02.取っ掛かりの有無で


 史跡研究会の部室に集まり、大きなテーブルを囲んであたし達はハーブティーを頂いている。


 お茶菓子についてはライゾウが言っていた通り、かなりの量が用意されていた。


 まず市場で買ってきたという大福餅がこし餡と粒餡両方用意され、それぞれ一人二個ずつあった。


 これに加えて購買で買ってきたという焼き菓子が大量に用意されている。


「ライゾウよ、お主はこんなにどうしたのじゃ?」


「ん? 昨日のフィールドワークの帰りに商業地区に寄って、見切り品を買ってきたのさ。量を買うからまけてくれと言ったらかなり安くしてくれたぞ」


 そう言って店の名と場所を教えてくれた。


 店の名は『大福屋ヨシノ』というそうで、場所についてはライゾウに教えてもらったうどん屋の近くのようだった。


 女子たちは興味深そうにライゾウの話を聞いていた。


「まあ、ニナへの礼もある、好きに食ってくれ」


「ありがたく頂くが、あまり軽々しくカネを使うで無いぞ」


「気にするな。一応こっちに来るまでに地元で賊を狩ってそれなりに稼いで居るから、菓子程度ではどうということは無い。――みんな食べてくれ」


 賊を狩って稼いだってどれだけ狩ったんだよ、まったく。


『ありがとうございます(ですの)(なのじゃ)』


「おおきにライゾウ先輩」


「――それで先輩、マホロバの茶菓子でお茶会もいいけど、そろそろ本題に入りませんか?」


 あたしは一個目のこし餡の大福を頂きながら告げる。


 するとライゾウは無詠唱で部室内を見えない防音壁で囲み、口を開く。


「そうだな。今日は初めて部室に来てくれた奴も居るし、そもそもの概要から説明しよう――」


 ライゾウは地元に残る伝承を元に、王都の地下に古代遺跡が眠っている可能性を強く感じた。


 その裏付けをすべく王都内を調べている際に、王家が管轄する植物園でニナの協力のもと奇妙な環境魔力の流れを見つけた。


 その場所は植物園内の礼拝堂で、ディンラント王国建国以前に建てられたものだった。


 礼拝堂には奥に神々のレリーフがあり、右側には神々を崇める人たちのレリーフ、左側には数頭の竜らしきものが神々に頭を垂れるレリーフがあった。


 礼拝堂の地下からは縦に向かって上空に環境魔力の流れがあり、ニナの見立てでは王都を流れる環境魔力と同等の量がありそうだった。


 そしてニナの探査により、王都のコロシアム南側でも奇妙な環境魔力の流れが示唆された。


「――ここまでが昨日の調査前までの概要だ。なのでニナには本当に感謝している。菓子程度など安いものだ」


 そう言ってライゾウは力強く頷いた。


「妾は自分の用向きで訪ねただけじゃ。お主の調査の手伝いはついでじゃから、そこまで持ち上げんでも構わぬよ」


「それでも感謝する。ありがとうよ、ニナ」


「うむ」


 ライゾウに持ち上げられたニナだったが、機嫌が良さそうな顔をしているな。


 確かに内容的に環境魔力の流れがカギになった話だから、ニナがいなければ調査が進まなかったかもしれない。




「それで話の流れからすると、昨日はコロシアムの辺りで調査してたんだな?」


「そうですアーシュラ先生。メンバーはおれとエルヴィスとコウの三人です――」


 ライゾウ達はコロシアム南側の公園がある区画で怪しいものが無いかを探したそうだ。


 基本的にライゾウの環境魔力への感覚頼りの調査だったが、魔法で工事された綺麗な路面などでは目ぼしいものは見つからなかった。


 だがコロシアムに近づいたところで、巨大な水盤がある広場を見つけた。


 そこは路面が自然石を切り出した材料で作られていて、水盤の底でライゾウはレリーフを見つけたらしい。


「ふむ。植物園で見たレリーフと比べて意匠はどうだったんだ?」


「おれの見立てでは似たものに見えました。ただ、美術に造詣のある王国の専門家に比較してもらった方がいいでしょう」


「ええと、すみません。植物園のレリーフは王国建国より前のものでしたでしょうか?」


 アーシュラとライゾウのやり取りを聞いて、意外にもジューンが質問を上げた。


「いや、いちおう王宮に問い合わせて確定できたのは礼拝堂が建国よりも古いってことだ。レリーフの方は未検証だな。どうした?」


 ジューンの問いにライゾウが応えるが、ジューンとしては考えていることがあったようだ。


「ええと、同じくらい古いものが水盤の底にあって状態が保たれていたなら、魔法か魔道具的な機構で状態が保持されているかも知れないって思ったんです」


 ああ、ジューンらしい意見だな。


 確かに千年単位で時間が経つ物の状態を保存するなら、何らかの経年劣化を防ぐ仕組みが用意されていてもおかしくない。


 そして彼女の意見にみんなは興味を示したみたいだ。


「その指摘は妥当だと思う。お前さんの名前は?」


「ジューンです。ニナやコウのクラスメイトです、アーシュラ先生。普段はマーゴット先生と色々研究してます」


 ジューンは若干得意そうな顔でマーゴット先生の名を口にした。


 その様子にアーシュラ先生は微笑む。


「そうかい。マーゴット先生ね……。史跡研究会に興味があったら、いつでも顔を出してくれ。魔法や魔道具の発展に、ダンジョンなどの史跡が果たした役割は大きい。魔道具研の参考になるかも知れない」


