時々チラッと隣でおねだりする義妹の小清水さん

相沢 たける

時々チラッと隣でおねだりする義妹の小清水さん

 小清水愛梨。おれの隣の席に座る、義妹だ。


 おれの父親が再婚して、義理の母親が連れてきた子。

 同い年だ。しかも同じ学校。

 加えて、隣の席になっちまうなんて、運命の歯車は一体どう動いてんだろうな。

 彼女はいわゆる女王様気質のギャルだった。言ってしまえば一昔前のツンデレヒロインをそのままギャルにしたような感じである。


「はぁ――? あんたそんな問題もわかんないわけ? ウケるんですけど! は! せぇんせーい、となりのおバカさんがこの問題わかんないんだって――!」

「はっ、その子いじめてなんになるの? あなたたちは人間のくずね。いじめなんて小学生時代にみんな卒業してるわよ!」

「なんでアタシが学年二位なのよ! 先生のあほーっ! 採点ミスよ絶対!」


 とかなんとかな。おれも頭を抱えたいくらいには横暴である。いやほんと、つかれる。

 うちのクラスではみんな彼女の横暴に涙させられている。しかしどことなく、微笑ましいものを見る目というか、そういう視線も少なからずある。


 理由は簡単! 小清水愛梨というギャルが、非常に美少女だからだ。

 たしかにおれも最初は驚いた。顔合わせの日、世の中にこんな美人がいるのかとな。

 聞いてみれば彼氏は今までいなかったらしい。嘘だろ? と思った。しかし彼女の性格を鑑みるに本当だろうな。


 うちの学校――陽光学園――は中高大一貫校であり、いわば進学校だ。卒業生には各省の大臣クラスの存在がうようよいるし、大企業の社長だっている。総理大臣だって何人か輩出してるくらいだ。


 そんな学校に、なんでこんないかにもなギャルがいるのか。


 それはこいつの頭がいいからに過ぎない。いやほんと腹立たしい。ちなみにおれは学年七十位だ。くそったれ………………。

 だがおれはこいつに身体能力では勝っている。スポーツテストは堂々の学年一位だ。あっ、あははは! すげーだろ! 褒めて褒めて!


 ……ごほん、まぁそんなことは置いといてだ。おれはクラスの誰もが知らない、いやもっと言えばこの学校の誰もが知らない、彼女の秘密というのを知っている。

 それは――


『きょうの放課後、おせろしよ? だ、だめ?』


 メモ用紙。ピンク色のメモ用紙をおれにだけ向けて、ちょっぴり上目遣いをしてくる隣の席の義理の妹。

 いや――おれは頭を抱えた。今は授業中じゃねぇか。よくもまぁそんな恥ずかしいことができるってもんだぜ!


 しかし――おれは兄らしい振る舞いというのがなんなのか、いまだにわかっていなかった。

 おれは、いやおれたちは、義理の兄妹としてどうやって距離をつめたらわからない。

 だからこれは、彼女なりの歩み寄りなのだ。いつもそう思うことにしていた。




 高校二年生も大分慣れ、夏休み前に入ると彼女のおねだりはもうとことん加速した。


『こんどえのしまいきたい! うーみ! うーみ!』

『………………ねぇ あんたきいてんの? あたしをうみにつれてけ――つれていってください』

『お、おにいちゃん………………おねがいします』


 お前クラスでの立ち位置忘れたのか――!? おれはこのおねだり攻撃を受けるたびにそう思った。

 くっ! 頭が痛い。恥ずかしい。お兄ちゃん恥ずかしいぞ! だが彼女の目は、おねだりするごとに潤んでいた。


 だからおれは毎度のごとく、うなずいた。


 というのも、再婚前までは彼女は親に甘えられなかったという過去があるからだ。だからおれは彼女のおねだりをいくらでも聞いてやっている。

 彼女の父親は暴力体質であり、夜な夜な酒瓶を持って暴れ回っていたそうだ。母親は夜勤だったそうで、彼女は父親といた時間の方が長かった。


 欲しい物があっても欲しいと言えない。

 行きたいところがあっても行きたいとは言えない。


 だから溜まったモノが、おれに向かって今噴出してきているのだ。

 おれは悪魔じゃない。だから妹のおねだりは、できるだけ聞いてやりたいと思っている。

 おれはノートの端っこに『いいぜ』と書いて机の端に寄せた。

 彼女はそれを見るなり、冗談のように目を輝かせた。

 まるで宝石のようだ。


『マジで!? やったー! おにいちゃんだいすき!』


 だからお兄ちゃん恥ずかしいって……。




 高校二年生。それがもっとも人生において輝かしい時期だったかもな! あはは!

