第2話*駄菓子の店『駄菓子屋』

*蒼視点


 高校生になってからあっという間に時間が経ち、今日は六月中旬の土曜日。


 朝食後、五歳の姪、咲良がピンク色したお菓子の箱をリビングで覗きながら「ないなぁ」と呟いている。


「どうした?」

「あのね、今日食べようと思っていたグミがね、まだあると思ったのに、なかったの」

「グミ、か……」


 ふと回想に走る。


 昨日の夜、咲良が寝た後に小腹がすいてそっと箱を覗き――。


 それ食べたの、俺だ。

 その記憶はなかったことにしよう。


 咲良は俺よりも十歳年上の兄、紫音の娘。現在高瀬家は両親と兄貴と俺、そして咲良と暮らしている。


 兄貴は病院で働いていて、今は仕事でいない。家にいる父さんは暇そうだけど咲良と出かけるとか想像できないし、母さんは昼ご飯の準備や家事をしている。


 俺だけフリーか。


「一緒に買いに行くか?」

「うん、行く! グミの当たりもあるから持っていこうっと!」


 咲良は嬉しそうに家の中をスキップしだした。相当食べたかったのか。



 家から五分ぐらいの距離に駄菓子の店『 駄菓子屋』があった。予想よりも時間がかかり十五分ぐらいで着いた。「遠回りしたから時間がかかったんだよ」と咲良は言っていたが、咲良が途中で止まったり遊んだりしていたからだろう。


 ここに来るのは初めてだった。


 お店は見た目も古くて中に入ると若干カビのような香りもただよっている。


 俺と同じぐらいの年齢だと思われる女の子が立っていた。商品を箱から出して並べていた。


 咲良は女の子の元へ走っていく。


「やっほー! こんにちは」と咲良が笑顔で声をかけると「こんにちは」と彼女も優しい声で答えていた。


 彼女は咲良と目線を合わせるためにしゃがんだ。笑顔になり、何かを話している。


 俺の存在に気がついた女の子は、はっとした表情をして、それから思い切りはにかんで「あっ……こんにちは」と、ぎこちない感じで挨拶をしてきた。


――この子、可愛いな。




 駄菓子を選びはじめた咲良にそっと聞いた。


「咲良、あのお姉さんの名前、なんていうの?」

「ん? ゆっちゃんだよ」

「本当の名前は、なんていうんだろうな……」

「ゆっちゃんの? 聞いてくるね」


 女の子の名前に興味を持ったのは生まれて初めてだ。そもそも女自体に興味を抱いたことはない。恋愛小説を読んでいても女って面倒くさそうだと思うばかり。


「ゆっちゃんの、本当の名前なんていうの?」

「わ、私……?」


 一瞬彼女の言葉が詰まり、俺と目が合う。それから彼女は話を続けた。


「ゆうか。え、えっと、漢字は優しいににおいの香だよ」


 優香か。優しい雰囲気で似合っていると思う。名前を聞けて、満足した。




 咲良は再びお菓子を選びに行き、選び終わるとレジ前に戻ってきた。


「蒼にい、お菓子決まったよ」


 スナック菓子やグミ、小さいドーナツ……ピンクの小さなカゴの中が満杯になるくらいの量。


 優香ちゃんにカゴを渡す咲良。

 彼女はレジを打ち始める。


 若干下を向いて作業をする時に揺れるまつ毛が長くて、ずっと見とれていた。見とれているうちに優香ちゃんはレジを打ち終わり、小さな袋にお菓子をまとめた。


 もう少しだけここにいたい。

 もう少しだけ彼女と交流をしたい。


 だから普段絶対にしない、慣れていない質問という行為をした。


「優香ちゃんは、普段何してるの? 何が好きなの?」

「ふ、普段? えっと……」


 彼女の動きがぎこちなくなった。いきなりこんな質問して距離感間違えたか? いや、ただ質問に答えることに慣れていないのかもしれない。


「そちらは?」


 まさかの答えてくれずの逆質問。


「俺? 俺は足湯で本を読むのが好きだな」

「足湯って『ひょう花』?」

「そう」

「そうなんだ……」


 話が止まった。


 彼女はふわっと俺を見て急に微笑んだ。

 その笑顔を見て溢れんばかりにドキッとした。

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