第30話 浅はかなルブラン侯爵

 ルブラン侯爵は国王に謁見を申し込んだ。


 この国の為に、臣下として不肖の息子ともども身を切る覚悟だと訴え出た。

 平たく言うと、シャルルがアリエルを気に入っているならセドリックに身を引かせる。

 代わりに今後ルブラン侯爵家を引き立ててほしい、ドラゴナ神国とも個人的に交流を図るべく取り持って欲しいと野心を隠すこともしなかった。

 アリエルとの婚約継続は難しいと悟り、それならば国王とシャルルに恩を売って、利益を得た方が得だと計算したのだ。


「ルブラン侯爵、アリエル侯爵は現当主だということを忘れておらんだろうな。」

「も、もちろんでございます。」

「ならばそなたの采配でどうこうできる問題ではないとわからぬか。」

「それは・・・しかし!息子の婚約者です。ですが国益のためならばと・・・」

「だからなぜそなたが口を出す。そもそも今も婚約破棄を求められているのであろう。よくもわしを謀ろうなどと・・」

「そのようなつもりはございません!」

「後継を外れたアリエル嬢からサンドラの紹介に傾いていたときいている。今回は支援にとどまっていた故、罰金で済んだだけで、そなたも処分された立場であることを肝に銘ぜよ。ルブラン侯爵、王命でそなたの息子とアリエル・ワトー侯爵との婚約解消を命じる。」

「そんな!陛下、お待ちください!息子は彼女を愛しております!そんな王命など非道でございます!」

「ふん、国のために親子ともども身を切る覚悟だとそなたから申したのではないか。対価など必要あるまい。以上だ、下がれ。」

 護衛に囲まれルブラン侯爵は出て行くしかなかった。


「何を・・・なんてことしてくれたんだ!」

 父からその話を聞いたセドリックは、父に掴みかかった。

「やめろ。陛下が・・・陛下が自国の益の為に権力を振りかざして・・・」

「違うだろ!父上が欲をかいて国とドラゴナ神国から特別扱いされようなどと企んだからだ!アリエルを!僕のアリエルを・・・」

 ちぎれかけた細い糸とはいえ、わずかに残っていたアリエルとの結びつきがこれで完全に断たれてしまった。

 セドリックは絶望のあまり膝から崩れ落ちた。



  

 アリエルは王命で婚約が解消されたのを知った。

 そこにセドリックから最後に一度だけでいいから話をさせて欲しいという手紙が届いた。

 記憶を取り戻し、今後の話をきっちりしなければならないと思っていたアリエルは承知した。


 真っ青な顔で現れたセドリックに、アリエルは申し訳ない気持ちを抱く。

 記憶を失っていた間はほとんど関わることがなかった。必死な顔でこちらを見ていても何も思うことがなかったが、今は胸が締め付けられてしまう。

 サンドラには人を惑わす力があり、セドリックは被害者だったのだから。

「今日はありがとう、会ってくれないかと思った。」

「きちんとお話しないといけないと思ったから。」

「・・・もしかして僕のこと思い出した?」

 以前の様に自然な口調で返してくれるアリエルにセドリックは希望をもった。

「ええ。思い出したわ。」

「良かった!じゃあ、僕たちが愛し合っていたことも!」

 セドリックはこわばった顔から笑顔になった。


 しかし、アリエルは顔を曇らせ、申し訳なさそうに告げた。

「・・・セドリック、いえ、ルブラン様。王命により婚約は解消されました。」

「そんなもの!あのシャルル様が陛下に無理強いしたんだろ?」

「シャルル様はそんな方ではないわ。いつも私の意思を尊重してくださるわ。」

「アリエル、本当に後悔している。僕は君にひどい言葉をぶつけた。謝っても謝り切れない。君が僕を軽蔑するのも無理はない・・・だけど僕はアリエルの事が好きだ。アリエルを心から大事に想っている!」

「・・・ありがとう、ルブラン様。嬉しいわ。悲しくて苦しくて泣いていたあの時の私が報われる。それにあなたが悪いのではないと分かっているわ。」

「じゃあ!必ず君を幸せにするからもう一度・・」

 セドリックはわずかな期待に胸を弾ませる。


「できないわ。時が巻き戻るわけではないの。あれからお互いが過ごしてきた時間・・・もう道は別れてしまったのよ。」

 自分が人とは違う事、何よりクロウを愛してしまったこと。

「・・・それはシャルル様と出会ったから?」

 セドリックは一転、泣きそうな顔になった。

「いいえ、シャルル様は・・・親族なの。」

「え?」

「私も最近知って驚いたのだけど、母がドラゴナ神国の出身だったの。」

「・・・そうだったのか。じゃあ!シャルル様と関係ないのなら!」

 再度、セドリックは希望の灯がともる。

 アリエルの一言一言で気持ちが秋の空のように変化する。


「でも・・・苦しい時に側にいてくれたクロウが好きなの。あなたとあのサンドラ・ハルメが街で腕を組んでいる時も、あなたの家に彼女がいた時も、学院で抱き合っている時もいつも慰めてくれたわ。そしていろんな事件の裏を調べてくれたのもクロウなの。」

