第9話 過去の教訓、未来の可能性
ひとりの男の童貞を二度うばうという、とても珍しい経験をした。
いちどめは、彼を自分のものにするために必死で誘惑して持ち込んだセックスだった。
にどめは、彼の孤高の魂がどうあれ私を惹きつけることに観念し、そのフェチズムを慰めるために彼を利用するようなセックスだった。
どんなに好きでも手に入らないものはある。手に入れたと思ってもまぼろしにすぎないこともある。
ベッドに横たわるマサルは遠くを見ている。体を交わした後の夫の表情そのものだ。精を放ってクリアになった頭で、新しい何かを追い求めているかのように。
「何考えているの?」
夫には聞いたことがない質問をしてみた。宙がセックスの後、研究のことを考えていたのは、わかっていた。
「このようなことを重ねれば夫婦と言えるのか。そちに快楽を与えられながら、余はいまも妻をめとる気にならぬ」
いま寝た女にこんなことを言えるところも宙と同じだ。おまけに悪気が無いから始末が悪い。
「あなたはそういう人なのかも。私の夫はね…」
夫が複数の女と体の関係を持ち、それは私のためだったと言ったことを話し、もう離婚するところなのだと告げた。
「まさに。余が妻を迎えても同様の結果となるかもしれぬ。そのような裏切りを厭いながら、そちは、なぜ余とこのような行為に及んだのか」
「あのね。私の離婚の話をすれば、皇子はそれが多元世界の教訓だと言って、一生、結婚せず、女も抱かずに終わってしまうかもって思ったの。それって、あなたの魂にとって私の存在が無になることでしょう?それが悔しかったの」
「ふむ。教訓か…」
皇子はまた遠い目をした。
次の日、川合慧の仕事が終わる時間まで、マサルの興味が向くまま、こちらの世界を案内することにした。とはいえ質問が科学的だから、携帯で検索しては答えるの繰り返し。午後になってスカイツリーにのぼり、東京を見おろしながらも質問攻めにあっている。
で、いいかげんうんざりして、私からの質問でさえぎった。
「魂って、そちらの科学では、どう説明されているの?」
「分けられぬもの。合わせられぬもの。その特徴は素粒子」
「素粒子!?」
それって、電子とか?
「過去、医学において精神は脳にあると思われていたが、脳をふたつに分けた時、精神は二つにならなかった」
「こわ!そんな実験したんだ!?」
「うむ。文献が残っておる。そこまでせずとも、脳が一部結合した双子に精神が二つあることから、魂は合わせられぬこと。多重人格者でも、複数の人格がいちどきには発現しないことから、魂は分かれないことがわかるであろう」
私はフリーライターの職業病で、思わずインタビューのような姿勢になった。
「では脳ってなんなのでしょう?」
「記憶装置とか、処理装置のようなものと考えられておる。目、耳、手足などの肉体が魂により利用されていることは誰しも自覚できるであろう。脳もそのひとつにすぎぬ」
「そういう理論で魂を多元世界に送る装置の開発をしてたんだ?」
「うむ。だが最後に見合いした女人が、もし魂を多元世界に飛ばせても、戻す方法が無いと指摘した。つまり、行きっぱなしになると。交換するのではなく、散らばらせるだけだと。まったくそのとおりであった。目的は多元世界があるか無きかを確かめることだったゆえ」
「だから壊そうとしたの?」
「見ておったのか。魂が無秩序に交換されるような事態となれば、魂の流刑となる。もし多元世界が作り話であるなら何も起こらずに済むのだと、思いとどまった。しかし結局のところエクスチェンジャーも多元世界も偽りではなかった。戻り次第すぐに分解し、設計図は消去せねばならぬ」
マサルは深刻な顔で眉をしかめた。
「余はつぎに、多元世界からの教訓を得ることが正しいかの検証に入る。終わり次第、多元世界と行き来できる新たな装置にとりかかる」
神の末裔とされて窮屈な思いをしているマサルが、帰りたくないと言い出すのではないかと心配していたのに、もう帰ってからの使命感に燃えている。
私は脇役だ。そんな言葉が浮かんだ。目の前にいるのは皇太子であり天才科学者でもある変人。ヒロイン枠がない孤独なヒーロー。
それは夫も同じ…
「エミ。多元世界で過去に何が起きようと、未来の可能性をせばめてはならぬことをそちから学んだのだ。夫の過去の所業にとらわれず、余に女人との交わりを教授してくれたこと、ありがたく思う」
マサル皇子は私を抱き寄せた。
とつぜん、包むような彼の腕がこわばり、私を遠ざけた。
「枝見ちゃん?」
そこには夫の
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