第23話 スポーツ大会当日(その2)

「相手も動きがイイ奴がいるな。バスケ部っぽいな」


俺はE組の背が高いショートカットの女子を見ながら言った。

彼女の手にボールが渡ると、ほぼドリブルシュートを決められてしまう。

ただ気になるのは、彼女の動きが荒っぽく感じられた点だ。

反則を取られるような事はしていないが、ラフプレーに慣れている気がする。


10分が経過して2分間のインターバルとなる。


「点数は12対11でウチが1点リードか。でも安心できる状況じゃないよな」


水野が身体を乗り出しながらそう言った。

いつの間にか五人とも、試合にのめり込んでいるようだ。


女子たちが何かを話している。

チラチラと相手チームを見ている所を見ると、彼女たちも何かE組に含む所があるらしい。


インターバル終了のブザーが鳴る。

二人がメンバーチェンジし、後半の試合が始まった。

E組がまず得点し、次にC組、また次にE組がゴールを決めた後、すぐにC組が取り返す。

まさに接戦だ。

E組側はクラスの男女全員が応援している。

対してウチのC組は応援は女子だけだ。

しかし俺たちは無言ながらも、いつしか真剣に試合を見ていた。


E組がパスを回して攻撃に移る。

だがそのパスを素早く樹里がカットした。


「よし!」


自然に俺の口から声が漏れていた。

だが他の連中も試合に夢中になっていて、それに気づいた様子はない。


樹里はそのままドリブルで自分のゴールに向かう。

しかしE組の方も、すぐさまゴール下に集まってディフェンスの体勢を整える。

樹里は右側からカーブを描いてゴールを向かう。

その先には例の背が高いショートカットの女子がいた。

樹里が彼女を避けながらシュートで飛ぼうとした時……

ショートカットが後ろに飛びながら樹里の身体を当たっていった。

当然、樹里とショートカットはもつれて倒れ込んだ。


「危ない!」


思わず俺はそう叫んで立ち上がっていた。

審判のホイッスルが鳴った。


「ファウル! E組ボール!」


審判のその言葉を、俺は聞き間違いかと思った。

シュートしようとした樹里を押したのは、E組のショートカットだからだ。


「なんでだ? 今のはE組のファウルじゃないのか?」


横で山原も思わずそう口にする。

同様にウチのクラスの女子も「どうして! 今のはE組のブロッキングでしょ!」不満を口にした。

するとE組側からもヤジが飛んでくる


「これはC組のチャージング(攻撃側がディフェンスにぶつかっていく事)だろ」


「現に田中さん(ショートカットの女子)は後ろに転んだんだからな」


「審判の判定に文句を付けるなら、さらにファールを取れ! テクニカルファールだ!」


だが俺はその時、別の事に気を取られていた。

樹里が倒れたまま動かないのだ。

俺は両チームが言い合う中、無言でコートに入って行った。

近づくと樹里は顔を顰めて、自分の右足を押さえている。


「樹里! 大丈夫か?」


「足を……くじいた……」


樹里が歯を食いしばるようにして答える。

その時には他の連中も、樹里の様子に気がついたようだ。

樹里の表情を見て、俺は思った。


(本当にくじいただけか? この痛がり方……まさか骨折じゃないだろうな?)


