第15章 あたし夜遊びしてないですけど
01.波形は揺らぐ
その日の午後、授業も終わり放課後になった。
昼休みに実習班のみんなと決めた通り、あたし達はマーゴット先生に会うために部活棟の魔道具研究会の部室を目指した。
部室に着くとすでに白衣姿のマーゴット先生が居て、椅子に座り大きな机に向かって腕組みしている。
机の上にはメモ書きされた紙が雑然と並べられていた。
彼女はそれを眺めながら何やら呻き声を上げつつ考え込んでいる様子だ。
「これは大丈夫なの?」
「たぶん何かアイディアが煮詰まってるんだと思います。大丈夫なら嬉々として手を動かしてると思うので」
あたしが訊くとジューンは苦笑しつつ教えてくれた。
その話し声が聞こえたのか、マーゴット先生はこちらに視線を向けた。
「ああ、きみ達か。今日は見学かい? 初対面の子も居るようじゃないか」
「先生、いま話しかけて大丈夫です?」
「大丈夫だよ、どうしたんだい?」
サラが話しかけるとマーゴット先生は笑顔で応じてくれた。
「先に紹介しますね。この子はクラスメイトのニナといいます。ニナ、こちらがマーゴット先生です」
「ああ、きみが噂のニナくんだね。わたしはマーゴット・グラディだ。高等部で魔法工学を教えている。宜しく」
「ごきげんようマーゴット先生。妾はニナ・ステリーナ・アルティマーニと申す。噂というのが気になるところじゃが、宜しくの」
「
「何の案出しなんですか、先生?」
「ちょっとマーヴィン先生から頼まれごとでね、『呪いを検出する魔道具』を作って欲しいって言われてるんだ」
ジューンに問われてマーゴット先生は困った顔をしながら応えた。
というか、マーヴィン先生が早々に指示を出していたのか。
「先生、それウチらも気になってみんなで来たんです。ニナちゃんが『魔道具を検出する魔道具』が作れるなら行けるはずや言うとって」
「そうじゃの」
「風紀委員の二人も、呪いを検出できるんやったら初動が早う動けるいう話になったんです」
「そうなんですの」
サラの言葉にニナとキャリルが頷いた。
「それはまあ、理解できるよ。今回の事態――呪いの腕輪のことは学院として看過できないだろうからね。だが、いざ魔道具で実現しようとすると、悩ましい箇所が出てきてね」
「どの辺りで引っ掛かっておるのじゃ?」
「そうだね。まず魔力というものが魔素で出来ていることは知っているかい?」
「卵と鶏の話になりかねんが知って居るよ。魔素に指向性やら極性を持たせたものが魔力じゃの」
ニナとマーゴット先生が話し始めたころには、魔道具研の他の部員も部室に来ていた。
『笑い杖』を作ったクルトの姿もあるし、みんな二人のやり取りを伺ってるな。
「そうだね。それに加えて魔素の両義性は知っているかい?」
「常識的な部分はの。いわゆる魔力量などの量的な尺度で魔素を捉えようとしたときは、魔素は『粒』として振舞うことが知られて居る。同時に、個々人の魔力の波長の違いの話をする時のように、魔力の属性や独自性を語るときに『波』として振舞うのう」
「そう。粒であり波であるのが魔素の性質なんだ。それで『魔道具を検出する魔道具』は、魔素の『波』がフラットなのを利用しているんだ」
「なるほど、魔石を使った染料による回路ゆえに、魔道具の動作は『波』がフラットになるのじゃな」
「うん。人間が魔法を使うときは『波』は各人に固有の波形を示すけど、回路は波形を整えてしまうので違うんだ」
「話が見えてきたのう。呪いの場合は、使用者は人間じゃ。従って、人間が使う魔法のように魔素の『波』がフラットでは無いのう」
「そう。単純に魔素の波形を調べるだけでは呪いは特定できなくてね、ちょっと困っているんだ」
そこで会話が止まったので、あたしはティーブレイクを提案した。
「マーゴット先生、あたしハーブティーを淹れるので、ちょっと休憩しませんか? 冷静になった方がいい案が出るかも知れないですし」
「ああウィンくん、ありがとう。ぜひそうしよう」
そうしてあたしは茶葉を出し、魔道具研の部員と協力してみんなでお茶を淹れた。
「ニナ、あなたやっぱり専門家なのね」
「そうじゃよ。魔法に関してはそれなりの知識があるのじゃ」
あたしの言葉にニナは胸を張る。
周りに目をやれば、先ほどまでのニナとマーゴット先生の会話について、魔道具研の部員たちが近くの部員同士で話し込んでいた。
ちなみに今日はプリシラの姿は、魔道具研では見当たらなかった。
「こんにちはウィンさん。今日はマーゴット先生と相談事かい?」
「あ、クルト先輩、こんにちは。各クラスで連絡があったと思うんですが、呪いを掛けられたアイテムが流行していたんで、呪いを魔道具で検出できないか訊きに来たんです」
「そうだったのか。それでマーゴット先生と話し込んでいた彼女は学院の生徒かい? なかなか深い見識を持っていそうだが」