 秋頃になってもおねだりは止まることを知らなかった。


『ぶんかさいいっしょにまわりましょうよ! アタシわたあめ食べたい! それから! 金魚すくい!』

『ねーよ。せいぜいスーパーボールすくいだ』


 この頃になると、おれたちがいちゃついてることはみんな気づいてた。あいつらできてんじゃね? という噂も立った。

 だがクラスの人間は知らない。おれたちが義兄妹だってことは。


『オセロやりたい』

『唐突だな。まさか今日やりたいとでも言うんじゃなかろうな』

『あったり前でしょ! 思いついたら吉日なのよ! ってわけで放課後教室居残りね。破ったらぶっ○すからね!』


 またまた物騒な。だがおれはこのやり取りが、本当に楽しいモノだと思っていた。

 苦笑いを隠さずに、おれはまたノートの端っこに文字を刻む。


『わかった。だがおれはオセロ強いぞ。いいのか?』

『うーんそうね、負けたら負けたで次のゲーム行けばいいだけだし!』


 おい。それじゃあ勝負もクソもへったくれもない。

 とふつうの人間なら突っ込むだろうな。しかしおれたちは兄妹だ。そして隣の席どうし。仲の良さでは多分世界一なんじゃねぇか。照れくせぇ!


 楽しむことが第一だ。そうだろ?


 だからうなずいた。ちなみに今は一限目の数学の授業である。朝っぱらからよくやるぜ、と教師の苦笑いが飛んでくる。チョークが飛んでこないだけありがたかった。




 しかしこの日、放課後に愛梨は来なかった――







 ――――――――――――――――――――――――――――――――――




 アタシは授業中はいつも寝てるか翔とやり取りしてるかのどっちかだった。

 しかし、放課後教室デートとか、め、めっちゃ新鮮じゃない!? やばっ! テンション上がりすぎて空飛べちゃうかも、なぁんてね。


 でも、へへっ………………めっちゃ楽しみ。

 あんたなんかコテンパンにしてやるんだからね!

 ふわぁああああ。

 しかし教師の授業ってなんでこんなに退屈なのかしらね。もっとマシな授業して欲しいわ。アタシの脳みそに叩き込まれてることをいちいち解説されても、あんまし身にならないって言うか。


 かける?

 ねぇかけるーーーー、こっちみなさいよ!

 みてくれない……

 ちぇっ。

 た、たまにはかけるから見てくれたっていいじゃん!

 ふん! かけるのバーカ!


 でも、とあたしは思う。

 翔との日々はとても掛け替えのないものだと思う。彼がいてくれたから、日々の生活を楽しいと思える。


 ありがとね、翔。


 そのときだった。翔とは反対の席から、紙ヒコーキが飛んできた。

 へったくそな折り方ね。


 どうやらノートのページ一枚まるまる破って作ったものらしかった。粗末にすんな! ノート一冊にいくら掛かってると思ってんのよ! とか言い返してやろうかとも思ったけど、えへっ、よくよく考えればあたしも似たようなことやってたわ! あはは!


 なんて笑いは……その文字を見た瞬間に消えた。


「な、なによこれ……?」

「どうした?」

「う、ううん、なんでもないわ。へーき……」


 アタシはとっさに強がってしまった。強がってしまうのは、あのオヤジからウケた傷を毎回お母さんにかばうときに習得してしまった、アタシの悪い技術だった。


『私たちの翔にもう喋りかけんな。うぜーんだよ』


 恨みの手紙、アタシはふと右隣の席を見た。右隣の席は男子生徒で、その向こう側にアタシを睨みつけてくる女子の姿があった。

 濃い化粧に、赤みがかった髪。きれいな足にはルーズソックスがはかれていた。

 田中さんだった。あたしのクラスの、それなりにいけてる女子グループの一人だ。

 あぁそっか。翔こう見えてモテるもんね。アタシ楽しくてついそのことを忘れてしまってた。

 アタシはこっそり手紙を胸のポケットの中にしまった。

 翔には見られたくない。


 手紙の最後にはこう書かれていた。


『放課後、屋上な。来なかったら殺すぞ』


 アタシは自分の力でどうにかするべきだと思った。なぜならこれはアタシがまいた種だし、女子の問題は女子の中で解決しないといけないもんね。

 よくもまぁ、こんな子どもっぽい真似が出来たものだと感心するわ。ケド感心だけしてあげる。

 アタシだって口げんかは強い方だと思っている。


 ――だから勝てると思ってた。




 アタシが屋上にやって来たとき、目を見張った。


「う、…………うそ」


 田中さんだけだと思ってたのに。そこには男子女子、合わせて六人の姿があった。男子が二人もいる。な、なんで?