 セドリックは、街でのことをアリエルに見られていたと知って、顔を歪めうつむいた。

 弁解のしようもない。自分がアリエルを傷つける度にクロウがアリエルを慰めたのは当たり前の事。こうなったのは自業自得。

「あなたが悪いのではないと分かっても・・・クロウに惹かれる気持ちが変わることはなかったの。ごめんなさい。」

「本当に、僕はどうして・・・」

「・・・ルブラン様。あなたと出会えてよかった、確かに幸せな時があった。これからは別の道を歩むことになるけれど、あなたの幸せを心から願っているわ。」

「君と別れて幸せになどなれないっ!」

「・・・それでも祈っています。私の大切だったセドリック様・・・さようなら。」

 涙を落とし、アリエルは応接室を出て行った。



 セドリックはどうやって家に戻ったのかもわからない。

 父親の顔を見るのも耐えられず、セドリックは自室にこもっていた。

 考えるのはアリエルの事ばかり、自分の浅はかな行動を思い出しては後悔するばかりだ。

 今更何一つ取り返しがつかないというのに。


 そんな時、ベランダに続く大きな窓にノックがあった

「?!」

 見るとベランダにクロウが立っていた。

「・・・お前!」

 セドリックは突然二階のベランダに現れたクロウに混乱しながらも窓を開ける。

「君に一言言っておきたくてね」

 セドリックはクロウに怒りが沸く。

「不法侵入で突き出してもいいんだぞ!」

「構わないが。ああ、きちんと自己紹介をしたことがなかったな。俺はクロウ・セロー。ドラゴナ神国の次期国王の側近だ。以後お見知りおきを。」

 公爵家とは聞いていたが、たかが護衛。そう思っていた男の正体が次期国王の側近。


「そんな馬鹿な!お前は・・・いや、あなたは昔からアリエルの側にいるではないか!」

「我々の国はみんな、いろんなところに遊学する。俺は我が国の血をひくか弱いお姫様を見守っていたのさ。」

「あなたもアリエルを・・・」

 そう言いかけてセドリックはソファーに座り込んだ。

「君のおかげで彼女は真実を知ることが出来たのだ。礼を言う。」

「真実?あなたと真実の恋とでもいうつもりですか?そんなことを言いにわざわざ?!」

 セドリックは苛立ち、口調がきつくなる。

「お嬢の出生の秘密だよ。」

「・・出生の?」

「他言無用だ。君のアリエルに対する気持ちが本物だと思うからこそ真実を告げに来た。彼女は数年でドラゴナ神国へ連れていく。だからもう会うこともできない。・・・彼女はドラゴナ神国の王族の血をひいている。」

「王族?ああ、閣下と親族だとは聞いたが・・・」

「噂は知っているだろう。神がいる国と。王族がその神と呼ばれる存在だ。彼女は先日、その血が目覚めた。もう君たちとは違う理の中で生きているのだ。」

「どういうことだ。彼女が王族だから・・身分が違うということか?」

「君が年老いてこの世を去る年齢になっても、彼女の姿は今のままの姿だということだ。我々は非常に長い人生を送る。わずか数十年の君たちとはともに歩めない。」

「そんな馬鹿なことがあるわけない!」

「信じずとも構わない。ただ、もう彼女に付きまとうのはやめろ。彼女が君の側にいることが出来ない理由、自分以外にあると知れば君の自尊心は傷つかずに済むだろう。」

 それだけ言い残し、クロウは再びベランダに出るとスッと暗闇に溶け込んだ。


「・・・アリエル・・・」

 力ないセドリックのつぶやきは誰もいない部屋に消えた。

 クロウの言ったことが荒唐無稽だと笑い飛ばせなかったのは、夜会でシャルルの不思議な力をまざまざと見た事。今も警備されてるはずの屋敷の二階のベランダに易々とクロウが入り込んだからだ。

 しかしそんなことを聞いてもアリエルへの気持ちが変わることはなく、アリエルの心を奪っていったクロウが憎かった。


 クロウが、一度は手にしていながら謀略により珠玉の玉を失ってしまった男を哀れに思い、あきらめざるを得ないよう真実を伝えに来たのだと、セドリックが知るのはもう少し後の事になる。

 クロウがセドリックの立場だったのかもしれないのだから、クロウからセドリックへの恩情だった。

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