10.環境魔力は天地に満ちる
午前の授業が終わり、あたしはいつものメンバーと共にニナも一緒に昼食に向かった。
何となくニナとは一緒に行動しているけれど、このまま実習班も同じ班になるかも知れない。
「なあなあニナちゃん、朝カリオと話し込んどってて
「何じゃ、聞いておったのか。そうじゃの、師範代に手が届くくらいには技術的には鍛えておるのう」
「ホンマなん?! そら凄いわ……」
サラとニナは二人ともトマトクリームパスタを食べている。
「刈葦流って武術の流派なんですの?」
キャリルは今日はバゲットサンドを食べているな。
「そうじゃよ」
「けっこう変わった武器を使ったはるんやけど、何やと思う?」
どうやらサラは刈葦流について知っているみたいだ。
共和国の武術流派なんだろうな。
「何だろう…、ヒントは無いの?」
あたしはチーズオムレツを食べながら訊いてみる。
さすがにノーヒントでは、変わった武器だと当てられないだろう。
「そうじゃのう。妾の流派の源流は杖を使ったらしいの」
杖術が源流か。
そうなると剣ではないだろうけど、何だろう。
「メイスとかフレイルですか? 」
ビュッフェからとってきた鶏肉のソテーを食べつつ、ジューンはそう言った。
たしかにフレイルは珍しいかも知れない。
フレイルは棍棒の先端に鎖で短い棒を付けたものだ。
地球の記憶からすれば、ヌンチャクの片方の棒を長くした形といえば分かりやすいだろう。
「ハズレじゃ。しかし、フレイルの起源を思い出せば、正解が分かるかも知れんのう」
「起源ですか。ということは、……大鎌ですわね?」
「正解じゃ。良く分かったのう」
「ヒントを貰えましたからですわ。フレイルが元々は脱穀を行うための農具なのは有名です。他に農具が起源で武器になりそうなものを考えると、ピッチフォークか大鎌を想起したんですの」
ピッチフォークというのは干し草の作業で使うフォーク状の農具だ。
あたしの地元のミスティモントだと、実家や近所のどの家にも転がってた気がする。
でも、武器として考えれば要するに大きなフォークだ。
突き刺すのに使うなら普通に槍の方がいいと、キャリルは考えたんだろう。
「元々は共和国東部の農民の中で起こった武術やんな?」
「そうじゃ。農民が農閑期に、傭兵や冒険者として金を稼ぐときに、杖術を使ったのが始まりじゃの。その中に農作業で大鎌を使う者が居っての、そ奴らが戦闘術としてまとめたのが流派になったらしいのじゃ」
武術の成り立ちには色んな流れがあるんだな。
まさか農閑期の農家のバイトが始まりで、それが発達して起こった流派があるとは知らなかった。
「でも素人考えだけどさ、大鎌を武器に使おうとしたら剣を使うよりも刃を立てるのが難しそうね」
「そのあたりは基礎的な鍛錬であるとか、魔力による補助で解決しておるのじゃ」
あたしの問いにのんびりした口調でニナが応えた。
午後の授業も終わって放課後になり、予定通りあたしはキャリルやレノックス様とコウとで王宮に向かった。
そして準備を済ませて王都南ダンジョン地上の街まで移動し、ダンジョンに潜る。
今日は前回の続きで、第五階層から第七階層までの踏破を目標にする。
「それでは問題無いなら、移動を開始しよう」
「「「はーい」ですの」」
あたし達はレノックス様の言葉で第五階層入口から移動を開始した。
ダンジョンに入るまでの打合せでは、前回と同様に第五階層と第六階層を戦闘なしで移動することにした。
第七階層については『街道の安全の確保』という作戦に見立てて進むことにしてある。
「風に揺れる草原を見ていると気分が晴れて来るね」
移動中にコウがそんなことを言う。
「そうね。これで魔獣が出てこなかったらハイキングって感じよね」
そういう会話をする間も、あたし達は周囲の気配を読むことを忘れない。
地上の秋の風景と違って、魔獣さえ居なければ長閑な春の草原の風景なのだが、あいにくここはダンジョンだ。
まだ魔獣が弱いとはいえ、鍛錬目的で来ている以上気を緩めずに進んで行く。
そうして第五階層は無事に出口に辿り着き、そのまま第六階層に移動する。
入り口で転移の魔道具に魔力を登録し、小休止してから直ぐに移動を再開した。
「……あれ?」
「どうしたんですのウィン?」
順調に移動を進めていたあたし達だったが、途中であたしは気配察知に違和感を覚えた。
外敵などが現れたという事では無くて、恐らく魔力を検知する部分だ。
今回のダンジョン挑戦中は、常時チャクラを開いた状態で進むことにしていた。
もしかしたらそれが影響したのかも知れない。
「周囲に魔獣の気配は無いのだけど、環境魔力の検知が妙に拾えているというか……」
「環境魔力ですの?」
「どうしたんだ?」
「体調でも悪いのかい?」
みんなが心配してあたしを囲む。
その間も周囲の警戒を怠らないから、みんなの冒険者としての力量も少しずつ上がってきているように見えたりする。