 男子二人の姿には見覚えがある。アタシが去年同じクラスだった子だ。


「おうおう、調子のってんじゃねぇよ小清水! てめぇせいでおれのクラスの株がどれだけ下がったと思ってんだ? あぁ!?」


 なるほど。アタシは去年、荒れていた。なぜなら翔に出会ってないからだ。彼と出会う前は、本当に八つ当たりの激しい、子どもみたいな女の子だった。

 そいつがアタシのアゴをくいっと上げた。


「可愛い顔してんじゃねぇか?」

「なに?」


 そいつの目がくわっと見開かれた。アタシは本能的に逃げたいと思った。

 が、逃げようとした瞬間、ぐがっ、と足払いを掛けられた。


「い………………っ!」

「おうおう、逃げようとしてんじゃねーよ。てめぇの行動は手めぇで責任つけてもらわなきゃ困るぜ?」

「きゃはは! やっちまえ千歳! 小林!」


 アタシはもう一人の男に肩を掴まれる。痛ったい! ケドもがいてももがいても、体が持ち上がる気配がない。


 甘かった。

 そう思ったときには遅かった。

 拳が、がんっ、とあたしの顔に入った。二発目、三発目。アタシは意識を失いかける。 なんで――? こうなってしまったんだろう? アタシの行動の責任。それはアタシ人にある。けど、けどっ!


 悔しかった! なにもできない自分が――! いつも強がってても、けっきょくは女なんだって、力尽くで男に押さえつけられて、好き勝手やられるだけの弱い人間。

 アタシは髪を引っ張られる。そして顔を持ち上げられる。千歳? だっけ? そいつの顔が目の前にある。


 すたすたすたと、田中さんが近付いてくる。そしてアタシに、ぺっと、ツバを吐きかけてきた。汚い。ケド、あたしの心が荒んでいくのとは対象に、彼らの笑い声は大きくなっていった。


 あたしの味方はこの場には誰もいなかった。風が冷たい。

 この現場を見てる人間がいないと言うこと。

 彼らはその状況をうまく使っていた。


「田中、おれのカバンからスポドリとってクンねー?」


 田中さんから千歳くんがスポーツドリンクを受け取る。キャップが開き、飲みかけの液体がアタシの頭から被せられる。

 冷たい。


『てめぇ!! なんだその目は!? 親に向かって睨みつけるなんざ百年はえーんだよ!』


 父親の声がフラッシュバックする。あぁ、けっきょくは逆戻りじゃない……。

 アタシの頬から乾いた笑みがこぼれた。涙がポロポロ流れてくる。


「あぁーーーー、ちょーーーーけっさくなんだけど! みて! この顔! もうちょーみじめ! あははは!」

「どうせなら徹底的に壊してやろうぜ。おれの筆箱も取ってくれ」


 アタシは、ぞわり、といやな予感がした。やだ、ちょっと待って?

 なにを、するつもりなの………………?


「おっ、暴れんじゃねーよ、すぐおわっからよ!」


 アタシの体は小林という男子に、完全に抑え込まれていた。

 やばい、やばいやばいやばい! このままじゃ本当にヤバい。

 千歳は筆箱からなにかを取り出した。


「ねぇー、なにするつもりなのーー?」


 軽い調子で田中さんが問いかける。

 そして千歳は言った。


「いやぁ、ちょっとかわいがってやるだけ――――――」


 アタシの呼吸が止まった。

 ビリッッ! と、アタシのシャツがハサミで破かれた。

 あたしの顔から血の気が一気に引いていく。


「ちょ、ちょっと待って。アタシそこまでは聞いてない。ねぇ、千歳? 千歳ってば!」

「るっせぇな、ここからはおれのやり方でやる。小林、しっかり抑えとけよ」

「マジでやめなって! あんた、あんた退学になるよ!?」

「知ったことか。どうせ誰も見てねーんだ。それにこいつじゃ言えねーだろ。自分がなにされたか」

「ま、マジで知らないから! いこ、みんな!」


 ど、うして……! こんなことになってるんだろう!? アタシは意味がわからなかった。

 翔への嫉妬だったんじゃないの? 女子がアタシのこと妬んでて、それを解決するために屋上へとやって来た。

 暴走した男子生徒。アタシにそれを止めるだけの手立てはなかった。

 ジタバタともがく。小林は力が強い。男子の力ってこんなに強いのかと思わされる。

 痛い。ハサミの刃が肩にほんの少しだけ触れて切れた。


「おい、傷物にすんなって……! かわいそうだろうが」


 かわいそう? どこが?