「ああ、彼女はクラスメイトのニナです。ニナ、この人は魔道具研のクルト先輩よ」
あたしはニナとクルトを互いに紹介した。
二人とも簡単に自己紹介をしていた。
「クルト先輩よ、おぬしは魔道具研の所属とのことじゃが、普段はどんなものを作って居るのじゃ?」
ニナが問うと、クルトは少し考えてから口を開く。
「そうだな。根本的な話をするなら、私は『幸せ』というものを個人的な研究テーマに据えている。従って、理想的な話をするなら、ボタンであるとかスイッチを押すだけで幸せになることができる魔道具を作りたいと考えていた。だが、いちどそのコンセプトで失敗してね。現在は『生活の中の具体的な課題』であるとか、『社会の中の具体的な課題』を解決することで、『幸せ』につながる魔道具を開発することをテーマにしているのだよ」
クルトは自分の説明にうっとりしながらそう告げて、視線をニナに戻して頷いた。
「そ、そうかの。おぬしを見ておると妾の故郷の(変人の)知り合いたちを思い出すのぢゃ」
いま小声で「変人」って言ったけど、クルトには聞こえていなかったようだ。
というか、彼女の故郷の変人とは、クルトみたいなタイプばかりなのだろうか。
気にはなるけど訊きたくないような気もする。
「ともあれ、クルト先輩のテーマ自体は悪く無いのう。『幸せ』なんぞ人間の数だけ違いがあるのじゃ。同じテーマでもアプローチが無数にあるものは、良いテーマと思うのう」
ニナはまじめな顔でそう言って頷いてみせた。
「そう言って貰えると私の励みになる。確かに人間の数だけ違いがあるのもそうだが、同じ人物でさえも無数にアプローチがあるケースもある。これは…………ふむ」
クルトがまた何か言いながら、自分の言葉に酔いしれようとしていた途中で黙ってしまった。
あたしとニナが彼の様子を見ていると、【
「クルト先輩?」
「……少々、…………待って、…………くれたまえ、…………ウィンさん」
あたしの言葉には反応はするものの、その間もメモ帳に何かを書いている。
だが直ぐに手を止めて顔を上げ、周りを見渡してからニナとあたしに口を開く。
「先ほどニナさんとマーゴット先生が問題としていた件だが、何とかなるかも知れないぞ」
「ほう、おぬしは何か検算でもしておったのかのう」
「問題となるのは波形の話だが、人間が魔法を使っても波形は揺らぐ。完全に全く同一な波形を保ちながら魔法を放ち続けることは不可能だ。そして不自然だと言える」
「うぬ、…………そうか、それもそうじゃの」
クルトの言葉にニナが少し考えて頷いてみせる。
「どういうこと?」
「具体的な例で考えよう。ウィンさんが【
あたしが訊くとクルトが説明を始める。
「ええ、理解したわ」
「一方、たとえば自分の生命力を対価にして、望んだ相手に【
「大丈夫よ」
「ウィンさんの魔法は、体調やイメージ、魔力の集中などで僅かにだが毎回波形にブレが生じる。だが呪いの腕輪は、一度呪いとして固定されれば毎回同じ波形になる」
「つまり、波形のブレの有無で呪いがあるかどうかが分かるってこと?」
「そういうことだ。いま簡単に検算してみた。魔道具を使った波形の特定について実現可能か、誤差の検出精度を計算していたんだ」
「あ、専門的な話はあたし分かりません」
クルトが得意げに説明しようとした気がしたので、あたしは分からないと伝えた。
さすがに魔道具作りまでは勉強してないんだよ。
「ああ、心配しなくていい。そのため私たちのような詳しい人間が居るんだ。ニナさん、ウィンさん、ちょっとマーゴット先生と話をしてくるので失礼するよ」
「うむ、健闘を祈るのじゃ」
「頑張ってください」
そう言ってあたしとニナはクルトを送り出した。
直後にマーゴット先生が「それだあっ!」とか叫び声を上げ、立ち上がって部室内の道具をかき集め始めた。
「ねえジューン、マーゴット先生は何か突破口を見つけたのかしら?」
「そうだと思いますよウィン。ああなると私たちを置き去りにし始めるので、注意が必要ですけど」
そう言ってジューンは苦笑する。
「でしたらジューン、呪いを検出する魔道具で進展があったら、わたくし達に連絡を頂けると助かりますわ」
「分かっていますキャリル。直ぐに連絡しますね」
「ごめんジューンちゃん。ウチ、いちど狩猟部に行ってからまた来るわ」
「分かりました。こちらはこちらでマーゴット先生のフォローをしておきますね」
ジューンは楽しそうな表情をしてそう言った。
その後サラは狩猟部に向かい、あたしとキャリルは武術研究会に行ってそれぞれ身体を動かした。
ちなみにニナは美術部に向かうと言い出したので、あたしとキャリルとで部室まで送った。
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