第12話 買い物

 村に戻ったときは、すでに秋も深まっていて、ゴブリンの被害を免れた畑は、収穫真っ最中だった。俺は急いでバルア家に戻ったが、あれ、留守かな? いや、戸はあいている様だ。

 そう気づいて、俺は母屋に入って仰天した。家財道具が一切ない! 

 えー、何があった?

 

 俺がいない間に、村を追い出されてもしたのだろうか、慌てて外にでたら、ちょうどソドンが歩いていた。


「おお、ゆうた! 戻ってきたんだな。変わりないか?」

「変わりないかじゃない! ソドン、これはいったいどういう事だ? 

 俺がいない間に、村は俺の家族にいったい何をした!」

 まさに怒髪天を衝く勢いで俺はソドンにつかみかかったが、ソドンは落ち着いてそれをいなした。

「あわてるな、ゆうた。バルア家は引っ越しただけだ」

「えっ? 引っ越し?」

 

 全く状況が呑み込めない俺に、ソドンが説明してくれたところによると、この家も畑や農機具も、もともと村の所有物で、村人はそれを村から借りて暮らしているのだそうだ。そしてその借り賃として働いて得た収穫物やお金を村に収めているらしい。

 バルアの家は、村の中でも大きい方で借り賃もそれなりなのだが、バルアが生きていた時は大した問題ではなかったのだそうだ。ああ、それで……

「それにしてもひどくないか。バルアは村のために戦ったんだぞ。その家族をお金のことでないがしろにするとは……」

「違う、違う。プルーンが言い出したんだ。里長も古老も、バルアの見舞い金も出るし、気持ちが落ち着くまでここにいていいと言ったんだが、将来の事もあるので、そのお金をもらって、節制して暮らしたいとな」

 そうだったのか。そもそもこの村で二年も暮らしていて、そんな仕組みだったなんて全く知らなかった。俺達がずっと納屋住まいだったのも、そうした賃料の兼ね合いだったのだろう。ペット扱いされているなどとは、とんでもない誤解で、バルアに合わせる顔がないな。


 プルーン達の引っ越し先をソドンに聞いて、一目散にそこへ向かった。そこは、村はずれのちょっと斜面になったところで、俺達がいた納屋より一回り小振りな小屋があり、その前であかりさんが洗濯物を干しているところだった。


「星さーん! ただいまー!」

「えっ? ゆうくん? あー、みんなー、ゆうくんが帰ってきたよー」

 次の瞬間、家の中から、プルーンとメロンが吹っ飛んできて、俺に飛びついた。

「ゆうたー。お帰りー。よかったー、無事帰ってきたー」

「あは、プルーン、メロン。苦しい、苦しいって。大丈夫だよ。ちゃんと用事を済ませて帰ってきたから! それにしても、引っ越してたなんて……前の家に行ってびっくりしちゃったよ」

「あー、その説明はあとでゆっくり。取り合えず、ゆうたをたっぷり充電させて! うーん。ゆうたの匂い……最高!」

 そういいながらプルーンは思いきり俺を抱きしめた。

「あー、お姉ちゃん。ずるいー」

「こら、私のゆうくんを独り占めするなー」

 そういいながら、メロンと星さんも抱きついてきて、俺はしばらくの間、充電器として立っているはめになった。


 小屋の中は、手狭な感じではあったがかまどもあり、藁床はほぼ以前と同じサイズで用意されていた。前の家では庭に井戸があったが、ここは、ちょっと離れた共同井戸まで水を汲みに行くとの事で、大きな水がめがあった。

「えへへ、今日からゆうたも一緒に、ここでみんなで寝るんだよ」

 メロンが嬉しそうに藁床を指さす。

「えー、四人だとちょっと狭くないか?」

「いいの! これから寒くなるし、みんなでくっついて寝るの!」

とメロンが言い張る。


「それで、どうして引っ越しを? というか、事情は大体ソドンに聞いたが、なに、俺だってもう、それなりに働けるし、まあバルア同様とはいかないが、それなりには稼げると思うぞ。自分たちの将来のためにお金を取っておくのは悪い事じゃないけどな」とプルーンに問いかける。


