ハロウィンの渋谷で
景文日向
第1話
今日の渋谷は、普段より騒がしい。それは今日が十月の末日だからだ。有名な「渋谷ハロウィン」の開催日であることをすっかり忘れていた私は、ここに来てようやくそのことを思い出した。仕事帰りにヒカリエで買い物でもしようと思ったが、この様子だと早く帰った方が無難だ。
「あれ、麻希じゃん! 何してるの、珍しいね」
後ろから声をかけられた。振り向くと、友人の恵莉だった。この雑踏の中でよく私を見つけられたな、と思わず感心してしまう。
「ヒカリエで買い物しようと思ってたの。でも、この人混みだから今日は帰るわ。じゃあね」
そう言い彼女に背を向け立ち去ろうとした、その時だった。手を掴まれた。勿論、掴んできたのは恵莉だ。
「えー、勿体ない! 年一のイベントなんだから参加していけば良いのに。会社員のコスプレで通じると思うよ?」
「しないわよ、柄じゃないもの」
第一コスプレでも何でもない、ただの仕事着だ。ただ今日のこの街は、それすらエンタメとして昇華させるだけの力がある。
「……仕方ないわね、じゃあ少しだけ徘徊してみようかしら。恵莉は一人なの?」
一人な訳がないと確信しながら、一応訊いてみる。
「ううん、本当は春香も居たんだけどはぐれちゃって……。電話かけようとしたら麻希が居たからつい呼び止めちゃった」
「じゃあ、春香を探さなきゃね」
恵莉は友人が多い。春香もそのうちの一人だ。大人しく、恵莉とは正反対だが仲が良い。私の友人でもある。
「うん、電話してみる」
恵莉はスマホを操作し、電話をかけ始めた。しばらく話した後、こちらに向きかえり
「ハチ公のところに居るって」
「絶対混んでるじゃない。見つけられるの?」
ただでさえ今日はハロウィンだ。普段から人が多いハチ公の周辺なんて、どうなっているかは想像に難くない。
「見つかる見つかる! 私たちの友情があれば!」
恵莉は人の波をかき分けハチ公へ向かった。私も慌てて追いかけるが、すぐ見失ってしまった。
これは困ったと思い、とりあえずマイペースにハチ公の方角へ向かう。すると、遠目ながら恵莉と春香が確認できた。春香は普段ならしないであろう露出の多い恰好をしており、一瞬目を疑った。恵莉は所謂ギャルなので、露出が多くても何も気にならない。お揃いのコスプレをして街を徘徊する様だ。
しばらく眺めていると、そこに一人の男がやって来た。見間違えるはずもない、私の同僚の大崎修だった。私と同じくスーツを着ているが、確かにそれさえもコスプレに見える。春香と修はカップルで、恐らくは恵莉に付き合わされたのだろう。人混みを割って彼らの方へ向かう。
「あ、麻希! 心配したんだよ」
置いてけぼりにした張本人はそう言った。春香や修も気づいた様で
「あ、麻希。今日会えるとは思わなかったわ」
「麻希も会社員コスプレ? 僕と一緒だね」
この服はコスプレでも何でもないのだが、否定するのも面倒なので「そうよ」と短く返す。恵莉は「やっぱイケてる! ねね、四人で街を周ろうよ!」と提案してきた。ヒカリエに買い物に来ただけなのに、渋谷を一周することになるとは。楽しそうではあったが、断って家に帰ろう。
「いいわ、元からそのつもりで来たんだし」
「春香が行くなら僕も」
非常に断りづらい雰囲気になってしまった。ここで断る方が明らかに面倒なので、
「……今晩だけね」
溜め息混じりに承諾した。
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