ドラフト1位で米禁止球団に指名された米農家の息子、渡米して「活躍は全て米のおかげです!!」と言い張る

蹴神ミコト

僕の野球人生は推し米



米山白米よねやまはくまいくんは米農家の生まれで、小さい頃から家族の作ったお米を食べるのが大好きで立派な体躯からU-18でも4本のホームランを打つこの世代を象徴する強打者です。実家の借金4000万円をプロ野球選手になって返済したい…との話ですがドラフト1位は固く、何球団競合になるかが注目されているんですね~!』


 スタジオで司会の人が話している音声が体育館にいる僕の耳に届く。


 僕は米山白米、生まれも育ちも名前も米農家。

 大好きな家族が育てた大好きな米をいっぱい食べて、そして今日は大好きな野球でプロになる。

 今日は学校の体育館でウチのエースと一緒に記者会見みたいにカメラマンに囲まれて待機している。



 順風満帆だけど1つだけ…本当に1つだけ懸念がある…

 でも12分の1だからきっと大丈夫なはずだ…



『あーっと!これは凄い!!7球団!!7球団競合です!!』



 7分の1になってしまった…頼む、お願いします…




『あっ…え、ええと…失礼しました。交渉権を引き当てたのは…炭水化物デストロイヤーズですね…』



 さっきから音声が聴こえる特別番組のスタジオの空気は死んでいる。

 ドラフト会議の場は死ぬほど空気が荒れている。

 僕の周りでは喜ぶどころか後輩がうろたえたり泣き出した。


 最悪のケースだからこそ、こうなったらどうしようかだけは決めていた。

 も う 無 理



「…はい、交渉決裂で」

『えっ、あの、今なんと』


「交渉決裂です。なんで一生懸命野球やってきてお腹いっぱいお米食べられる幸せを奪われなきゃいけないんですか。嫌ですよそんな指揮官のいるチーム」



 プロ野球に入る前にチーム批判だなんてタブー中のタブーだ。

 だけどもう知った事か、怒ってるんだよこっちは。



『せ、せめて交渉のテーブルについてみるのはいかがでしょう?』

「嫌です。テレビの司会さんに言っても仕方ないですけど野球って日本で一番影響力のあるスポーツなんですよ、それが米のネガキャンしてきた時の農家さん側の気持ちわかりますか?僕がこのチームに入って頑張って活躍するほど【やっぱりお米食べないほうがいい】みたいな風潮ができるくらいなら僕は野球をやめます。僕は実家と同じ米農家さん達に応援してもらえるような野球選手になりたかったんです」



  あーもうだめ、ほんともう言葉が溢れてきそう。これ以上失言する前に帰ろう。



「ごめん、帰るわ」

「うん、正直スカッとしたわ」



 そう、エースとやり取りをして体育館を出ようとすると後輩やマネージャー、監督にコーチまでが泣いたり鼻水を垂らしながらこっちに拍手をしてくれていた。うん、馬鹿なことをしたしもう野球はできないだろうけどそんな馬鹿を肯定してもらえているみたいで嬉しかった。






 いつもは寮だけど、今日ばかりは電車を乗り継いで実家に帰った。

 実家に着くころにはもう夜の10時。灯りは街頭よりも月明かりな水田地帯だ。

 すると実家の門の前に農作業で腰の曲がった、僕の大好きな爺ちゃんがいた。



「おうお帰り、見てたぞぉ白米」



 怒られるかなと思ったけど爺ちゃんはニカッと笑った。

 暗闇で三日月みたいな口元で笑うんだからなんだからちょっとだけつられて笑っちゃいそうで…少しだけ気が楽になった。



「ごめんね爺ちゃん、ドラ1って契約金で1億円貰えるらしいからそれでウチの借金返そうと思ったんだけど…」

「馬鹿もん。アテにしとらんわそんなの。それよりよく全国の米農家の敵の顔を潰してやったな!よくやったぞ!!」

「うん、ありがとう…僕も高校卒業したら本格的に米農家を手伝うね」




「いらん。お前はまだ野球ができるじゃろ」

「えっ」


「お前のやったことはスカッとした。じゃが日本人はどうしても他の人と違うことをする人間を拒絶したほうが無難だと考えるから…この国では無理じゃろうな」

「あー…高卒メジャールート…」



 考えなかったわけじゃない。

 なんならメジャー球団もいくつも声をかけてくれていた。

 だけど今回僕は問題を起こしたから野球界に関われるって発想が抜けていた。



「でもさ爺ちゃん。仮にメジャーで拾ってくれる球団がいるとしても…僕が通用するかな?」

「ハハハ、通用するかしないかじゃなくて男なら挑みたいか逃げたいかじゃろ。逃げんのか?」



 もう、敵わないなあ爺ちゃんは…

 なんだかんだずっとあんなことして良かったのかどうか、いやあれしか取る方法無かったんだけど他になんとかできなかったのかってずっとモヤモヤしていた悩みがもう。挑もうって前向きな気持ちしかないや。



