第19話 山越え

 村を出発してひと月。キャラバンは草原を南に進んでいるが、道らしいものなどはとっくに無く、眼に見える山や星で現在位置を特定するプロの航法士がいて、方角を間違う事はほぼないらしい。

 王都へ向かうルート上の水場なども特定されていて、日々のキャンプ地も決まっていた。キャラバンには専任の調理師やヒーラーもおり、お客様の俺とプルーンはあまりやる事がないが、洗濯は自己責任との事で、シャーリンさんのものも、プルーンに洗ってもらった。


「だいたい、洗濯は助手の仕事じゃないの?」

 プルーンが笑いながら文句を言うが、さすがにシャーリンさんの下着も俺が洗うのは気が引けるというのは判ってくれている様だ。

 なので俺は夜の見張りや日誌書きに精を出した。


 シャーリンさんとの剣道の稽古も、毎日就寝前に行ったが、これは俺自身とても楽しく、お金を貰うのが申し訳ないくらいだった。プルーンもその脇でソードの訓練をしていて、シャーリンさんは俺だけではなくプルーンにもいろいろ教えてくれた。


「いよいよ最初の難関だな」シャーリンさんが言う。

 キャラバンの進む方向に大きな山脈が見える。カステル山脈というらしいが、あの山越えが大変らしい。

 まあ、道らしいものは当然整備されておらず、毎年通るところは、キャラバンが都度、邪魔な木を伐採して整備したりしているとの事だが、山越えでキャラバンの速度が落ちるため、山賊に狙われやすいのだそうだ。


「まあ、私が雇われてから、襲われたのは最初の一回だけだがな」

 シャーリンさんがドヤ顔で言う。

 それって、最初の襲撃で山賊側が懲りたって事だろう。

「でも、こんな辺鄙へんぴなところで山賊やってて、食べていけるんですかね?」

「どちらかというと他に行き場がないというのが正解だろう。山の中までは国の支配が及ばないからな。王都で喰いっぱぐれたり、犯罪を犯した者が逃げ込んだりしているんだ。まあ、あまりに目に余る連中は、辺境守備隊に討伐されるがな」

 はは、それでキャラバンを襲って返り討ちにあうんじゃ、確かに割に会わないな。


 そしていよいよ、キャラバンが山道にはいり途中何事もなく峠を越え、下りに差し掛かって」から事件が起こった。


「停止! ていしー!」先頭の馬車から、緊急停止の声が響く。

 何事か見に行こうとしたら、シャーリンさんが俺を止めた。

「ゆうた、油断するな。こういうタイミングが一番危ない」

 俺とプルーンはソードを手に取ってシャーリンさんと馬車を降り、周りの観察に集中した。幸い、山賊の襲撃では無かったが、進む先の道が大きく崩れてしまっているらしい。


「行きの時は何でもなかったんだが……」あごひげさんも困惑しているようだ。

 崩れた道は、同行しているドワーフたちが急ぎ修復にあたるが、今日はここで夜を明かさねばならない。そこで、俺だけではなくプルーンもシャーリンさんの指揮の元

警備にあたる事になったが、臨時のお手当がもらえる様で、プルーンは喜んでいた。

「それにしても最悪の場所だな。これだと簡単に馬車が谷に落とされてしまう」

 キャラバンは、斜面に沿って一列に車列が延びてしまっており、確かに上から攻撃されたら、すぐに下に転がってしまいそうだ。


「ジン様。まだ日のあるうちに、山の上の方を偵察してきたいのですが、ご許可を。万一、山賊側に備えがあって、夜襲に会ったら眼も当てられません」

 シャーリンさんはそう言ってあごひげさんに許可を貰い、守備隊の一部を連れて上の方の偵察に出たが、俺も同行する様に言われた。だが、山中で対人の実戦を初体験させる訳にはいかないので、プルーンは馬車に待機させた。


 シャーリンさんはものすごい速度で斜面を登っていき、俺や他のメンバーはついて行くのに必死だったが、ほどなくこのあたりで一番高いところに到着した。

「とりあえず、なにか仕掛けている訳ではなさそうだな。しかし、馬車があの様子だと、少人数でも一台、二台は持っていかれそうだ。幸いここは見晴らしがいい。日没まで、ここで周囲を警戒するぞ」

