第29話 再会

 王都に着いてから俺は、ミハイル様の上屋敷で下働きとして採用してもらった。


 同時に、以前プルーンと行ったダウンタウンの不動産屋に行き、手持ち資金で可能な限り広めのアパートを借りた。俺の下働きだけだと資金的に心もとなかったが、プルーンが貯めていたお金を、いつの間にか商会に送金してくれていたため、あかりさんとメロンの渡航費用の残金を支払っても当分暮らしていくには問題なさそうだった。


 そうしてあかりさんとメロンを乗せたキャラバンが王都に到着するまであと一ヵ月位となった時、亡命した第四王女が、はるか南方のカラカフマ子爵領に無事到着し保護されているというニュースが王都に届いていた。フマリさんによると、これで王城内部の情勢は一旦落ち着くようで、近衛の情報統制も緩むのではないかと言っていたが、本当にプルーンは大丈夫なのだろうか。

 心配するだけで何も出来ない自分が情けない。


 ◇◇◇


 その日、イルマンから到着しているはずの荷駄の積み下ろしの仕事をするつもりで

上屋敷に向かったのだが、着いたとたん、家宰かさいに呼び出され、裏の蔵の中に連れていかれた。


「けっこう暑いが仕方ない。扉を全部閉めろ!」

 家宰の指示で俺は蔵の戸をすべて閉じたが、小さな明り取りがあるだけなので、結構中は暗くなる。そこには、今日イルマンから到着したと思われる大きな木箱があり、家宰が蓋を外したところ、あーーーーーー!? 


 なんとプルーンが入っているではないか。


「しー、静かに! ゆうた。誰かに見つかるとまずいから!」

 そう言って、プルーンは俺を制する。

「いや、プルーン。一体全体……」

「元気そうでよかったよ、ゆうた。話すと長くなるんだけど、私たち、ここにも長居出来ないんで……あんた、もう家は準備したんでしょ? とりあえず、そこに私たちを連れて行ってくれないかな」

「私たち?」

 よく見ると、箱の中にもう一人、小柄なエルフの女の子がいた。

「あはー。すいません。お邪魔しまーす」

「えっ、この人は?」

「ああ、もう細かいことは後! 事は一刻を争うわ。私たちもう一回箱の中に納まるから、あんたは、自分の新居に家具でも買ったような顔して、私たちを連れて行って頂戴!」そう言ってプルーンは、箱の中に入ってふたを閉じてしまった。家宰も、首を縦に振って、早く行けと促している。


 全く訳が分からないまま、上屋敷からダウンタウンの新居まで、荷車を引っ張っていったが……でも、よかった。プルーンが無事だった……それだけでも万々歳だな。心の底からうれしさが混み上げてきて、新居に向かう足取りは軽かった。


「ふー、暑かったわねー。王都もすっかり夏よね」

 俺の新居に運びこまれた箱の中から出てきたプルーンの第一声がそれだった。


「あー、あっちゃん。一人で出られる?」

「ぷるちゃん、ちょっと手を貸してー」


 あっちゃん? ぷるちゃん? 

 目を点にして困惑している俺に向かって、プルーンが言った。

「あー、紹介するね。この子はあっちゃん……というか、ゆうた。あんたにはちゃんと真実を伝えておくね。このお方をどなたと心得る! 恐れ多くも、逃亡中の第四王女、アスカ様にあらせられるぞ! が高い! ひかえなさい!」

「えっ、えーーーーーーー? ははー!」

 俺も思わずその場にひれ伏した……テレビの水戸黄門は大好きだったな。


「嫌だ、ぷるちゃん、何それ。あ、あの、ゆうたさんですよね。王女だってバレると大変困るので、あっちゃんでお願いしますね」

「それで、ゆうた。ここシャワーある? 

 私も姫……あっちゃんも汗だくなんだけど……」

「あー、シャワーはさすがにないけど、水道ならあるぞ」

「それでいいわ。あんたちょっと小一時間くらい買い物してきてよ。私たち、このところロクなもの食べていないのよ。それとデザインとかは気にしないから、あんまり派手じゃない女物の衣類も何点かお願いね。ああ、下着は買わなくていいから!」

「いや、そうは言っても姫様に食べていただくものとか……」

「大丈夫です。好き嫌いはありません。あーでも、虫はちょっと嫌かな」

「はい……了解しました……」


 そう言って、俺は外に出たが……近衛のプルーンが姫様と逃亡しているんだって事は何となく理解した。姫様が南方へ行ったというのは偽装工作なのだろう。

 いずれ、それが発覚すれば、各地の貴族がしらみつぶしに調査され……いやもう監視されているかもしれないな。そういう意味では上屋敷も危ないのだろう。そして、それにミハイル様が絡んでいるのは間違いない。


