で一度調べてみる」

「私に出来ることがあったら、何でも言ってね?」


 そう言って潤んだ瞳で俺を見上げるキリアンの目の奥は……濁っていた。


 なんだよー、その目の奥のハートはっ! ナビゲーター役の親友にまで魅了モテが影響するとか、笑えねー!



 保健室でキリアンと俺の二人っきり……しかもさっき、ご丁寧に鍵かけてたよな? これって絶体絶命ピンチなのでは!?

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