第1話 身の上を話そうか

 深夜0時を知らせる鐘が街中に響き渡る。

 空には今にも落ちてきそうな数の星と、もうすぐ空を覆いつくすのではないかと思う程の大きな満月が輝き、まるで昼間のように明るい。

 鐘が鳴り終わると俺は始動する。もう何度目の満月だろうかと夜空を見上げ、ため息をつく。


 この世界で生活することにも慣れたが、満月の夜にしか活動ができないというのはとにかく厄介だ。


 あらかじめ手に入れておいた新衣装「NINJA」を着た俺は、月を背に閉鎖的な学園を見下ろしながら、自身が格好良いと思うポーズを取る。今夜は腕組みをして街を見下ろすオーソドックスなスタイルにした。

 なにせ、「NINJA」は厨二病が疼く美しいフォルムをしているため、何でもないポーズの方が映える。


 銀色の重厚な額当てに顔の半分を覆いつくすマスク、着物をアレンジした動きやすい衣装は黒であるにも拘わらず全体に光を反射しないマット感があり闇に紛れやすい。そんな隠密性能特化のくせになぜか己を主張する赤いマフラーが付属していたところに一目ぼれした。加えて高い防御力と攻撃力を兼ね備えたゴツい手甲、肩から胸にかけては内側に鉄が縫い込まれていて斬られても致命傷にならず防御力は抜群。もちろん鎖帷子もしっかり装備している。

 少々締め付け感はあるが羽根のように軽く、まるで何も着ていないかのような最高の衣装だ。


 興奮して一人語りが早口になる。

 俺がこんなコスプレ衣装を着ているのには、自分の欲求を満たす以外にも理由がある。己の身体を正しい形にするために必要な、“カケラ”と呼ばれるアイテムを探すためであり、この世に存在してはいけないを隠すためでもあった。


 経緯を話しても実にテンプレでつまらないが、念のため序盤のうちに語っておくとしよう。

 俺がこの世界……乙女ゲーム『ルミナス・セレナーデ』に召喚されたのは、半年ほど前のこと。

 ベタではあるが、転生前はどこにでもいる非モテでモブ高校生だった“白城はくじょう りん”こと俺は、大型トラックに轢かれそうになったコネコちゃんを助けるため、道路に飛び出して一度死んだ。目覚めると全く違う顔になっていたが、元からなろう系アニメ好きだった俺は、鏡を見て妙に納得したのを覚えている。


 銀髪に力強い黄金の瞳。整った顔立ち、すらりと長い手足と身長にイケボ。俺は鏡に映る自分自身コイツを良く知っていた。

 主人公の性別を男女どちらにでも設定できる“デュアルプレイシステム”が人気のゲーム『ルミナス・セレナーデ』の主人公、リンゼル・レイヴンハートと同じ顔。狼狽するどころか飛び上がって喜んだのを覚えている。


 一応、ルミナス・セレナーデを知らないヤツも居るだろうから、解説しておく。

 女性向け恋愛ゲーム『ルミナス・ノクターン』は、少しエッチな展開とコミカライズやアニメ化……いわゆるメディアミックスすることで男女問わず人気が出た。

 男性キャラでもプレイしたいというユーザーの声を聞いた運営は、二作目の『ルミナス・セレナーデ』で、主人公を男女どちらかで選択できるようにゲームを作り上げ、より多くのユーザーを取り込もうとした。

 運営の思惑暴走が功を奏したのか、二作目は恋愛シミュレーションゲーム界隈で爆発的な大ヒット作となった。


 普通の男女の恋愛を楽しむユーザーもいれば、男同士・女同士の恋愛を楽しむユーザーもいて……ちなみに俺は後者のユーザーだ。

 女主人公を選び、しっかり百合プレイを楽しんでいたわけなのだが、ごほん。


 とにかく! 運営の力の入れ方はスチルにもしっかり反映されていて、ゲームにはR15指定が入っている程だ。課金すれば更に過激なスチルを見ることも出来るらしいのだが、まだ向こうの世界で18歳になったばかりだった俺の小遣いは、スチルにつぎ込むには足りずに涙を飲んでいたわけだ。


 しかし! この世界で“カケラ”さえ手に入れば、俺は自らの力でR18の壁を取り払い“ぐふふ”な展開を体験できる。これを逃すわけには行かないだろ?


 そんな恐ろしく高尚な理由から、俺は満月とともに学園寮を抜け出して怪盗の真似事をしているというわけだ。


「しかし、この世界の満月のデカさは規格外だな」


 まもなく一番高い場所に昇るはずの月は、裾の方がまだ遠くに見える山肌をかすめている。

 この世界はシステムで動いているため、深夜の時間帯に誰かが歩いていることはない。ノンプレイヤーキャNPCラクターがシステム通り決められた時間に眠りにつくことは既に調査済みだ。

 おかげで俺の存在が世の中に知られる心配はなく、羞恥心を捨てて思う存分コスプレを楽しむことができている。


 コスプレしなくてもイケてる見た目の俺が、コスプレしたらもっとイケてる俺に。


 しかも、この剣と魔法の世界では身体能力が異常に高く、平凡な元高校生が少々ハメを外したくなるのも仕方ないことだろう。


 しばし夜風に当たりながら己に浸っていると、遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。


「キャー! イヤァァ!」


 俺が知る限りこの時間に起きているノンプレイヤーキャNPCラクターはいない。


 俺の予感は的中! 間違いない、イベントの発生だ。

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