 そこまで考えて、体を拭いてお腹の膨れたプルーンに問いかけてみたら、大体当ってるとの事だった。ただ、万一の事を考えると、俺は細かいいきさつを何も知らないほうがいいらしい。なので余り詮索はしない事にした。


「まあ、まさか敵さんも、私たちがこんなダウンタウンに潜入しているとは思わないでしょ。ここで時間を稼いで、クローデル様の次の作戦を待ちたいのよ。メロンたちが来るまであとひと月くらいあるし、いいでしょ、ゆうた」

「いやいや。それはまあいいんだが、俺はどこへ行けば? 俺、人間だし、まさか姫様と同じ屋根の下という訳にはいかないだろ」

「あの、ゆうたさん。私は人間とかで差別はするなと教えられてきています。別にゆうたさんが一緒の家でも気にしませんし、逆に家があるのにあなたが他に泊まっていたら、ミハイル卿の上屋敷周辺が偵察されていた場合、怪しまれます」

 うわー、この姫様、天使だなー。しかし、本当にいいのか?


「ゆうた。わかっていると思うけど、ちょとでも姫……あっちゃんに変な事してみなさいよ。あんたの自慢の大きなあそこを私がみじん切りにするからね! 

 ……でも、そしたらちゃんと入るかもしれないわね」

 ……まだ根に持ってるのかな。


 新居は1DKで、居間にはセミダブルのベッドが備え付けなので、プルーンとあっちゃんはそこで寝てもらい、俺は台所の床に転がった。あっちゃんは、俺もいっしょのベッドで構わないと言って下さったが、当然プルーンが許さない。


 しばらくしたら、プルーンが俺の傍にすり寄って来た。

 あっちゃんは今までの逃避行の疲れが出たのか、可愛い寝息を立てて眠っている。

 俺は何も言わず、プルーンを抱きしめた。


「ごめんね、ゆうた。全然連絡出来なくて。私、あのクリスマス? の時のことも、ずっと謝ろうって思ってたのに……」

「いいさ。お前なりにいろいろ苦労したんだろ。それにあの時は俺も悪かったよ。

 もっとゆっくり優しくしてやればって、何度も何度も後悔した。

 そして、あまりに連絡くれなかったんであいそつかされたんだろうかって」

「そんなことない! たとえつがえなくても、やっぱり私はあんたが好き! 

 だから……またデートしようね……」

「ああ、もちろんだ」


 そうして二人はしばらくギューッと抱き合ってキスをしていたが、プルーンが突然話題を変えた。

「それでね。私、ミハイル卿のところに逃げ込んだ時、あんたの事を聞いたんだ。

 まったく、軍を抜けるのにかなり乱暴な事をしたものね。それに、あのエロエルフおばさんとも、いろいろあったみたいだね……」

「失礼な言い方するなよ。ミハイル様もビヨンド様もすごく良くしてくれたんだぜ」

「ああ、ごめん。それでね、ミハイル卿があんたの話聞いて、後日思い出したらしいんだけど、ここを訪ねてみろ……テシルカンさんの事がわかるかもしれないって!」

「本当か?」

 プルーンが貰ってきた住所は、上屋敷からもそんなに遠くなかった。

 なるべく早く行ってみようと思った。


 ◇◇◇


 プルーンとあっちゃんが俺の新居に転がり込んだ翌日。

 プルーンは思い切り髪を短く切り、化粧も濃いめにしたりして、ほとんど昨日までの面影が無いくらい変装した。これなら王城の人間どころか、フマリさんでも、ぱっと見プルーンだとは気が付かないのではないだろうか。


 逆に、あっちゃんの場合、それでなくてもダウンタウン内だと、エルフというだけで目立ってしまうし、何かこう神々しいオーラの様なものをまとっていて、外を歩いていたら、それだけでやんごとないお方とバレてしまいそうだ。

 それで、大変申し訳なかったが、お一人での外出は禁止とさせてもらった。

 何かあった場合、俺かプルーンがいないと取り繕えないだろう。


 日中、俺が上屋敷に仕事に行っている間、変装したプルーンは、あっちゃんが生活に不自由しないよう、色々物を買いそろえたりしながら、俺も知らない秘密の連絡場所にたまに出入りしている様だった。


 ある蒸し暑い日、イルマンからの荷の到着が遅くなり、仕事の帰りが遅くなった。

 家の戸を開けたらなんと、台所で、桶に汲んだお湯で、裸のお姫様の体を拭いている、これまたまっ裸のプルーンに遭遇した。


「失礼しましたー!」

 おれは、直ぐに玄関から転がり出た。


 もういいと言われたので家に入ったが、プルーンはカンカンだった。

「ゆうた。コロす……ほんと、ノックくらいしなさいよね!」

「でも、ゆうたさんは悪くないですし……。

 こんな貧相な裸見られても私は大丈夫ですから」

 ああ、やっぱ姫様、天使!


