第21話 スポーツ大会前夜(その2)

スポーツ大会の種目が決まると、その後の体育の時間は練習となる。

体育館をネットで二つに区切り、男子はバレーボール、女子はバスケットボールの練習をそれぞれ行う。

メンバーは補欠も入れてバレーボール、バスケットボール共に交代要員を入れて2チームだ。


俺は山原や水野と同じチームになる。

俺は帰宅部だがスポーツにはまあまあ自信がある。

山原はテニス部では三本の指に入るし、水野は吹奏楽部だがやはり運動神経はいい。

それにバレー部のレギュラーの奴も一人いる。

チームとしてはけっこう強いと言えるだろう。


「この調子ならスポーツ大会は、けっこうイイ所まで行けるんじゃないか?」


試合形式の練習が終わり休憩に入った時に、水野がそう言った。

それに山原が相槌を打つ。


「そうだな。水野が手堅くボールを拾ってくれるし、俺か音也がトスを上げて、吉野がスパイクを打つ、で大抵は決まるもんな」


吉野はバレー部のレギュラーだ。

その吉野が難しい顔をした。


「どうかな? 俺がアタッカーになる事は相手チームも予想しているだろうからな。当然、ブロックは俺に集中すると思う。だからメイン・アタッカーは音也がいいんじゃないかな。これまでの練習を見ても、音也のスパイクはバレー部の連中に劣らないよ」


「煽てるなよ。俺がスパイクを打てるって言ったって、吉野みたいに狙いが正確な訳じゃない。やっぱり吉野がアタッカーが一番だろ」


「いや、俺は絶対にマークされる。その点、音也は今の段階ではノーマークだ。本気で勝ちを狙うなら俺がメインのアタッカーじゃない方がいい」


水野が怪訝な顔で吉野に聞く。


「どうしてそこまで音也にこだわるんだ? 普通にやればこのチームは十分に勝てると思うんだが?」


それに吉野は難しい顔で答えた。


「E組にはさ、バレー部のレギュラーである太田・川島・北川の三人がいるんだ。他にA組にもバレー部の仲間が二人いる。おそらくE組が優勝候補、A組がその次くらいかな。この2チームはウチと当たれば必ず俺をマークする。それに俺のクセだって熟知しているんだ。俺だけがスパイクを打つんじゃ、まず間違いなくブロックされるよ」


それを聞いて俺たち三人は頷いた。

確かにバレー部のレギュラーが三人もいるチームと当たったら、俺たちに勝ち目は薄いだろう。

さらに吉野の話は続いた。


「そもそもアタッカーが一人しかいないか、二人いるかの違いは大きいよ。ブロッカーもどっちをマークすればいいか迷うしな。まぁスポーツ大会までまだ三週間ある。音也なら大丈夫だよ。それにこのチームでバックアタックを打てるのは、俺と音也くらいだしな。ローテーションなんかも含めて、戦術的な事は俺に任せてくれ」


話に一区切りがついた所で、山原が視線をネットの向こう側に向けた。


「男子はそれなりの順位を取れそうだけど、女子の方はどうなのかな?」


グリーンのネットの向こうでは、やはり女子が試合形式でバスケットの練習をしている。

ちょうど樹里にパスが渡った。

樹里はそのままドリブルをして相手をすり抜け、見事にシュートを決めた。

そのジャンプした時の伸びやかな肢体に、一瞬だが目を奪われた。

それは一緒にいた他の三人も同じだったのだろう。

最初に口を開いたのは山原だ。


「やっぱり樹里って可愛いのは可愛いよな」


水野も頷く。


「ホント、あの口がなければな。黙って座っていればアイドル並なのに」


吉野が続く。


「俺もバレー部でよく言われるよ。『C組のサイドポニーテールの子って可愛いよな』って」


噂の元である樹里は、笑顔で他女子とハイタッチをしている。

俺はそんな彼女と毎週二人だけの秘密の時間を持っている事が、誇らしいような後ろめたいような、そんな不思議な気持ちがしていた。



スポーツ大会の前日、風呂から上がった所でスマホに着信があった事を知る。

開いてみると樹里からのチャットだ。


>(樹里)明日はいよいよスポーツ大会だけど、男子はどんな感じ?


