09.情報的な存在なの


 いきなりソフィエンタ本体が、月転流ムーンフェイズの絶技・識月しげつを説明し始めて、あたしは混乱した。


「あなたの記憶力なら忘れることは無いでしょうけれど、時属性魔力と関係していることまでは思いつかなかったのね」


「……うん」


「時属性魔力は、基本は他の属性と結びついて働くわ。でも、時属性だけを取り出すこともできる。そして戦いの中で時属性だけを取り出すには、魔力のオンとオフなんかの魔力制御がカギになるわ」


 魔力のオンとオフの話はお爺ちゃんの説明でも聞いた気がする。


 だがあの時は始原魔力の話の続きだったと思うのだが。


「で、でもさ、始原魔力を使っても何でも斬れるわよね?」


「始原魔力を使えば、物理現象でも魔法でも斬れるわよ。でも絶技・識月で斬れば、概念でも斬れるのよ。ものすごく簡単にいえば、ステータス情報とかを斬って破壊することも出来るわ」


「……それが世界の書き換え?」


「ええ。やり方によっては神にもダメージが与えられるわ。……実際にはアカシックレコードとかあるからステータス情報を破壊しても、ある程度は復元されるけどね」


 何となく時属性はヤバいと思っていたけど、割と想像以上だった。


「時属性を使いこなせば、神さまに近づくんじゃないの?」


「まあ、必須科目みたいなものよね。ウィンももし充分使いこなせるようになるなら、独立してもいいわよ。将来的に本体あたしに合流するんじゃなくて、のれん分けして新しい神になるの」


「の、のれん分けかあ……」


 そんなものは想定外だ。


 取りあえず本体とはいえ女神にそんなことを言われて、あたしは一瞬気が遠くなる。


 そんなに先の話をされてもと思いつつ、現実逃避というか反射的に関係無いことを想像した。


「のれん分けって言えばさあ……」


「ええ」


「話が変わるけどラーメン屋よね?」


「…………色々と物言いを付けたいけど、そう言いたい気持ちは察するわ。いきなり遠大な話をして悪かったわよ」


 そう言ってソフィエンタはため息をつき、視線をあたしから外して傍らに移す。


 するとそこにはテーブルと椅子が現れ、テーブルの上にはラーメンが半チャーハン付きで用意されている。


「家系ラーメンを用意したわ。食べながら話しましょう」


「やったー! ありがとうーソフィエンタ!」


 あたしは即座に気力が復活した。


 我ながら現金ではある。


「「いただきまーす!」」


 さっそくあたし達は箸を付けるが、太いちぢれ麺が、やや魚介が勝るとんこつ醤油スープを絡めてガツンと味を主張してくる。


 そして一口噛むごとにもちっもちっとした食感と魚介の味の深さが、とんこつのクリーミーな味で統合されていくのだ。


 地球の記憶云々以前に、中毒性のある味だなと思う。


「これ王都で食べたいけど、流石に無理よね」


「当分は無理でしょうね。ラーメン自体はあなたの世界に存在するわ。地球でいう中華圏というかインド圏のような歴史ある地域は存在するけど、土地が豊かだからか無理に統一しようとする国は出ていない感じかしら」


「詳しく知らないけど王国とは別の大陸で、七つくらい国が分かれているんだっけ? 共和国の東の端から海を渡るのよね?」


「そうね。でも国の数は小国も入れるともっと多いわね。あの大陸では国同士の争いは皆無だけど、その分それぞれの国内は権力争いでドロドロみたいだけどね。まあ、ウィンは当面関係無いと思うわ」


「ふーん?」


 関係無いなら気にしないことにする。


 半チャーハンもパラパラに炒められていていい感じだ。


 いつか王都で食べられるようになる日は来るのだろうか。


「話を戻すけれど、時属性魔力に関しては当面は月転流ムーンフェイズの技に乗せられるようにするのを目標にしなさい」


「分かったわ。四閃月冥しせんつくよみに時属性魔力を乗せられないか練習してみる」


 ソフィエンタの目標設定案にあたしは頷く。


「時魔法の方は大丈夫?」


 そう問われて、あたしは言葉に詰まる。


 マーヴィン先生の説明中に、内心いろいろと物申したかったのだ。


「あれこそヤバいじゃない。マーヴィン先生から話を聞いたとき、どうツッコもうかと思ったわよ。……黙ってたけど」


「あら、思いついた事があったなら言ってみても良かったじゃない」


 ソフィエンタがニヤニヤしながら告げる。


 そんなことを言われても、うまく説明できる自信が無かったんだよな。


「まず【減衰アテニュエーション】だけど、『状態を劣化させる魔法』って恐らく生き物にも物質にも現象にも使えるわよねアレ。植物を乾燥させて終わらせる可愛らしい魔法じゃ無いわよ」


 マーヴィン先生の説明を聞いた直後、そのヤバさを見逃している予感が強くあった。


 人体などの生き物の身体はもちろん武器などの物質だとか、挙句は『矢が飛んで来る』という現象にまで、もしかして使えるかもと考えていたのだ。


「そうね。使い方によっては、人間の老化を起こしたり、それを心臓や脳の特定の部位だけで行ったりも出来るわ。あとは発想次第だけど、相手のステータスを鑑定できるなら、世界に復元されるまで一時的にステータス値を減らすことなんかも出来るわね」