「上手く言えないけど、環境魔力の流れが何となくあるというか、流れている気がするの」
「環境魔力は天地に満ちる魔力だ。それが流れているのは普通のことだろう。それが読めるのか?」
レノックス様が言っているのはその通りだ。
ただ、その流れが読めるまではいかなくても、何となく動いているのが感じられる気がするのだ。
「うーん……、そこまでは行かないかしら。気のせいかしらね。気配を読むのに異常は無いわ。止まってごめんなさい、このまま移動を続けましょう」
あたしの言葉にみんなは頷いて、移動を再開した。
移動中に魔獣の気配を読むが、問題無く察知できている。
ただ、周囲の気配を読むことに集中するほど、魔力のようなものがダンジョンに満ちているのを感じられる気がした。
そういえばあたしは周囲の気配を読めるけれど、その限界に挑むように、察知する範囲をどこまでも伸ばそうとしたことは無かった気がする。
環境魔力は天地に満ちる、か。
「王都に戻ったら試してみようかな」
そう呟いてあたしは斥候に集中した。
そしてその後、特に異常も無く第六階層の出口に辿り着く。
みんなで第七階層入口に移動し、転移の魔道具に魔力を登録してから小休止する。
「ウィン、疲れているのかい?」
「大丈夫よ、ちょっと違和感を感じただけだから」
先ほどのことで心配したのか、コウが声を掛けてくれた。
肉体的には疲労などは無いので、感覚的な部分での話だったりする。
それをコウに伝えると、彼は何か考え込む。
「どうしたの?」
「いや、環境魔力は世界に溢れている魔力だけど、そこに流れがあるならどういう流れなんだろうって考えていたんだ」
環境魔力の流れか、流れと言って思い浮かべやすいのは水の流れだ。
「川とか海なんかと同じなのかしらね」
「どうなんだろう。調べてみても面白いかも知れないけど、専門的な話になりそうだね」
そう言ってコウは笑った。
その後の第七階層の攻略も無事に進んだ。
前回と同じようにダンジョン内の草原を道沿いに進みつつ、ヤギの魔獣やイノシシの魔獣、イヌの魔獣にゴブリンの群れなどを討伐した。
出てくる魔獣の分布は、ここまでの階層と大きく変わらなかった。
魔獣討伐と魔石採取を行いながら、だいたい前回と同じくらいの時間で踏破が出来た。
あたし達は第八階層の入り口で転移の魔道具に魔力を登録し、そのまま地上に戻って魔石を買い取って貰ってから王宮に戻った。
やっぱり転移の魔道具が使えると移動がラクでいいな。
現在あたし達は王宮の応接室でお茶を頂きながら、今日の反省会をしていた。
「でも反省点といっても、問題点は特に無かったと思うわ。強いて言えばあたしが足を止めた時だけど、すぐにみんなが周囲を固めてくれたし」
「そうか。適度に警戒しつつ進めたから、今回のダンジョン挑戦も成功と言えるか」
「油断するのも良くないけど、第十階層まではボクらなら問題ないと思うよ」
「でしたら次回は、役割を入れ替えて挑戦してみませんか?」
あたし達の話を聞いて、キャリルが何やら提案を出す。
「役割を入れ替えるか。ふむ」
レノックス様は何やら考え込む。
「それってもしかして、宿題と関係する話かい?」
コウが言った宿題は、以前から出ているパーティーとしての二つの宿題の件だ。
そのうちの一つはメンバーの役割分担の話だった。
「そうですわ。それに気配察知や斥候という面でしたら、すでに答えが出始めている気がしませんか?」
「そうね。『街道の安全の確保』をイメージした移動のときは斥候の役割をキャリルに頼んでいるけれど、それ以外の移動ではあたしが担当しているわ」
「ふむ。主担当と副担当ということか」
「実際にはそれ以外のボクやレノもそれぞれに周辺の気配を読みながら移動したし、全員が替わりをできる準備もしているね」
そこからあたし達は、なし崩し的に役割分担の話をした。
その結果当面はメンバーの役割分担は主担当と副担当を置いて、それ以外が三番手以降に備えるという事で決まった。
分担は以下の通りだ。
・斥候と遊撃: 主担当ウィン、副担当キャリル
・盾役: 主担当キャリル、副担当コウ
・攻め手: 主担当コウ、副担当レノックス
・回復: 主担当レノックス、副担当ウィン
「いい感じですわ」
「担当以外のメンバーも、場合によっては分担を想定するっていうのがポイントね」
「なかなかオレの思惑に沿った方向で決まったな」
「ねえウィン。キミは盾役とかできそうかい? 敵の魔獣の群れの注意を引き受けてパーティーの盾になるのって、防具なんかが重要と思うけど」
「レノもそうだけど、往なしたり回避する盾役って感じかしらね」
「そうだな。それゆえ、大質量で往なす余地がない魔獣などは、対処を考える必要があるだろうな」
パーティーとしての役割分担が副担当まで決まった後も、あたし達はしばらく戦術の話などをして過ごした。
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