「ありがとうございます」


 アーシュラ先生とジューンが話している間に、ライゾウは手元に筆記具を取り出してメモを取り始めた。




「ジューン、ありがとう。他の皆も気づいたことがあったら遠慮なく指摘して欲しい。報告を続けるぞ――」


 水盤の底のレリーフは、コロシアム側が奥となっていて神々が描かれていた。


 植物園の礼拝堂のレリーフを見ていたライゾウは、同様のデザインになっているかを確認しようとしたそうだ。


 神々を前方に見ながら確認すれば、水盤の底の右手に神々を崇める人々、左手に首を垂れる竜のレリーフがあったという。


「植物園の方と比べた時に違う箇所が二か所あった。水盤の底の中央付近には手をつないだ男女のレリーフがあったが、男の方は角が生えていた」


「ツノ? オーガみたいなツノか?」


「違います。もしかしたら髪飾りの表現かも知れないけど、おれの第一印象としては竜の角みたいなのが頭部から斜め後ろに向かって四本出てました」


 アーシュラ先生の問いにライゾウが応えた。


 ライゾウの説明にみんなが首をかしげる中、レノックス様が何やら息をのむ。


 そして他に考えを述べる者が居ないのを確かめたうえで、レノックス様は口を開いた。


「ちょっといいだろうか? それは専門家が詳しく調べるべきだが、龍人の始祖かも知れん」


「龍人? どういう存在なんだ? ええと、お前は……」


 レノックス様は視線を落として腕組みするが、迷ったように口を開く。


「オレの名はレノ・ウォード。コウ達のクラスメイトだ。よろしくな先輩。龍人についてはドラゴニュートとも呼ばれるが、……済まんがオレも自分なりに調べたことがあるが、よく分からないというのが結論だ」


 ディンラント王国は竜と縁が深いというのは一般に流布している話だ。


 しぜん、王家には竜に関する資料なり情報なりが集まっていてもおかしくない。


 それでも良く分からないというのはどういうことなんだろう。


「一つ言えるのは、竜という生き物と関連性がある人間らしい」


 あたしがソフィエンタから転生前に残された記憶からすれば、龍人とは大昔に竜が魔法的な手段で人間に変じたものらしい。


 ディンラント王国の伝承である『竜とお姫様』では、普通に竜が人間になる描写がある。


 お伽話とか比喩的表現という説明もあるようだけど、あたしの記憶的には実際にあったことなんだよな。


 ちなみに竜と龍は近縁の別の生き物らしい。


 龍人と竜と龍を進化論やら魔法的な技術論なんかで説明しろとか言われたら、あたしはダッシュで逃げるけど。


 ともあれ、レノックス様の説明を手元にメモし、ライゾウは告げる。


「いや、充分貴重な情報だ。専門家に相談するにも、取っ掛かりの有無で話が変わってくるからな。ありがとうレノ」


「ああ」


 そしてライゾウは説明を続けた。




 水盤の底のレリーフを確認したライゾウは、神々の像の数が植物園のものと違うことに気が付いたそうだ。


 そして水盤の周囲を確認すると水の出元に祠があり、そこに薬神のレリーフがあったという。


「神々の数などよく覚えておったのうライゾウよ」


「まあな。植物園を出た時にメモをっ取ったんで覚えてたんだ」


 ニナに言われてライゾウが応えるが、注意力散漫だったら気が付かなかったかもしれないな。


 祠には気が付いたかもしれないけど、水盤と関連があるとは思わなかったかも知れないし。


 さすがにそれは無いか。


「報告は以上だが、水盤があった広場で妙な男に会ったぞ。ショーン・スミスと名乗っていたが、『植物園で応対したトッド・ウィルソンの同僚』と名乗っていた」


 ショーンとは王都南ダンジョンで会っているな。


 暗部の人だったはずだ。


「ライゾウ先輩、あたし達のパーティーが王都南ダンジョンで会ったことがある人だと思うわ。たぶん身元はしっかりした人よ」


「ウィン達のパーティー? ……ふむ、そうか。会話の内容も整合性が取れていたし、特に疑う理由も無かったから、あの広場と祠の見張りを頼んでおいたぞ」


 暗部に見張りを頼んでおけば何とかしてくれるだろう。


 王都地下に古代遺跡が実在するとして、見つかったときは王国が所有するって話になるだろうし。


「話を聞く限り、そのショーンて人は騎士団か暗部の人間だろうね。植物園の案内役の同僚ならそういう事だろう」


「ええ、おれもそう思います」


 アーシュラ先生やライゾウもそんなことを言ってるけど、確かにそう思うよね。


 それでもこうやって話される可能性があってもショーンが顔を出したのは、ニナと植物園に行ったときの話が好意的に伝わってるからだろうな。


「皆さん、遅くなりました」


 一通りライゾウから報告をしたところで、マーヴィン先生が史跡研究会の部室に顔を出した。


 アーシュラがここまでの話をマーヴィン先生に説明していたけれど、要点を押さえた分かりやすそうな話し方だな。


 その間にあたし達はお茶菓子を頂きながら、普通にお喋りをしていた。


 ライゾウがニナの知恵を借りたいといった件は、マーヴィン先生も交えて話すつもりのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る