樹里が無理に身体を起こそうとする。

だがそれだけで痛みが響いたのか、再び身体を丸めてしゃがみこむ。


「樹里、無理するな。動かさない方がいい。すぐに保健室に行こう」


俺は彼女に背中を向けた。


「連れて行ってやる。背中に乗れ」


樹里は苦痛の中でも、驚いたような顔をした。


「……でも」


「でもじゃないだろ。いいから乗れ。みんな、樹里に手を貸してやってくれ。一人じゃ立てなそうだ」


俺は回りにいた女子たちにそう頼んだ。

彼女たちは意外そうな顔をしながらも、樹里を支えながら俺の背に乗せる。

俺は彼女を背負って立ちあがると「保健室に行く」と言って、そのまま歩き出した。

女子だけでなく山原や水野も呆気に取られた様子で見ていたが、なぜかその時は気にならなかった。

早く樹里を保険室に連れて行く事しか考えていなかったのだ。


第一体育館を出て校庭の脇を通り、教員棟にある保健室に樹里を運び込む。

しかし保健室には誰も居ない。


「保険の先生はどこに行ったんだ?」


俺が思わず口にすると、樹里が横にあるホワイトボードを指さした。


「グラウンドで負傷者が出たから、ソッチに行くって書いてある。しばらくしたら戻るって」


「それまでただ待っている訳にもいかないな」


俺は樹里をベッドに座らせると「まず捻挫した場所を冷やそう。ちょっと待っててくれ」と言って、部屋の隅にある冷蔵庫の中を探した。

氷枕があったのでそれをタオルに撒いて樹里の所に戻る。


「靴を脱がせる。痛かった我慢せずに言ってくれ」


俺がそう言うと、樹里は「うん」と言って頷いた。

俺は慎重の彼女の靴と靴下を脱がせた。

樹里の真っ白でスラリとした生足が露わになる。

一瞬ドキッとしたが、今はそんな事を気にしている場合じゃないと思い直す。


「捻ったのは右の足首だよな?」


俺が改めて確認すると、樹里はまたもや「うん」と答えた。

改めて右足首を見てみる。

多少腫れてはいるが、そこまでじゃない。


「良かった。これなら骨折はしていないだろう。骨折なら今の時点で大きく腫れているはずだからな」


俺はそう言いながら、樹里の右足首にタオルに包んだ氷枕を押し当てた。


「音也はケガの治療も出来るんだ?」


樹里が感心したように言う。


「治療ってほどじゃないが……俺は柔道をやっていただろ。だからある程度の応急処置くらいは出来るようになったんだ」


「さすが、未来のお医者様」


「整形外科医になるって決めてはないけどな」


「でも、音也が来てくれて良かった。こうして手当して貰えるし、それに……」


「それに?」


「ここまで背負って連れて来て貰えたし……ちょっと恥ずかしかったけど」


俺も体育館での自分の言動を思い出し、やはり恥ずかしくなっていた。

あの時は夢中で意識していなかったが、クラスのみんなの前で樹里を背負って来たのは目立ってしまっただろう。


「それは……悪かったな」


俺は下を向きながらそう言うと、樹里が慌てたように付け加えた。


「ううん、違うよ。音也は悪くなんてない。私の事を思って運んでくれたんだから……ただちょっと恥ずかしかっただけで」


俺も自分の顔が熱くなるのを感じる。

黙って彼女の足首に氷枕の位置を変えながら当て続けた。


「音也に助けて貰うのって、これで二度目だね」


「そうなるか? じゃあこれから気を付けろよ。二度ある事は三度あるって言うからな」


「そうしたら、三度めも音也が助けてくれる?」


俺は思わず顔を上げて樹里を見た。

樹里はベッドの上から俺を見つめている。

なぜか俺は、その時の樹里の目を見ていられないような気がした。

視線を外して答える。


「その時に、俺が近くにいればな」


「じゃあ私は、ずっと音也のそばに居ればいいの?」


俺はそれには答える事ができなった。

話題を変える。


「まだ痛むか?」


「今はそんなに……」


「そこまで酷い捻挫じゃないみたいだな。でもまだ動かすなよ。捻挫は早く冷やす事と動かさない事が大事だから」


俺はそう言ってさっきの樹里の問いを遠ざけた。

しばらく経って樹里が言った。


「音也は、次の試合は行かなくていいの?」


時計を見る。


「もう少ししたら行くよ。まだ痛むだろ?」


「もう大丈夫だよ。そろそろ保険の先生も戻って来ると思うし。音也は自分の試合に全力を出して」


樹里は俺を見つめながら、そう言った。

俺もしばらく樹里を見ていたが「わかった」と言って、医薬品が入っている棚に向かう。

棚の中から湿布薬を取り出し、それを樹里の足首に当てる。

その上からテーピングテープを巻いて固定した。


「よし、テーピングで固定したから、これである程度は大丈夫だろ。もう少し保健室で寝てろよ」


樹里は黙ってコクリと頷いた。


「じゃあ、俺は行くな」


そう言って保健室を出る時だ。


「音也!」


樹里が少し大きめな声で俺を呼んだ。

振り返ると樹里は俺をじっと見つめて、小さいながらもハッキリとした声で言った。


「ありがとう」



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この続きは明日正午過ぎに公開予定です。

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