14.指名依頼を考えねば


 マクスに吹っ飛ばされたカールとエルヴィスはダメージが大きかったのか、こちらにはまだ戻ってくる気配が無い。


「おっおっおっ! おっおっおっ! おっおっおっ! おっおっおっ!」


 あたしはマクスに経皮睡眠薬が効いてくるのを待っているのだが、その間も彼は自身のハンマーでキャリルと打ち合っている。


 キャリルが上手いのか、マクスに薬の効果が現れてきたのか、単調というか妙なリズムでマクスの雄たけびがその場に響いていた。


 だがやがて、変化が生じた。


 先ずマクスの足が止まる。


 そこに油断なくキャリルが戦槌ウォーハンマーで打撃技を繰り出しているが、次第にマクスが捌けなくなる打撃が増え始める。


 そして気付いたときにはマクスは一方的にキャリルの打撃を受ける状態になっていた。


 反撃が無いことに気づいたのか、キャリルは一度戦槌の連撃を止める。


 するとマクスは白目をむいてその場に立ち尽くしていた。


 そしてその状態ではあの凶暴な存在感は認められず、魔力暴走も収まっているようだった。


「マクス!! あなたはまだ続けるのですか?!」


 キャリルが構えを緩めずにマクスに問う。


 そして。


「す」


「す?」


「……すげえ、……楽しかったんだぜ。……最高だ」


 マクスは『無尽狂化』が切れたのか、キャリルの目を見てそう告げる。


 そして彼は満足そうに微笑んで、その場に倒れ込んだ。


 その直後、運営の生徒が拡声の魔法で集団戦の終了をその場に告げていた。


 あたしはそれを認識した段階で気配遮断を解き、マクスの傍らに立って【回復ヒール】を掛け始める。


 それを見たキャリルも【回復ヒール】をマクスに掛けはじめ、彼のダメージはあっという間に回復した。


 睡眠薬が効いているのか、マクスは盛大にいびきをかいてその場で眠りこけていた。




 集団戦の終了に伴い、『学院裏闘技場』の運営の生徒から今年の本戦の開始条件が満たされなかったことが告げられた。


 学院選抜メンバーであるあたしたち風紀委員が勝利したからだ。


 試合直後、カールとエルヴィス、そして筋肉競争部部長のスティーブンとマクスは、学院の附属病院に担ぎ込まれることになった。


 彼らは部活用の屋外訓練場脇に設営されたテントで寝かされていた。


 全員意識は回復したのだが、その場に呼ばれていた医師が病院で検査した方がいいと判断したのだ。


 病院にはリー先生が付き添うことになっている。


 リー先生は担架で運ばれていくスティーブンになにやら声を掛けていた。


「それでマクス、回復したら今回のことは全部説明してもらうわよ」


 搬送待ちのマクスをあたしとキャリルとカリオが取り囲んでいる。


 委員会の他のみんなはカールやエルヴィスに付き添っていた。


 カリオについては直ぐに医師が処置し、それで治療は完了したそうだ。


「俺様の気は済んだんだぜ。今回の戦いで課題も問題点もおおよそ洗い出せたし、お前らには全て話して構わないぜ」


「歴史を学んでいる獣人としては、マクスの技のことは複雑だよ」


 カリオは既に、マクスが『狂戦士』の『無尽狂化』を使ったことを知っている。


 狂戦士が登場したという戦争では、獣人の軍は殲滅されたのだったか。


 カリオはそれを指しているのだろう。


「カリオ。俺様も戦史は知識として持っているし気持ちは察するぜ。だがここで目を背けたら、あの戦争で亡くした命がただ失われたことになりかねないんだぜ」


「マクス、それは語弊がある言い方ですわ」


 キャリルがマクスの言葉をたしなめるが、彼女にとって無作法に感じたからだろう。


 マクスのことがあろうが無かろうが、かつて戦場で戦った者たちが譲れない何かのために戦ったことはあっただろうから。


「だが、俺様たちは学ばねばならんし、学ぶ道筋は一つじゃ無いんだぜ」


「だとしてもやり方をもうちょっと考えなさいよ、おバカ!」


 ふてぶてしく何やら語り始めたマクスに、思わずあたしはそんな言葉を掛けた。


「…………ちょっと疲れたから俺様は寝るんだぜ」


 そう言ってマクスは目を閉じる。


 気配に異常は無いので、お説教などに話が向かうのが嫌だったのかも知れない。


 あたしは思わずため息を吐いた。


 その後、カールとエルヴィスとマクスは順に附属病院へと搬送されていった。


 寮に戻ってからは姉さん達と食事をとり、『学院裏闘技場』の話をした。


 アルラ姉さんとロレッタも観戦していたようなのだ。


 【風操作ウインドアート】で見えない防音壁を作ってから、あたしたちは集団戦の話をした。


「まずはお疲れさまだったわね、二人とも」


 そう言ってロレッタが微笑む。


「『狂戦士』については確かに危険な存在だったけれど、上手く対処できて良かったわね」


「実はデイブに相談して、魔獣用の睡眠薬を用意したのよ。観戦してたなら分かると思うけど、魔力暴走みたいな状態でしょ? 状態異常の魔法とかは効かないんじゃないかって指摘を受けたの――」


