第2話 こんな依頼をされました

「ここ、どこ?あの男はまさるなの?」

「ご説明が遅れましたが、ここはビッグバンを起源に広がり続ける多元世界の一つです」

「四次元?」

「パラレルワールドとでも言いましょうか」

「異世界?」

「当たらずとも遠からず。私はエクスチェンジャー。多元世界で同じ存在の魂を交換できる能力者です。基本は自分の魂を他世界の自分の魂と交換し、他世界の調査を行うのが仕事です」

 

 長髪男あらためエクスチェンジャーは、指先の動きでマサルモドキの映像から、多元世界とエクスチェンジャーの説明映像に切り替えた。

 ビッグバンで宇宙ができ、空間と同様、三次元世界の「可能性」が広がり続けている。世界は無限にあり、それぞれに同じ人間が存在する。同じ人間の魂は入れ替えが可能で、それができる能力者「エクスチェンジャー」が見いだされ活用されているのがこの世界だという。


「科学的な説明に、いきなり魂が出てくるのね」

「そちらでは魂が非科学かもしれませんが、この世界では科学です」

「へええ!」

 たぶん私は目を輝かせてしまっていたと思う。私は「普通」より「変」が好きだ。科学者になるような頭脳はないけれど、科学の話を聞くのは好き。ファンタジーやSFも好き。

 そういう趣味の因果で、高校一年生の時、「変」の親玉のごとき夫、宙に恋してしまった。彼は同じ高校の三年生で、理数コースの天才として有名だった。あれから十二年。仕事の取材で再会して猛アタックして結婚して…


 でも宙は私に恋してくれたわけではなかった。


「こちらの皇太子が夫の宙と同じなら、合う女なんていないと思うけど」

 冷たく言うと、エクスチェンジャーは同意するかのように苦笑いした。

「実は多元世界における我が皇太子と同じ存在を何人も調査したのですが、結婚していたのは、あなたの世界のサクラ・マサルだけでした」

「えええっ!?つまりあいつと結婚した私は多元世界いちの物好きってこと!?」

「いえ、私は現時間軸しか調査できませんから、マサルが晩婚型というだけかもしれません。ただその可能性に賭けるのは危険だと…」

 エクスチェンジャーの溜息に、私も同調して溜息をつき、多元世界で唯一のバカな結婚をした自分を憐れんだ。


「我が皇太子が見初める相手を見つけていただければ、元の世界にお戻ししますので。なにとぞ…」

 彼がつややかな黒髪ごと、ふかぶかと頭を下げる。

「あいつに女を押し付けるまでは、帰れないってこと?」

「はあ、まあ…」

「報酬は?帰ったら大金持ちになっているとか、ないの?」


 エクスチェンジャーは真剣な顔で指を一本突き出した。

「2つの特典を用意しております。まずひとつ目。ただいま交換により当世界のエミの魂が、そちらの世界に行っており、よろしければ、面倒な離婚手続きを代行させていただきます。慰謝料もきっちりと取るように」

「素敵…かも」

 エクスチェンジャーはほっとした顔で頷いて、二本目の指を立てた。

「ふたつ目。他の世界でエミ様と幸せな夫婦となっており、そちらの世界でまだお相手のいない男性を数人ご紹介します。一目会えばエミ様を溺愛してくれる殿方ばかりです」

 私は眉をひそめてしまった。

「その男性って、もう見つけてあるの?」

 別世界の私も「変」好きだったら、相手はえりすぐりの「変な奴コレクション」かもしれないではないか。エクスチェンジャーは、急に目を泳がせた。

「いえ…それはこれから…」

 しどろもどろになる様子にようやく人間味を感じる。

「ま、期待してないけど情報はもらいます。私自身、どの世界でも独身な人間かもしれない。それならそう教えて下さい」

「いえ、エミ様はとても可愛らしく、明るい女性です。多元世界でもきっとモテているはず」

 お世辞一つ言わない夫のせいで、こんなふうに褒められると、つい浮ついた気分になってしまう。


 この際、異世界をじっくり体験してみよう。

「ま、ここでもまさるの妻になれって言われるよりマシよね。どんな女性にかかってもあいつがダメ男だって証明してやるわ」

 皇太子をダメ男と呼ばれたのに、エクスチェンジャーは意外にも、にやりとした。多元世界を旅しているから超然としてしいるらしい。


 じつは「美形で超然とした変な奴」は私の趣味に合致する。

 だめ、絶対。私は自分に言い聞かせた。

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