「~~~~~~~~~~~~~ッ! ……………………やめっ!」


 シャツが勢いよく開かれた。ブラジャーがあらわになる。千歳がひゅうと口笛を吹いた。


「おれ彼女と別れて二ヶ月くらいやってねぇんだよなぁ」


 アタシは両腕を縛られた状態で悶えた。千歳の下が、アタシの腹をなで上げる。


 ――死ぬ。心が全部持ってかれる。ここで起きたことは、誰にも話したくない!

 翔びだって反したくない! アタシがここでされたことを話したら、同情されるよりも哀れに思うんじゃないの? 警戒心の弱い女ってバカにされるんじゃないの?


 かえりたい……家に! 助けて。アタシは心の底から願った。こんなところで、傷を受けたら一生立ち直れない自信がある。アタシはもう翔の前に立てなくなる。

 お願い。誰か――



「たす…………………………………………けて……………………ッ!! だれかッ――――――――!」



 すぱぁあん――――――――ッッ!!


 

 高らかに音が鳴り響いた。

 なに…………がおこったの? アタシはおそるおそる顔を上げた。


「だ、だれだてめぇ――!?」


 見ればアタシに馬乗りになっていた千歳が五メートルくらい向こうに飛ばされていた。彼は頬を抑えてゆっくりと起き上がる。殴られた部分が真っ赤に染まっている。その表情には、おびえが浮かんでいた。


 がっ、と、すぐ近くにいた小林まで投げ飛ばされる。

 あぁ。

 アタシは知ってる。この人の手を。アタシが一番好きで、一番に思っている人の手だった。


「――おれの妹に手を出すなんざ百万年はえぇんだよ、三下」


 言った。アタシは瞬間ぶわっと涙が溢れてきた。


 アタシは嬉しくてしょうがなかった。この人が来てくれたこと、それだけでも嬉しかった。


 ――お兄ちゃん

 そう、この人はあたしのお兄ちゃんだ。

 横浜翔。ちょっとオタクなところがあるけど、その無気力なところが女子に人気のある男子。


「てんめっ、よくもやってくれやがったな!」


 千歳が飛びかかる。その拳を軽々と払いのけて、右ストレートをその顔面に叩き込む。


「――――ぐっ!」


 クリーンヒットさせられた千歳はその場にへたり込む。鼻っ面を抑えて悶え苦しむ姿はまるで昆虫の死に際のようだった。


「こいよ、小林、だったか」


 半身を起こした上体で固まっていた小林の胸ぐらを、あたしの兄貴は掴み上げた。顔が近付く。小林は完全に兄貴の気迫に押されていた。

 たっぷり五秒後、小林は震える声で言った。


「わ、わるかった………………できごころだったんだよ…………! 女子に頼まれて………………それで…………!」


 兄貴は小林を強く突き飛ばした。お前には要はないとばかりに。


「千歳、てめぇはどうなんだ? あ?」

「…………………………こ、こうさんだ………………! だからもう殴らないでくれ!」

「あぁん? 聞こえねぇんだよ!」


 そして兄貴はアタシの方をチラッと見た。な、なに……? さっと胸を隠した。

 だが兄貴が見ているのはアタシの胸ではなく、ハサミでできた切り傷の方だった。


「おれの妹に傷付けてくれた落とし前、どうつけてくれんだ?」

「そ、それは……?」


 瞬間兄貴は小さく振りかぶって、もう一発千歳の顔に拳を入れた。


「い、いてぇよ………………! わかった……! もうお前らにはこんりんざい近付かねぇ――!? わけがわかんねぇ――――!? こんな兄貴いたなんて聞いてねぇよ! 行くぞ小林!」


 男子二人組は情けない足取りで屋上を去って行った。



 


 残されたアタシ達は、なんとはなしに顔を合わせた。


「……」

「……」


 お互いに顔を真っ赤にしていた。なんか、色んな意味で気まずかった。


「その………………なんだ、たてるか?」


 さっきまでの勢いはどこに行ったのか、恥ずかしげに頭を掻きながら兄貴は言った。


「うん…………へーき。……………………ありがと」

「いやまぁ………………お前が来ないから心配して探してたんだが、なんか上の方から女子の一団が駆け下りてきてな」


 そっか。それでアタシの居場所がわかったのか。


「ふ~~~ん、でも、たっ、頼んでないし!」

「いやお前な……。頼まれなかったらどうなってたと思うんだよ。割とピンチだったぞ?」

「な、ならもうちょっと早く駆けつけてくれても……………………ごめん、なんでもない。これ以上は、無茶。アタシが無鉄砲だったのが原因。…………ほんとごめん、おにいちゃん」


 兄貴はアタシの頭に手を乗せた。

 にゃっ、にゃに!?


