第3話*女装

*優斗視点


 六月。春と夏の香りが混ざる季節。


 僕は、ばあちゃんの店『 駄菓子屋』で週末バイトをしていた。店の奥はばあちゃんと僕が生活している場所。つまり、自宅兼店舗。


 中学のころの僕は不登校気味で、同級生とあんまり上手くいっていなかった。だから〝高校は新しい環境で〟ということで、実家を離れてばあちゃんの家に来た。おかげで高校は今のところ休まないで通えている。ばあちゃんとはずっと仲良しで、学校は近いし。町の人たちも優しいから過ごしやすい。


 お店に立つ時は毎回女装をする。何故なら――。


「やっほー! こんにちは」


 きっかけとなった子が店に来た。


 女装をする理由はこの子、咲良ちゃんのためだった。バイトを始めてからすぐにこの子とお父さんが来た。めちゃくちゃ優しく話しかけたつもりなのに、泣かれた。咲良ちゃんたちはこの店の常連でよく来るらしく。二回目も怯えられて「女の人には自分から近寄っていくんだけどね~」とお父さんが言っていたから、試しに女装をしてみた。



***


 中学の時、僕の髪の長さは肩ぐらいまであった。けれど新しい生活への想いも込めて受験が終わった次の日、髪の毛をばっさり切った。だから今は短い。ネットで肩までの濃げ茶色をしたストレートのウィッグを買った。生まれつき色素が薄くて髪の毛もどっちかといえば金色に近かった。被ると地毛を暗くしたような感じで、顔全体が引き締まったように見えた。


「この髪色、似合うかも?」


 鏡の自分をみながら、ほうっとした。顎を少し引いてみたり、横顔もチェックしてみた。服装は普段通りでいいかな?と、Tシャツとデニムを合わせた。


 それから100円ショップや、ドラッグストアでプチプラコスメといわれている、お手頃価格でも可愛くなれると噂のメイクグッズをチェックしに行く。ありすぎてよく分からない。


 色々なタイプの女の子のメイク方法をネットで検索し、清純系メイクのページにたどり着いた。


 メイクのやり方が書いてあって、スクロールしていくと、どんどん手順を踏むにつれて女の子の顔が変わってきて、可愛くなっていく。


 僕も可愛くなりたいなと思いながら、丁寧に説明を読んだ。


 下地から塗り~とか書いてあったが、全部やるのも大変そうだと思い、目元のものとほんのり桃色に色付くリップだけとりあえず買うことにした。


 目元はピンク系の色が4種類入ったアイシャドウと茶色のアイライナー。そして一応眉毛もウィッグよりも明るめなブラウンのものを買っといた。


 僕が可愛くなることに、ばあちゃんも応援してくれた。頬にのせるチークやまつ毛に塗るマスカラを貸してくれたり、メイクの練習にも付き合ってもらった。


 女装するといつもよりも明るくなれる気がして、別の自分になれて――。


 ちょっとだけ自分のことが、好きになっていった。


 それが女装を始めたきっかけだった。暇を見つけてはもっと可愛くなってみたいと、勉強を続けている。


 そうして女装をしてみたら、咲良ちゃんとすぐに仲良くなれた。


***


「お姉ちゃん、これあげるよ」


 咲良ちゃんからグミの当たりマークを預かった。


 赤色でシンプルに小さくカタカナで『アタリ』と書いてあった。


 咲良ちゃんが最近気に入っているアップル味のグミ『ぐみりちゃん』。ピンク色したハートの小さなグミが個包装になっていて、銀色のフタをめくると当たりか何も書いていないかに分かれている。ちなみに僕は、ばあちゃんから何度もこのグミを貰ったことがあるけれど、一度も当たりを出したことはない。


「すごいね、当たりって本当にあったんだ……」

「なぁに? お姉ちゃん知らなかったの? お店の人なのに?」

「うん、最近お店の人になったばっかりだしね。この当たり初めて見た」

「お兄ちゃんも見たことなかったって、今店の前で言ってたよ」

「お兄ちゃん? お兄ちゃんいたっけ?」


――4歳の咲良ちゃんはひとりっ子のはずだけど、どういうことだろうか。


「そこにいるよ」と咲良ちゃんが指さした方向には見覚えのある人がいた。同じクラスの高瀬蒼。


 高瀬……?


 咲良ちゃんは入口に置いてある小さなカゴを持って店のグミコーナーまで歩いていった。それを入れたあとは他の小さなお菓子をカゴにどんどん追加している。


 ちらりと咲良ちゃんの横にいる高瀬をみた。学校で僕と高瀬は本当に全く話さない。というか、学校では話しかけるなオーラを出されている気がしていた。


 多分、どっちかと言えば嫌われている。

 

 この状況は気まずいなぁ。


――こっちから自分が女装をしている話をしようか。でも今言うと、咲良ちゃんにもバレちゃう?


 なんて考えていたら、咲良ちゃんに突然名前を聞かれた。女の子バージョンの名前とか何も考えていなくて焦った。咲良ちゃんから〝ゆっちゃん〟ってたまに呼ばれているのも、ばあちゃんが僕のことを〝ゆう〟って呼んでいて、それに〝ちゃん〟をつけた感じだった。


 とりあえず思いついた名前、『優香』と名乗った。


「優香ちゃんは、普段何してるの? 何が好きなの?」

「ふ、普段? えっと……」


 会計後、自分にとってパーソナルスペースに不法侵入されたような質問を高瀬にされた。僕は自分の話を人にするのが得意ではなくて。でも僕と高瀬が仲良かったら答えをすぐに見つけられたかもしれない。


 今答えを探してみたけど見つからなくて、気がつけば「そちらは?」と、こっちから質問していた。


「俺? 俺は足湯で本を読むのが好きだな」

「足湯って『ひょう花』?」


 行ったことはない場所だけど、名前は知っている。


「そう」

「そうなんだ……」


 話が詰まったからとりあえずお客にするように営業スマイルをした。


――というか、僕の正体が赤井優斗だと気がついていない?

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