「うん、それ。いまは、少しでもお金貯めないと。だって、ゆうた、いつか王都へ行くんでしょ? 用事が済んだって言ってたって事は、王都への道筋が見えたという事でしょ」

「それはそうなんだけど、まだすぐじゃないし、そんなに慌てて貯めなくても……」

「何言ってんのよ。詳しくはよく知らないけど、多分すごいお金かかるよ。それに、ゆうたとあかりママが王都へ行くのなら、私たち付いて行くし!」

「ああ! そこまで考えてくれていたのか。プルーン、ありがとうな。確かにゴーテックさんにも、お金がかかるので里長とかにも相談しろって言われた」

「私も、いつまでもくよくよしていられないし、出来る事からやって働いていくつもりよ。それで将来、王都でメロンを学校に通わせられたら最高じゃない?」

「あはー、素敵な夢だねー。私も頑張って、プルーンちゃんやメロンちゃんを王都デビューさせてあげたいなー」

 俺も星さんに全く同感だ。そんな夢があればみんなでもっと頑張れる。

 そうしてその夜は、もし王都にいったらの話で盛り上がって、狭い藁床の中で四人でくっつきあいながら夜半まで語りあった。


 翌日、俺は里長さとおさの所へ赴き、ゴーテックさんと話した内容を伝えた。

「ほう。神官様が、王都へ行っても大丈夫と言われなさったか。であれば、何も問題はない。それを目標に準備を始めるのがよいだろう」

「それで里長。軍に志願するのがよいと言われたのですが、なにか里長に頼む手続きがあるとか……」

「ああ、わしが推薦状を書けばいいだけじゃ」

「えっ、そうなのですか? ゴーテックさんの話だとお金がかかるとか」

「うん、全く無料というわけではなく、法で決められた文書作成料や申請料はいただくが大した額じゃない。むしろ王都へ行くまでの費用が馬鹿にならん」

「ああ、それも言ってました。なんでも行商がどうこうと」

「はは、行商か。確かにそれもやっとるが、正式には辺境巡回徴税吏へんきょうじゅんかいちょうぜいりといって、国のお役人じゃ。ここツェルラント王国はエルフの王様が治める国で、王都の近くには王族や貴族の荘園が多いのだが、この村や辺境の集落は、王家の直轄領でな。年に一回、徴税吏がこの村に税を回収に来る。その時、手ぶらでは来ず、王都の産品をもって村で商売もするんじゃ。

 そして、税の他に、布や糸、染料など村の物産を仕入れて王都へ持っていくんだ。この村から王都へ行くには、原則、その徴税吏に同行するしかない」


「なるほど、それで行商ですか……つまりその同行をお願いするのも有料だと」

「そうじゃ。なにせここから王都まで優に四か月はかかるし、途中、危険な場所も多い。徴税吏は、傭兵や冒険者などを雇って、結構な規模のキャラバンで移動するので、費用も掛かるのじゃ」

「それで、その費用ってだいたい幾ら位なのか……それにその徴税吏さんは、今度いつ頃この村にくるのか教えてくれませんか?」

「いやー、今の相場がいくら位なのか……わしが若いころ王都に行った時、片道百万ポン位取られたと思うが。それに、この村の徴税吏は毎年春にくるぞ。だから今は来年まで待つしかないな。それはそうと、ゆうた。ゴブリンキング討伐の報償金が国から出てるんで、お前はそれを王都行の費用の足しに出来るぞ」

「あー、でもそれは。俺一人の成果ではないですし……でも、幾ら位あるんですか?」

「五百万ポンあるぞ。これなら一家四人で引っ越す事も出来るのではないか?」

 うわー、いきなり魅力的な金額だな。でも、これを独り占めするのはなんか違う気がするし、そもそも、来年すぐ行くという話ではないしな。思案の末、将来の俺と星さんの渡航費用として、二百万ポンもらう事にして、あとは村の復興に役立ててもらう様、里長に伝えた。

 これからも協力してもらう必要はあるだろうし、里長の顔を立てるのは悪い事ではないはずだ。


 ◇◇◇


「二百万ポン? ここの家賃は二千ポンよ!」

 プルーンが驚いて飛び上がった。


「ああ、ゴブリンキングの討伐報償ということで貰ってきた。まあもともと五百万ポンって言われたんだけど、全部総取りだと他の人の恨み買いそうだし、これだけ貰ってきた」

「五百万ポン! まあ、アイツ一匹取り逃したら、翌年以降の被害も計り知れないでしょうしね。でも、半分以上村に入れたのは正解よ。これで、これからも何かと便宜を図ってもらえると思う」やはり俺の考えは正しかった様だ。

 プルーンが、俺の持ってきた金を数えはじめ、なにか一生懸命計算を始めている。 

 彼女もしっかり者の奥さんになりそうだな。


「へへー。ゆうくん。一気にお金持ちだねー」星さんが俺にすり寄ってくる。

「あのー、星さん? 何か欲しいものでもあるんですか?」

「うん、ゆうくん!」

「へっ?」

「あは、うそうそ。嘘じゃないけど……それお金いらないし。それでー、あのねー、プルーンちゃんたちに新しい服や下着や靴やアクセサリーがほしいなーって」

 確かに。バルアはそれなりに稼いでいたとは思うが、彼の性分なのか、プルーン姉妹が身に付けているものは、村の他の子たちに比べても、古くて地味なものが多かった。


「それじゃ、明日にでも服買いにいこうか」

「ちょっと、ゆうた。無駄使いはしなくていいって!」

「はは、そう言うなプルーン。二人ともそろそろ新たな気持ちで頑張ってくれてもいい頃合いだろ。元気が出る様に俺がプレゼントしてやるよ。いままでの恩に何もお返し出来ていないしな」