「………………ぇ……………………ぁ」

「あのな。あやまんな。まぁクラスの連中がお前のことどう思ってたのかとか、おれも鈍かったとこあるしな。おあいこだ。それより傷、へーきか?」

「うん、だいじょーぶ。へへっ、んなモン大したことないわよ!」

「ほら、絆創膏。じ、自分でやれ」

「あ、うん」


 てっきり貼ってくれるのかと思った! け、けど、なんで兄貴がはってくれなかったのかわかった気がした。

 こいつ恥ずかしいんだ。アタシの肌に触れるのが恥ずかしいんだ!


「ふぅ~~~~~~~~ん?」

「な、なんだよ! 恥ずかしいだろ」

「べっつにぃ! ごめん、あんたの学ラン貸してくんない? この学校じゃあ、ちょっとマズいから」

「は? まぁべつにいいけどよ。教室にいったん戻らねぇといけねーぞ?」

「うん、わかってる」


 アタシは言った。

 しかし顔が熱いわね! 

 どうしてくれんのよもう……







 それから数日経って、文化祭が終了した。

 今は後夜祭の最中だ。

 あの一件以来、クラスメイトはやけに翔に対して怯えるようになった。怯えるって言うか、「あいつに喧嘩売ったらやべーぞ」的な視線を集めていた。


 あんた、やるじゃん。


 とか何とか面と向かって言えるほど、アタシは人間ができていない。なんでかわかる?

 あの一件以来、なんかこいつと喋るのがめちゃくちゃ恥ずかしくなったからだ。

 多分教室で彼の学ランを貸して貰ったときくらいから実感した。


 ――あぁ、あたしこいつのことすきなんだ――


 それがきっかけとなって思いは膨らんでいった。人間の思いってどうしてこんなに急成長すんのかしら? 不思議よね。

 き、気持ち悪いくらいベッドで悶えてたって言うのはナイショ。


「ねぇ、また学ランかしてよ」


 後夜祭のキャンプファイヤー。その外側にアタシ達はいた。こうやって翔と過ごす時間は、やっぱり楽しいと思える。


「またかぁ? お前女子だろうが。そんなに寒いならセーター着てこいよ」

「うっさい! あんたそれ本気で言ってる!? うわにぶっ!」

「おれは鈍くない! ペットボトルくらい鈍くないからな!」

「……うわ、意味分かんない。どういう意味?」

「あはは! 聞いて驚くなよ! 『ビン、カン(敏感)ではございません、鈍感でしたー!』って言うオチだ!」


 あたしは思わず兄貴の耳を引っ張った。なにそのつまんないギャグ。あんたギャグセンスなさ過ぎ。


「いてーななにすんだ!」

「ふん。あんたがバカだから、頭のよくなるおまじない掛けただけ」

「あのなぁ………………ったく」


 アタシ達は炎を見つめていた。その周りを楽しそうに生徒たちが踊っている。


「ねぇ…………………………………………………………」


 アタシは言った。うわ…………………………アタシは本当にこれを言っていいのか迷う。ケド言わないといけない。


 一生後悔するから。

 欲しい物は、ちゃんと欲しいって言えるようになりたいから……

 多分人生で初めての、それでいて、最後のおねだり――


「アタシと付き合ってよ」


 踊りのための音楽が遠くに聞こえる。心臓が痛いほど鳴っている。涙がじんわりとあふれ出てくる。

 あたしが言うと、兄貴は顔を真っ赤にした。な、なんでそんな過剰に反応すんの!? こっちが恥ずかしいじゃん!


「……ぇ、えぇ!?」

「しっ! あんた声がデカすぎ!」

「いやぁ、こくはっ………………告白されたのかおれは?」

「……うん、した」


 アタシは髪をちょっぴりかき上げた。恥ずかしいときいっつもこうやってしまうクセがついてる。

 アタシはちら、ちらと兄貴の顔をうかがった。


「返事は?」


 しばらく恥ずかしそうにしていた兄貴だったが、やがて指で頬を何度か掻いたあと、あたしの目を見てしっかりと言い切った。


 

「…………まぁ、おれでよければ」



 そのあと、アタシ達はみんなに交じって踊った。ゆっくりと、お互いの距離が近付いていくのを実感した……

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