 アルラ姉さんの言葉にあたしが応えた。


 姉さんとロレッタには今日の朝食の段階では内緒にしていたから、魔獣用の睡眠薬という話に驚いていた。


 自室に戻ってからはデイブに魔法で連絡を入れ、集団戦の結果や後日睡眠薬の残りを返しに行くことなどを伝えた。


 その後あたしは日課をこなしてから寝た。




 翌日朝のホームルームで課題の三本目の作文を提出した後、あたし達はゴールボールの試合会場に向かった。


 対戦の順序はプレートボールの時と同じだ。


 まずは我が校とブライアーズ学園の男子代表の試合を行う。


「ホントに昨日一日で試合会場が変わっちゃったのね」


「そうですわね。観客席の配置もプレートボール場のそれから、ゴールボール場の配置に変わっておりますし」


 あたしの言葉にキャリルが頷いた。


「毎年のことで慣れているとはいえ、見事なものですね」


「ホントだよ。このゴールボール場は、使い終わったら壊しちゃうのかしらね」


 ジューンの言葉にあたしは思わず同意する。


 手間と時間をかけて用意したのに、体育祭後に壊すとしたらもったいないだろ。


「お、選手が入ってきたで。エルヴィス先輩がおるやん」


 もはや彼女の応援時のユニフォームになりつつあるねじり鉢巻きと法被を装着しながら、サラが告げた。


「試合に出てきたってことは、検査で異常が無かったってことよね?」


「恐らくそうなのでしょう。学院代表の試合とはいえ、無理な体調で出るものでも無いでしょうし」


 附属病院での検査結果について特に連絡は来ていなかったし、あたしとキャリルは大丈夫だったのだろうと判断した。


 ちなみにマクスについては朝から見掛けていない。


 何かあったのかも知れないけど、マクスに関してはただのイメージではあるが頑丈そうな印象がある。


 だからかも知れないけど奴のことはあまり心配していないし、キャリルも話題にしなかった。


 やがて試合が始まったが、エルヴィスは左サイドのミッドフィルダーとして動いているようだ。


 あたしは作文を仕上げてしまっているし、気楽に日向ぼっこに興じながらのんびりと観戦をした。


 プレートボールの試合と異なりゴールボールの試合は、ゴールにボールを入れれば点になるという分かりやすさはある。


 それもあってか、プレートボールの試合よりも生徒たちの応援は熱が入っているようだった。


「そこやー! 早い切り返しや! もうパスを入れてまえー! そうやー! いけー!」


 サラにしても非常に応援に熱が入っている。


 あたしは適当に時間が過ぎたところでお昼を買いに行った。


 試合の方はエルヴィスも活躍し、我が校が勝利した。


 お昼はまたイエナ姉さん達と陶芸部の部室で食べ、午後の試合も平和に観戦したり日向ぼっこしたり昼寝して過ごした。




 王立ルークスケイル記念学院の学長であるマーヴィンは、自身の執務机に向かって手元の書類を読み込んでいた。


 やがてそれらを確認し終えると椅子に深く座り直し、腕組みをする。


「彼らに身体的ダメージが残っていなくて何よりでした。全く、面倒なイベントを毎年よくもまあ実施するものですね……」


 嘆息しつつそう告げて、マーヴィンは書類の束から一枚を取って視線を走らせる。


「マイヤーホーファー君が禁書庫に忍び込んだ時はどうしたものかと思いましたが、この件だけは申し送り事項に感謝しなければなりませんか」


 マーヴィンの視線の先には、学院の附属病院で行ったマクスの検査結果が記されていた。


 医師が記したらしく平板な表現で身体の各部の所見が述べられているが、結論としてはどこにも異常が見られないとのことだった。


「眠らせる、というのは有力な案の一つだったわけですが、魔力暴走に類する状態をある程度自身の意志で制御できる彼には、参加してもらわねばなりませんね……」


 そうしてマーヴィンは目を閉じて考えを整理する。


 副学長であるリーからの報告によれば、今回マクスを眠らせたのはウィンが用意した策によるという。


 魔力暴走への対処に魔法薬が効かないことはマーヴィンも把握していた。


 そこに魔獣用の睡眠薬を用いたウィンの手並みに、彼はどこか心惹かれるものがあった。


「守秘義務という点では、月輪旅団の彼女を学生として扱うのは良い顔をされないでしょう。……そうなると指名依頼を考えねばなりません」


 マーヴィンは冒険者としてのウィンに、ある依頼を出すことを検討し始めていた。


 そして自身の武術流派の弟弟子であるレノックスなどと組んで、ウィンが王都南ダンジョンに挑んでいることも脳裏によぎる。


「いちど、王宮に上げて相談すべき状況なのかもしれませんね」


 そう呟いてマーヴィンは席を立ち、身支度を整え始めた。


 そうしている時に机上の手つかずの書類が目に留まり、思わず苦笑する。


「この国のあり方という点からすれば、これ以上優先すべきことは無い。そう考えることにしましょう」


 そう呟いたことが言い訳なのは自身も認識していたが、ある部分真実を含んでいることも認識している。


 やがて支度が整ったマーヴィンはゆったりした足取りで執務室を後にした。

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