 ソフィエンタはしたり顔で説明するが、いま聞いた話だけでもかなり凶悪だ。


 使い方によっては医療目的でも使えるかも知れないな。


 戦闘では攻撃にも防御にも使えそうだ。


 まあ、魔法である以上、掛ける対象に抵抗レジストされれば効果は無いと思うけど。


 そしてもう一つの時魔法も、かなりヤバそうな予感があった。


「あと【符号演算サインカルク】だけど、ボールの向きを変えるだけって意味が分からないわ。本当に研究されたのかしら」


「研究はされたと思うわよ」


「でもさ、『現実の収束する方向を変化させる』って、『決まってない未来を変化させる』って言ってるのと同じことよね?」


 マーヴィン先生をけなす意図は無いけど、あたし的にはかなり納得がいかない部分だったりする。


「地球人だとその辺はボンヤリとでも気付くと思うけど、惑星ライラでは使い方を上手くイメージ出来ないのかも知れないわね」


「そうなのかな?」


「例えばタイムマシンなんかがイメージできるなら、未来を変えることもイメージしやすいでしょう? でもそもそもタイムマシンとかは、あなたの暮らす世界ではフィクションの中でも存在しないわ」


 あたしの指摘に、ソフィエンタが理由を述べてくれた。


 なるほど、未来を変化させる発想は、タイムマシン的な発想が無ければ出てこないのか。


「そもそも確認だけど、符号演算の魔法は未来を変化させるの?」


「そうねえ。人間は『確定的な未来予測』をできないでしょ。その時点で結構難しいわ」


 まあ、そんなことは普通はできないか。


 マーヴィン先生が知っている【予見フォアナレッジ】の魔法も『可能性』とか言っていたかも知れない。


「未来の変化なんて、互いに目隠しをしたままピッチャーが野球の変化球をキャッチャーに投げるようなものよ。だから『現実の収束する方向』って言いまわしになってるのよ」


 ソフィエンタの説明に思わず納得する。


 そこまで難しいなら、実際にいろいろ試行錯誤して試すしか無いか。


「そういうことなら、当面はサイコロの出る目が好きにいじれないか練習してみるわ」


「それは面白いかも知れないわ。サイコロの目っていう条件付けはいいアイディアね」


 なるほど『条件付け』か、結構重要なポイントかも知れないから脳内にメモしておこう。


 そんなことを話しつつ、あたしたちは神域で家系ラーメンと半チャーハンを味わった。


 一通り話した後、そもそも『時』というものが何故『符号化』に関わっているのかをソフィエンタに訊いてみた。


 するとこんな言葉が返ってくる。


「全ての物質的な存在は、同時に情報的な存在なの。地球の知識を使えば、人間は血肉を持っているけど同時にゲノムで表されるわ。ある意味で時っていうのは、物質と情報の橋渡しをするものなのよ」


「ええと、その説明が一番しっくり来たわ。……でも、最初にそれを聞いても『符号化』とかは多分イミ分かんなかったわね」


 他にもソフィエンタが『アカシックレコード』の話をする。


 これはどうやら世界というか宇宙丸ごとの記録みたいだけど、記録というからには情報なのだろう。


 だからあたしが存在する宇宙では、全ては物質的でありつつ情報的存在なのかも知れない。


 そんなことを考えていた。


 現実の寮の自室に戻してもらった後、あたしは日課のトレーニングを行った。


 何やらトレーニングの種類ばかりが増えている気がするけど、そろそろ日ごとに行うメニューを区切ったほうがいいかも知れない。


 いま行っているのは環境魔力の制御、始原魔力の制御、時魔法の【加速クイック】と【減速スロウ】だ。


 余裕があるようなら植物の葉を使って【回復ヒール】のトレーニングも行っている。


 ここに時魔法の【減衰アテニュエーション】と【符号演算サインカルク】のトレーニングを入れるのは無茶な気がする。


 とりあえずメニューの検討はまた行うことにして、あたしは環境魔力の制御の練習から始めた。


 そしてその夜は、減衰と符号演算の魔法は練習せずに寝た。




 翌日、いつも通りに教室に行くとカリオに声を掛けられた。


「ウィン、それからニナ! 昨日は色々と済まなかった!」


 カリオの声にクラスメイトの目が一瞬集まるが、カリオがあたしに頭を下げている時点でその多くは関心を無くしたようだ。


 まるで日常的にあたしがカリオを締めあげているようで癪だが、いまは気にしないことにする。


「分かってくれたならいいわ」


「そもそも妾はなにも問題としておらんからのう」


「そうか。……昨日はフレディさんに相談したら色々と絞られて説教されたんだ。地元で聞いていた話が大間違いだったようだ」


 そう告げるカリオの耳はしなしなと垂れている。


 フレディさんが説教するのは想像しがたいけど、吸血鬼にまつわるヒドい迷信の話でも持って行ったのだろう。


「だから俺は他の共和国からの留学生と同じようにニナに接する。困ったことがあったら言ってくれ」


 そう言いながら何故かカリオはサムズアップする。


 どれだけ説教されたか分からないけど、昨日とは態度が百八十度以上変わったな。


「妾にそこまで気を使わんでも良いのじゃ。自分のことは自分で出来るし、恐らく妾はおぬしよりも強いからのう」


 そう告げてニナは妖しい笑みを浮かべる。


 カリオはニナの発言内容で衝撃を受けた表情になるが、直ぐに何度も頷く。


刈葦流タッリアーレレカンネの腕前は聞いたよ。それでも手が足りないようなときは気軽に言ってくれ」


「分かったのじゃ」


 ニナはカリオの言葉に嬉しそうに微笑んだ。

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