「後はライスちゃんが何かしっていればいいんじゃが…さて、家に入るかの」



 家に入ろうとする腰の曲がった爺ちゃんの背中は見た目よりずっと大きく見えた。







「おーお帰り。カッコよかったぞ良くやったな!!」

「見てましたよー!やってやりましたね白米クン!」



 家に入るとガタイのいい父さんと、海外から稲作やってみたいってウチに転がり込んできた金髪ポニテのライスさんが明るく出迎えてくれた。あれ?母さんは?



「あー…母さんはちょっと、その、今気まずくてな…笑ってやって欲しいんだが…」

「気まずいけど笑えってどういうこと?」

「オー、実はお母さまはですネ…白米クンのカッコイイ啖呵が放送されたのに…」



 台所の方からお盆に僕の晩御飯を載せて持ってきてくれた母さんが現れた。



「今日、朝に大量にお蕎麦を茹でちゃって白米の晩飯がお蕎麦しか無いのよ…絶対白いご飯を用意すべきだったのに…!」

「気にしないでよ母さん!?」

「いやだってアンタ、あの流れで実家に帰って蕎麦食べてるのバレたら全国から米じゃないんかい!!ってツッコまれるわよ!?」


「白米だけ食べて生きている訳じゃないんだからタイミングが悪かっただけだって!」



 この話が何十年もあとで大爆笑の鉄板ネタになるとは僕は思ってもいなかった。







「それデ、メジャーのどこの球団のトライアルを受けるかですネー」

「そうなんだ。パンフとか渡されたのがこれなんだけど」

「oh…20球団くらいありませんかコレ…」



 ライスさんは俺の3歳上。元々、野球大好きで某稲作ゲームにドハマりして野球の世界大会で偶々僕と会って『これはきっと運命です!どうか私に和の稲作ヲさせてください!!』と頼み込んできてウチでもう2年ガッチガチに米作りをやってくれている人。

 メジャーの球団にも詳しいんだけど来た当時はよくチームメイトから絶対にハニトラだろそれと言われたものだ。でも熱心に働いてくれるしライスさんに言われてパッケージデザインを変えたら売り上げ伸びたりしてるからもしもハニトラだとしても騙されて良いやと思ってる。


 『お米は美味しいのだから自信をもって海外に売っちゃいましょウ、金閣寺よりも銀閣寺のような落ち着く系で、渋い色だけど色彩のハッキリした和風カラフルパッケージなら絶対に売り上げは伸びます』

 って言われて通販サイトと通販画面上でのパッケージデザインをライスさんがやってくれたら本当に海外で売れるようになってきて借金も減ってきたっていう…


 うん、敏腕すぎて本当にどこかのエージェントかもしれない。

 本人曰くオタクの嗜みとのことだけど。



「本来であれば日本のドラフト指名を拒否して、予め接触のあった海外の球団へ行くのはなにか色々言われるかもしれませんが今回は世間も同情的なのでどこの球団のトライアウトを受けても問題無いと思いまス」

「同情的?」

「ああ、見てませんよね。ずっとニュースでやっているので適当な番組をつければ…ホラ」



『はい、7球団競合のドラフト1位が拒否だけでなく野球を辞めるとまで言い出す前代未聞の事件でしたねー。該当インタビューでは主に「事前番組でコメ農家の孝行息子って紹介からのあれはしゃーない」との意見が大多数を占めています』


 別の番組


『お米の栄養とか疲れやすさとかそれ以前の話なんですよね。日本の高校球児はほとんどがいっぱい練習して、いっぱいご飯食べて、いっぱい寝てってサイクルで生きてきたのに突然お米禁止なんて生活を始めたら心と体の歯車が狂ってしまう。それも本人の意思と無関係にやらされたら心の歯車なんて滅茶苦茶ですよ、海外へ行ってまず食生活の違いに苦しむなんて話もあるのに日本に居てお米禁止なんてこれは辛いですよ』