「そんな、恩とかお返しなんて……」

 そう言いつつもプルーンもまんざらではなさそうで、メロンのほうをちらちら見ている。

「私も服欲しい!」メロンのその一言で、買い物行きが決定した。


 翌日、俺はプルーンに案内され、初めてこの村の雑貨屋に入った。

 そんなに大きな店ではないが、食品、日用品だけではなく、衣服や装飾品、工具や武器、玩具やよくわからない何かの素材などが所せましと積まれていて、まるで俺の世界のド〇キみたいだ。


 女性陣は、服やらアクセサリーやらを、ああでもないこうでもないと言いながら、楽しそうに物色している。俺は、武器はちょっと興味があるが、オキアは例の業物ソードを、ずっと貸してくれると言ってたし、店に日本刀みたいなものは無いようで、まあ無駄使いはやめようと思った。

 やることもないので店主と雑談をしたが、どうやらこの店の商品も徴税吏が王都から仕入れて持ってきたものらしい。なんでも、注文も徴税吏が村に来た時でないと出来なくて、それを一年後に持ってきてくれるらしく、なんとものんびりした商売ではあるが、こんな辺境ではそれでもありがたいのだろう。


 それにしても時間がかかっているな。

 どこの世界でも、女の買い物はこんなものなのかな。


「ゆうくん、ゆうくん。ちょっといい?」

 星さんに呼ばれた方に行ってみると、アクセサリー売り場のところで三人が頭を寄せ合っている。

「ゆうくん。このネックレス、すっごくプルーンちゃんに似合うと思うんだけど……値段がねー」

 おお、二十万ポン! ただ、男の俺が見ても、とてもいい品物のように思える。それを見て店主が脇から口をはさんだ。

「お客さん、お目が高い。それ、もっと安いの注文してたのに徴税吏さんが間違って持ってきちゃって仕方なく引き取ったんだけど、王都でもそれなりの地位の人でないと身に付けられない精霊の加護付きの一品だ。こんな田舎じゃ買ってくれる人もいなくて不良在庫になっているんで、もってけ泥棒値段だよ!」

「精霊の加護って?」星さんが尋ねると店主が答えた。

「これは、防御・速度の能力アップと、異性にアピールする魅力チャームアップの加護がついてるんだよ」

 ほー、確かにプルーンに似合いそうだ。


「プルーン、どうする?」

「確かにいいものだとは思うけど……でも、家賃百か月分だし」

「なーに。俺と星さんが、君たちとバルアに受けた恩はこんなものの比ではないさ。

 店主。これ貰うよ。この子にサイズ合わせてやってくれ」

「毎度ありー」そう言って店主はチェーンの長さの調整を始めた。

「ゆうた。いいの?」

「ああ、問題ない。あとで付けて見せてくれ」

「うん……わかった。ありがとう……」

 そういいながらプルーンは、うなじに手をやりながら斜め後ろにうつむいた。

 うわ、プルーン、いつの間にこんな女らしい仕草するようになったんだ。そう思っていたら、脇にいたメロンが言った

「ゆうたー。私も可愛いぱんつ買ったー。あとで見せるね」

「いや、それは……見せなくていいから」


 トータルで結構な散財ではあったが、バルアの件の後、はじめてみんなが嬉しそうにはしゃぐ姿が見られて、俺は大満足だ。

 夜、寝間着に着替えたあと、プルーンが例のネックレスを身に付けて披露してくれた。ネックレスがよく見えるようにということか、上から二つぐらい胸のボタンを外していて、やけに艶めかしい。そういや、チャームの加護が付いているんだっけ。なんだか女子力が倍以上アップしているような気がする。


「どうかな?」

「うわー、お姉ちゃん。素敵!」

「うん、プルーンちゃん。すっごく綺麗。ゆうくんが鼻の下延ばして見惚れちゃってるよ!」星さんの言葉に、慌てて顔を引き締める。

「プルーン。これ買って良ったな。これなら、将来王都へ行っても、あっちの女子と張り合えそうだぞ」

「はは、ゆうたにそう言われるとその気になっちゃうな……うん、それじゃ……ゆうた! 提案があるの」

 なんだ? いきなり何をしようというんだ? 訝しがる俺の顔をまっすぐ見ながらプルーンが言った。


「ゆうた。来年の徴税吏にくっついて、私と王都に行かない?」


「え? えーーーーー!」

 プルーンの突然の申し出に、俺だけでなく星さんもメロンもその場で大声を上げた。


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