>(音也)いい感じに仕上がっていると思うよ。俺のチームはいい所まで行けるんじゃないかな?


>(樹里)そういう意味じゃなくって、男子は女子の試合、応援に来そう?


既に俺は話の合間に「女子の試合も見に行くだろ?」と男子連中に切り出してみた。

だが周囲の反応はあまり芳しくなかった。

みんな「どうする?」と周囲の様子を見ている感じだ。

中には「女子たちは、俺たちに来て欲しくないんじゃないか?」と言うヤツもいるくらいだ。


>(音也)話題は振ってみたけど、どうかな。あまり乗り気な雰囲気じゃなかった。


>(樹里)やっぱりそうか……私も「男子の試合、応援に行こうね」って言ったら「え~」って言われた。


>(樹里)[悲しい!のスタンプ]


>(音也)男子と女子、どっちかが先に応援に行ったら、相手にも行くと思うんだけどな。


>(樹里)どっちも「先に応援に行く」って言うのが、相手に負けているみたいで嫌なんだろうね。


>(音也)だよな。両方とも下手に出たくないだろうしな。


>(樹里)ともかく音也は引き続き男子が応援に来るように言ってよ。私も女子たちを説得するからさ。


大丈夫かな? あんまり言い過ぎるのも逆効果と言うか、みんなに怪しまれそうな気がするが。


>(音也)わかった。だけどシツコクならないようにほどほどにな。


>(樹里)大丈夫。その辺は雰囲気を読みながら言うから。


>(音也)樹里の雰囲気の読み方って少し強引なんだよな。一抹の不安を感じる。


少し間があった。


>(樹里)また音也は私の事をそんな風に言って!

>(樹里)私、すっごく周囲には気を使ってるよ!

>(樹里)私は回りの雰囲気に敏感なんだから!

>(樹里)気配りの樹里さん、って呼んでもいいくらい!

>(樹里)[プンスカ!と怒っているスタンプ]


一気に五つのメッセージが連投された。


(いや、こういう所だろ、樹里)


だが俺はなぜか微笑ましく感じた。樹里らしいなと。


>(音也)そうだな、樹里は回りに気を配っているよな。だからこうしてクラスの男女が仲良くできるように頑張っているんだもんな。俺の失言だった。すまん


>(樹里)分かればよろしい。


>(樹里)で、音也は当然、私たちの試合を応援に来てくれるんだよね?


返事に詰まる。

正直、俺一人で女子の応援に行くのはハードルが高すぎる。


>(音也)みんなが行くって言えば行くけど


即座に反応が帰って来る。


>(樹里)ダメ、絶対に応援に来て!

>(樹里)音也がそんな風に消極的だから、他の男子も来るって言わないんだよ!

>(樹里)もっと前向きに「女子応援しようぜ!」ってオーラを出さなきゃ!


>(音也)樹里はそこまで他の女子にプッシュしてるのか?


また少し間が空く。


>(樹里)少なくとも音也よりは言ってる。

>(樹里)それにこういうのは、男子が先に行動する方が上手く行くんだよ。

>(樹里)だから音也が先に男子を応援に来させる事。

>(樹里)さっき私の事、変な風に言った罰だから!

>(樹里)じゃあ頼んだわよ。お休み!


俺が何と返事を返そうか考えている内に、またもや怒涛の五連投が表示された。


(女子ってスマホの文字を打つのが早いな)


そう思っている内に、一方的に話が打ち切られる。


(まったく、こいつは……)


俺は仕方なく「おやすみ」と返信だけをした。


(明日か……山原と水野は女子の応援に行くかな? それとも一緒に行ってくれそうな別のヤツを誘うか?)


俺はスマホをベッドの横に置きながら、寝ころんでそんな事を考えていた。



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この続きは明日正午過ぎに公開予定です。

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