 別の番組


『あの子、ウチの局の米作り番組に呼べません?え、まだメジャー行くかもって?じゃあメジャーへ行ったら稲穂型マイクでインタビューしに行きましょうよ』



 なんかだいたい味方だった。

 やっぱりみんなお米大好きだよね、日本人だもん。

 どうしようか、ちょっとだけ米農家ルートへの気持ちが増すんだけど。


 ところでね、ライスさんハニトラ敏腕エージェント説を一応確認しておかねばならない。


「ちなみにさ、ライスさんのおすすめ球団とか…コネのある球団あったりしない?偉い人に会えそうなチームとか」

「でしたらアマノガワ・ニンジャーズがおすすめですネ!元は日本人が集まっていただけの街だったのがいつのまにか全米のオタクが集まりすぎてアメリカの秋葉原と呼ばれル大体の人が日本語を片言で喋れる街があるんですよ!市長も日本文化とベースボールで街を発展させていくと明言していますネ」

「なにその米食えなくて追放された日本人選手に優しすぎるメジャーチーム、偉い人に会えそうなコネあるの?」


 ふふん、と自慢げに金髪ポニテはタネを明かした。


「そう、実はワタシはそのチームの……ガードマンが幼馴染なので偉い人が来たときに侵入して会いに行けちゃうんでス!」

「絶対に怒られるやつじゃんダメだよ!!?」

「ヘーキヘーキ、どうせ日本人かぶれのオタク地域なのでマンガみたいな展開に弱い人ばかりですからむしろワクワクしてくれますっテ」


 ただの行動力の化身オタクだこのポニテ!?



「あ、そうそう。向こうでの食事も通訳も交渉もワタシに任せてください!異国で生活環境を整えることに定評がありまスから!2人暮らしですよお母さま達にも伝えてきますネ!」


 ライスさんが立ち上がって完全に姿を見せなくなるまで俺は固まってしまった。

 そうだ、突然メジャーとか言語の壁とか生活環境とか誰かの助けとか無いと絶対無理…だけどえっ、金髪ポニテ活発系オタク日本語ペラペラお姉さんと2人暮らしするの?今年成人したばかりの俺が??

 いや、これは親切でやってくれているんだ邪な気持ちをもっちゃいけない!うん。感謝して野球に打ち込もう!!



「お義母さまの許可は取れたのでこれからアメリカで頑張りましょうネ!」


 なぜかライスさんはすっごいはしゃいで帰ってきた。










「おおおおお!!ドラフト見たよ!日本の宝が我が球団へ来てくれるとは!よし契約しよう!!!」

「あの、トライアウトとかはいいんスか?」

「そうだな!形だけでもやらなきゃな!よし、市民にすぐさま告知を出して一大イベントにしてしまおう!!フォッフォッフォ!」

「アメリカのノリすげぇ…」



 アマノガワの街はベースボールと日本文化を推していることもあってドラフトの映像を見たことがある人も少なくなかった。信じられないことにトライアウト前から俺は歓迎されていた。


 トライアウトだってのに横断幕まであった。漢字をしっかり使って『歓迎、米山白米選手』

 大物メジャーリーガーみたいな扱いやめない!?


 ホーム球場の外まで出店もめっちゃ出てた。

 えっ、実家の米使った限定おにぎり屋?俺聞いてないんだけど。



『今日の米山のトライアウトフェスティバル?もちろん大満足だよ!』

『金の卵を産む鶏の腹を裂いてしまう話は嘘だよ、本当は兵糧攻めをして逃げられたのさ』

『私は彼がプロで活躍する姿を見たかった、一度は諦めたけど彼の柵越えを生で見れて今は最高の気分だ』

『ええっ!選手食堂で彼の実家の米が仕入れられるようになったのかい?それ市民は食べられないの?おにぎり買い逃したんだよ!』

 ―――当日のインタビューより抜粋。







「お前にとっての魂を否定されたなら反抗しなきゃ男じゃねぇよな!」

「お前は男だ!よくやった!後は活躍して悔しがらせてやろうぜ!!」


 チームメイト…というか、所属球団の多くの選手からも温かく受け入れられた。

 俺はまだAだけどAAもAAAもメジャーチームのどこへでも顔を出していいと言われた、日本からガッツのある侍がやってきたからうろついてくれるだけで他の選手に気合いが入るんだとか。米農家のネガキャンに参加したくなかっただけなんだけどなぁ。


 せっかくどこへでも顔を出せる権利と、行動力の化身が身内にいるのでライス主導で俺は今配信者もやっている。




「はい、米山白米です。この番組は未熟な高卒の僕が一流メジャーリーガーに打撃のコツを教わりに行こうって教えてもらえる範囲でメジャーの打撃論を視聴者の皆さんと一緒に学ぼうって番組です。今日のゲストはこちら…昨年のOPS全体7位!ウチのチームの主砲でーす!」


:ガチのレジェンドやんけ!!