「そうはいきません。あっちゃん。人間は性欲のバケモノなんです。たとえあっちゃんが貧相でも……」

「おまえ、それ二人に対して差別的発言だぞ!」

「あっ!」

「ぷっ、あはは。本当にお二人は仲がよろしいんですね。うらやましいです。でもね、ゆうたさん。私とぷるちゃんも、お互いにファーストキスの間柄なんですよ! 私、それが結構うれしくて……」

「??」

 不思議そうな顔をしていた俺にプルーンがローキックを入れ、こっそり呟いた。

「そういうことに、し・な・さ・い!」


 でも、この二人、本当に仲良しだなと思う。姫様もすごくプルーンを信頼しているようだ。というか、たまになんかうるんだ瞳でプルーンを見つめているよな。まあ、最近のプルーンは結構男前なんで、姫様はプルーンにホレちゃっているのかも知れないな。はは、変な想像をしたが、なんか昔、ソドンが尊い尊いって言ってた感じが少しわかったような気がした。


 翌日、俺とプルーンは、あっちゃんに留守番をお願いして、ミハイル様が教えてくれた場所に行った。そこは王立博物館で、学芸員のパナレールさんと言う人が対応してくれた。この人の主な仕事は歴史的な発掘物や遺物のカタログ作成なのだが、この博物館には、古来、人間が転移してこの世界に持ち込んだものが数多く収納されているとの事だった。ただ、あくまでも学術的な研究のための整理、保管が目的で、一般には公開していない様だ。


 ミハイル様の推薦状があったので、その収納品を見せてもらう事が出来た。

 確かに、俺の世界のいろんな時代・地域のものが雑多にコンテナに入れられている。グレゴリーナイフも、経緯によってはここの収蔵品になったのだろうか。


「ここにある収蔵品は、ほとんどテシルカン様が、実地調査で集めてきたものなんですよ。ただ我々には、なんとも謎物品が多くて。かといってあなたの様にコミュニケーションの巧みな人間も少ないし、誰に聞けばいいかと思っていたところです。

 何かわかるものがあれば、時間の許す限り、教えてくれませんか?」

「せっかくお時間を頂戴して見せていただいているんです。出来る限りのご協力はさせていただきます。それにしても、テシルカンさんは、まだこのような調査を?」

「そうですね。最近はほとんどご自身の趣味といったところでしょうかね。領土自体はそれほど大きくはありませんが、一応、地方領主様ですので、趣味に没頭されていても生活にはお困りにはならんでしょうけど。

 年に一回位、ここにふらっと顔を出しますが、いつ来られるかまでは……」


 それから、俺は、収蔵品を見ながら、俺の知っているものをパナレールさんに説明し、彼はそれを一生懸命メモしていた。


 見ていくうちに、俺は興味深いものを見つけた。これは、日本刀か! でも柄の部分が西洋風だ。明治時代あたりの軍刀だろうか。しかもかなり刃こぼれしていて、錆だらけだ。使うにしても、かなり手を入れないと……というより、これを持ってここに来た人はどんな感じだったんだろう。サンドワームと戦って刃こぼれしたりしたんだろうか……


「ゆうたー。ほらここ。ゆうたの持ってたやつと似たようなのがあるよ」


 プルーンが呼ぶので行ってみると、あっ、これスマホだ。型は若干古いが、確かにSHORP製のスマホだ。

 しかも、これは! 単三電池とそれ用の携帯充電器だ!

 単三電池はシュリンクに入っていて新品みたいだし、本数も結構ある。これとこの充電器を使えば、このスマホを動かせるのではないだろうか。まあ、動いても通信機能はつかえないだろうが、その旨をパナレールさんに説明したら、彼も大層驚いた。


「えー、この装置が動くかもしれない? そりゃ大変だ!」

「そうですね。本来の通信機能はこの世界では使えないですが、このスマホを持っていた人の情報は判るかも知れません」

「すごいですね。すぐにでも試してみたいところではありますが、試験の立ち合い人が私だけなんて勿体なさすぎます。他の学芸員にも声をかけてみますので、試験の日程は、改めて仕切り直させていただけませんか?」

「それはこちらからも、よろしくお願いします」


「ねー、ゆうたのスマホも、これで動かないの?」プルーンが俺に尋ねる。

「ああ、そうだな。タイプBのマイクロか。これならこの充電器、俺のスマホでも使えるよ」

「たいぷびー?」

 はは、プルーン。俺のスマホが旧式でよかったな。


 そして一週間後、この博物館で、改めてスマホの試験をする約束をした。

 もう、星さんたちが到着する前日ではあるのだが、少しでも先にいろいろな情報を得ていたほうが、彼女も喜ぶだろうと思った。





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