第4話 目を覚ましてから思い出すまでのひとり語り

 さて。回顧というほどのことじゃないが、俺がこのルミナス・セレナーデの世界で目を覚ました時のことから順を追って説明しよう。


 転生前の俺、白城はくじょうりんは、コネコチャンを危機から救う代わりに命を差し出した。全身から失われる血の感覚はあったけど「思ったより痛くねえんだな」って目を閉じたのを覚えている。

 その直後、うるさい声で目を覚ましたらリンゼルにいた。


 うるさい声の主は、ゲームでリンゼルと親友設定の【キリアン・ムーンシャドウ】だった。

 キリアンはナビゲーターの役割も果たしていて、デフォルトでは必ず同性キャラとして登場する。恋愛対象外のキャラではあるが、ゲーム終盤のイベントをある方法で解決クリアすれば恋愛対象となる。いわゆる隠しキャラだ。

 イベントをクリアしてそのまま同性同士の親友として話を進めることはもちろん、主人公が双連式演算宝珠デュアル・オペレーションジュエルを使えば、異性として恋愛を楽しむことができる。


 キリアンだけは異性同士でないと攻略できないが、単独グッズが出るくらいには人気のあるキャラクターだ。


「うわああん、リンがやっと目を覚ましたぁ~!」


 女のキリアンの目から溢れる大粒の涙で俺の頬がぐっしょり濡れていたのは、今でも思い出すと胸がきゅっと締め付けられる。

 それほどの号泣の理由は、俺ことリンゼル・レイヴンハートが五日も目覚めなかったから、だそうだ。


 それから、呆ける俺にさまざまな説明チュートリアルを教えてくれたキリアンは、説明が終わると記憶が混濁していると方々へ連絡してくれた。おかげで、辻褄が合わないことがあっても周囲は許してくれる、という図式が出来上がった。

 この世界のナビゲーター役を担っているとはいえ、キリアンには感謝してもしきれない。


 リンゼルが五日間も目覚めなかった理由は、レベリングのためにダンジョンに潜って宝箱を開けた瞬間、意識を失ったのだとか。

 リンゼルにはそんなドジっ子設定などなかったはずだが、俺の意識が入る前の出来事だからな。本来のリンゼルの基本設定にドジっ子があったのかもしれない。

 話を聞く限り、ゲームが始まるより少し前の時間のようだったし、よりも俺はゲームの世界に転生――しかもTS転生したことに、内心狂喜乱舞していた。


 目の前に、キリアンがいる!

 しかも、キリアンは同じ世界リアルで見ると相当の美少女で、起きたばかりの俺に突っ伏して泣いた時、俺のふとももにずっしりとした重量のある柔らかい物体が触れ……あー、ごほん。



 チキショウ! 俺のノートのメモ、そんなことはしっかり書かれているんだよな。



 いろいろな感情が入り乱れて涙目になりながら、次のページをめくる。

 そうそう、そのあとすぐに攻略対象と仲良くなって、俺は百合プレイを再現しようと動いたんだっけ。


 主な攻略対象は男女各ふたりの合計四人。さらに、ゲーム上級者のプレイヤーのみ攻略できる対象が男女各ふたりの合計四人。

 ゲームでは、全八人の攻略キャラクターが用意されているのだが、俺はとにかく女子四人を攻略するために動いた。そのためには――攻略のために仕方なくだが――野郎どもとも仲良くなる必要がある。

 適当にあしらってはいたが、どうしてか女子だけじゃなくて男にも……その、心が動く瞬間があった。


 これには俺もヤバいと思ったが、コントロールができない感情で精神こころが支配されてしまって、どうにもならなかった。

 そんな精神こころと体に違和感を覚えながらも、百合ルートまっしぐらを突き進んだ。


 ある程度の恋愛イベントをそつなく攻略し、自身の能力値もほぼMAXまで上がったのが転生後の三カ月目だった。この頃には女子キャラとの仲もかなり深くなり、ムフフな展開になったのだが……実は、それが物足りなかったんだ。


 女子と一緒にいたところでナニも勃たず突っ込めない事に愕然とした。

 いや、ナニがって聞くなよ? ナニしかねーじゃんッ!


 一応、トキメクと腹の奥がうずうずとするし、どこがとは言わないが勃つは勃つ。

 だけどね? そんなんじゃダメなんだ、違うんだよ! やわらかい女の子の感触を堪能したところで、俺は男としてナニも出来ない。


 精神が男、身体が女……こんな拷問ねーよ。


 男としての気持ちを抑えられずモヤモヤしながら一カ月ほど過ごして、「俺は男だー!」って叫ぶ某キャラクターの気持ちが良く分かると思ったのが転機だった。

 ぼんやりと、あのキャラクターは男に戻れるからなぁと呟いて、俺はようやく双連式演算宝珠デュアル・オペレーションジュエルのことを思い出す。


 同時に、それを手に入れる劣悪な方法も思い出したのだが、どうしても男に戻りたかった俺は……その方法に屈服したのだ。


 ――やめときゃよかったのに、我を忘れるってヤツは罪作りだよな。

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