 そうして俺達は、二人一組で周囲の偵察にあたることになり、俺はシャーリンさんに連れられて、尾根の反対側に降りていった。


 十分位歩いただろうか。妙な気配を感じて俺は足を止めた。

「ほー、ゆうた。大したものだ。お前も気づいたか。あの岩陰に何かいるぞ」

「獣でしょうか?」

「さあな。だが、獣がこんな怯えた気配を出しているのを私は見た事がない……。

 おい、そこ。勝ち目がないのは判っているだろ! さっさと投降しろ!」

 シャーリンさんが大声で威嚇する。反応が無いのを確認し、シャーリンさんは一瞬で岩陰に接近するが、次の瞬間だった。

 岩の側の木の上から、刃物を構えた男がシャーリンさん向かって飛び降りてきた。

「シャーリンさん、上!」

 俺が叫ぶ前にちゃんと気づいていた様で、シャーリンさんはその男を一太刀で薙ぎ払い、男は真っ二つになった。

「きゃーーーー」叫び声がして、岩陰から黒い陰が逃げようとしたが、それも一瞬でシャーリンさんに切り伏せられた。


「シャーリンさん、大丈夫ですか?」俺はあわててシャーリンさんに駆け寄った。

「問題ない。だがまだ油断するな。二人とは限らんぞ!」

 そういわれて、慌てて周囲を見回したが、もう怪しい気配はしない。

「それにしてもなんだ? 山賊にしてはあまりに手ごたえがなかったが……」

 俺は、恐る恐る、シャーリンさんに切り伏せられた賊の側に近寄った。


「えっ? ああああああーーーーっ!」

「どうした、ゆうた? 山賊の死骸くらいで腰を抜かすな!」

「いえ、シャーリンさん……この人達、人間の男女です……」

 深呼吸して遺体を観察したが、間違いない。

 この人達は人間だ。多分、欧米人だろう。


 木の上から襲い掛かった人は、軍服のようなものを着ていて、USアーミーのタグが付いている。岩陰にいた人は……この男性に関係ある女性なのだろうか。俺達の世界で普通に見かけるビジネススーツを身に付けていた。

「人間とは珍しいが……警告はしたし、あっちが先に攻撃してきたんだ。

 仕方なかろう」

 シャーリンさんは、すまなそうに俺に語りかけた。

 

 でも……俺は戦慄した。

 もしこの二人が、俺とあかりさんみたいに、たまたまここに飛ばされてきてしまい、言葉もわからないままこんな目にあったのだとしたら……

 そう思ったら、内臓が激しくひっくりかえり、思わず俺はそこに吐いてしまった。

「ゆうた……?」心配そうに俺を見るシャーリンさんに、俺は今の考えを話した。


「……そうだな。実力差は最初から圧倒的だったんだ。私がもう少し余裕をもって対処すれば、この二人は死なずに済んだかもしれんな。

 だが、ゆうた。私が言うのもなんだが、この二人は運が悪かったんだ。そして……お前とつがい殿は運が良かった。それだけだ」

 確かにそうだ。俺と星さんだって、一歩間違えば、あのままウォーウルフの腹の中だった。


 男性は軍票を身につけていた。

「グレゴリー・アンダーソン……さん……1995年生まれ……」

 おれはその軍票を懐にいれ、万一元の世界に帰ることが出来たら、これを遺族の元に返したいと思った。残念なことに、女性の方は、身分が判る様な物を何も持っていなかった。そして、グレゴリーさんが手にしていたのは刃渡り二十cmくらいの軍用ナイフだった。多分特殊なセラミック合金製で、この世界ではとんでもないオーパーツだろう。


「すごい刃物だな、それ」シャーリンさんにもわかるらしい。

「どうします、これ?」

「ゆうた。これはお前の世界のもので、これが何でどういう風に使えるのか、お前は知っているんだろう? だったらお前が持っていろ。そして、もし自分の世界に帰れたら、さっきの軍票とかいうのと一緒に、遺族に渡してやれ」

「そうですね……そうします」


 二人の関係は全く判らないが、男性が命がけで守ろうとしていたのだ。それなりの仲だったんだろう。そう思って二人を一緒にその場に埋葬し、ちょっと大きめの石を墓標として積んだ。


 その後、他の偵察隊と合流し、山賊のリスクはなさそうだということで、俺達はキャラバンに戻った。


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