:全体7位(全盛期は6年連続1位)

:また米山がパワーアップしてしまうのか…

:どうして5回目の配信でもう一軍所属になっているんですか???

:おい、数回素振りしただけで修得するのはやめてさしあげろ

:完全に後継者を見つけた目で教え方厳しくなってきて草

:「難しくてコツを掴むのに3分もかかりました」とか言うなwwwおい、ライスちゃん通訳しないでwww

:レジェンドの教えが更に難易度上がってくるのマジウケる。ええんかそんなところまで話して

:あっ、企業秘密ですってモザイクかかり始めた

:どうしてモザイク級の秘伝を配信なんかで伝授しちゃうんですか??

:素材が優秀すぎたんや…



「どうしてそんなに簡単に習得できるのか?僕の活躍は全て米のおかげですね!」



:日本の米がチート食材みたいに聞こえるからやめろ

:でも米ばかり食ってるしなこいつ

:ライスちゃんも食ったんか

:ライン越えはやめろ

:米山くんの人間越えもやめてくれます?

:米山は野球星人だからセーフ、3年以内にホームラン王獲れ



「あ、そうだ。実家の米がよく食べてもらえているみたいで皆さんありがとうございます」



:米山の給料で実家の借金返済じゃなくて、米山の活躍で実家の米売れて借金返済は笑ったんよ

:そもそもドラフトの時期が新米の時期だったから同情でみんな買ってたし…

:なぜかオンライン購入が充実してたもんな

:嫁の仕業だぞ

:ワイは甘みも歯ごたえも好みドンピシャだったので定期購入してるわ

:ドラフトで漢気拒否からの同情購入新米なのはタイミングが良すぎた

:来年からはドラフト会議はお米の日って認識になりそう

:なんかご飯が進む簡単なおかず教えて



「インスタント麺」



:高卒の野球しかやってなかった男に聞くのが間違っている

:簡単なおかず(インスタント)

:ごめん、おかず配信やるときはライスちゃん全面協力で頼むわ

:そんで米山がカメラの前で作れるくらい簡単なの

:完璧な役割分担



「じゃあ〆で今日のゲストを実家に招いて日本食を食べるメジャーリーガー配信を後でしますねー今晩はお好み焼きです」



:そこはお米食べろよ

:お米は大好きだけどそれはそれとして過信しすぎない出来る男

:なお活躍は全て米のおかげ

:米のおかげ(高卒メジャー挑戦)

:米のおかげ(実家の借金返)

:ライスのおかげ(私生活全般と立ち回り)

:全部米のおかげで間違ってないやんけ!











「さあWBC決勝、注目は四番三塁手!この大会6本塁打の米山選手!!」

「もう10年くらい前になりますかね、令和のプロ野球米騒動」

「試合前に米山選手を訪ねたら日本のファンに向けたメッセージをいただいたのでVTRを流しますね」



『今、テレビでWBCを見ている日本の皆さんへ。米山白米です。

 僕は日本のプロ野球ではなくいきなりメジャーリーグに行きましたが日本の野球が大好きです。


 今の子には信じられないかもしれませんが。僕がドラフトで指名されたころはプロ野球選手になったらお米を食べられないチームがありました。

 僕はプロ野球選手になりたかったけどお腹いっぱいお米を食べられる当たり前の幸せを捨てることが出来なくて一時は野球選手になることを諦めましたがまるで小説のような、フィクションみたいな奇跡のおかげで今も野球ができて。日本の一員として戦うことが出来ています。


 その小説のような奇跡が無ければ米農家になっていたか、白米を食べれずに心も体も弱ってすぐに引退して…米農家になって元気におかわりしていたと思います。

 でもそんな「もしも」の話は無く。僕は日本代表として戦えることがとても幸せです。

 今日も美味しいお米をしっかり食べてきたので活躍を楽しみにしていてください。てっぺん獲ってきます!米山白米でした!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

ドラフト1位で米禁止球団に指名された米農家の息子、渡米して「活躍は全て米のおかげです!!」と言い張る 蹴神ミコト @kkkmikoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