第16話 セドリックサイド

 セドリックは学院に戻ってきたアリエルと話をするどころか近寄ることもできなかった。


 婚約者とは名ばかりで、実際アリエルに何が起こったのか、どうしていたのか、今はどうしているのかなど何も知らせてもらえない。

 ワトー侯爵とは話すことが出来たが、ワトー侯爵は不機嫌な様子でアリエルはある方の保護下にあり、帰国してから一度も会っていないという。

 自分ばかりか、叔父であるワトー侯爵にも会っていないのには何か理由があるのだろうか。

 アリエルとクロウが世話になっているという屋敷の主はいったい何者で、何を考えているのか。

 ただ、アリエルを保護していただけの関係とは思えない。

 


 二人で話したくても、近寄よろうとするとクロウの視線が先に突き刺さる。

 すると金縛りにあったようにアリエルに声をかけることもできず、近寄ることが出来なかった。

 アリエルの方はセドリックの事を気にもかける様子もなく、たまに視線が合っても他人のように自然に視線がそれる。

 そこには怒りも悲しみもなく、ただ無関心だけがあった。

 セドリックは弁解も謝罪もすることが出来ず、「生きていてよかった」という言葉さえかけさせてはもらえなかった。



 クロウと仲睦まじく過ごす姿を見る度に、苦しくて己の愚かさに打ちひしがれる。

 あの休み中にサンドラの話に耳を傾けなければ、あんな護衛ごときにアリエルを取られることもなかったのに。

 だが、護衛と言えども公爵令息だった。

 ドラゴナ神国のクロウがそもそもなぜアリエルの護衛になっていたのかもわからない。

 そして彼に睨まれると、金縛りにあったように動けなくなる。 


 わからないことだらけで、焦燥、苛立ち、不安・・・形容のしようのない気持ちを抱えて過ごしていると、アリエルに数人の学生たちが話しかけているのが見えた。

 学院の課題で、先日アリエルと同じグループになっていた者達だ。あの時も自分がそのグループに入れないかとあがいてみたが認められなかったのだ。

 何か話がまとまったようで、アリエルとともに一緒に出て行った彼らを羨ましい思いで見送った。


 が、すぐにクロウだけが教室に戻ってくるとまっすぐにセドリックの所にやって来た。


 「お前のおかげでお嬢は生まれ変わった。礼を言うよ。もうお嬢の事はあきらめた方がいい、その方がお前のためだ。」

「何をっ!」

 言い返す間もなく、クロウはアリエルを追いかけて出て行ってしまった。

「あいつはやはりアリエルの事を・・・」

 セドリックがクロウが出て行った扉を見ていると

「セドリック、クロウ様と知り合いか?」

 サンドラの取り巻きの一人の令息が声をかけてきた。側には当たり前のようにサンドラがいる。


「いや・・・そう言うわけでは。」

「セドリック様、アリエル様とは仲直りされました?アリエル様とクロウ様のご様子をみていると・・・もしかしたらわたくしのせいではないかと・・・責任を感じておりますの。」

 サンドラが顔を曇らせて、セドリックに話しかける。

「もう我々の事に口出しは不要といったはずです。」

 セドリックはサンドラにおもねることなくそう言った。

「おい、何いってるんだ。無関係なのに責任を感じてらっしゃるんだぞ。」

 サンドラの取り巻きになった令息たちがセドリックの態度に文句を言う。


「いえ、やはり私が悪いのです。婚約者がいらっしゃるセドリック様の屋敷にお邪魔などしてアリエル様を傷つけました。それがきっかけで事件に会われて・・・どれだけ恐ろしい目に遭われたのか。すべて私のせいなのです。」

 サンドラが涙を落とす。

「サンドラ様!それは違います!アリエル嬢の為にしたことではありませんか!それに異国で心細い上に、いつも周囲に気を配らねばならない・・・そんなあなたを気遣うのは当然のことです。それを考えず婚約者がどうのこうのと騒ぐ方がどうかしている。事件だって虚偽に決まっています、セドリックの気を引くつもりだったのですよ。しかも被害者を装いドラゴナ神国の王族に取り入り、クロウ様が来られたとたんにすぐお前から乗り換えたような女だ。お前も目を覚ませ。」

 この令息は、サンドラに傾倒するあまり婚約解消をしている。


「気持ちは嬉しいのですが、アリエル様は本当に悪くありませんの。わかってくださいませ。私がアリエル様のお心を傷つけたのです。ですから彼女の事を悪く言うのはおやめください。」

 サンドラは寂し気な顔をしながら周りを諫める。

 しかしそれが逆効果で

「サンドラ様、かばう必要はありませんよ。自分勝手なことを言う彼女のことです、このままでは私たちの事までどんなことを言われているかわかりませんよ。現にクロウ様は我々にひどく冷たいのですから。」

 取り巻き令息のうちの一人が憤る。


「アリエルがそんな人間ではないと昔から知っているだろう。」

「昔はそうだったが、侯爵が亡くなられ、母君も行方不明。それからおかしくなったんじゃないか、自分の立場を必死で守るためにセドリックにも執着し、婚約が駄目になったかとおもえば二股かけて二人と一緒に暮らすなどと・・・信じられないよ。」

 アリエルがクロウとシャルルの屋敷にいることはすでにみんな知っている。

「違う!不誠実だったのは僕のほうなんだ。彼女は何も悪くない!」

「お前が優しいのはわかるが、かばい立てしても今更だ。」

「なぜみんなわからないんだ。お前たちだって、そもそも自分の婚約者をないがしろにしたのは身勝手な理由じゃないか。」

「何言っているんだ。僕は困っているサンドラ様をお助けしているだけだよ、それを理解もしない冷たい婚約者など生涯一緒にやっていけるわけがないだろう。サンドラ様に紹介していただいた方は、優しくて一緒にサンドラ様を支えようと言ってくれる。今回の事で本性を知れてよかったと思っているよ。」

 セドリックがいくら言いつのっても、うわさを否定しまわっても彼らは、聞く耳を持たず、アリエルに対する心証を改善することは出来なかった。


 これからの社交界に置いて人間関係が何より大切なのだ。このままではアリエルは本当に潰されてしまう。しかしどうあがいてもアリエルの悪評を払拭することは出来ない。

 サンドラの方が一枚も二枚も上手なのだ。言葉一つ、涙一つで皆を支配している。

 セドリックは悔しい思いでこぶしを握り締めた。


 

 しかしそのころ、社交界ではそれらを正すような流れが出来始めていた。

 シャルルのおかげで学院生を持つ家の者達がいつの間にか、社交界からはじかれていったのだ。

 そうしてそれをその子供たちが知り、顔色を真っ青にするのも時間の問題だった。



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