13.効き目に焦れながら
本戦出場者と風紀委員会の者達それぞれが開始位置に待機し、数分経過したところで拡声魔法により指示が飛ぶ。
「それではこれより集団戦を始める。各自用意!」
参加者はそれぞれ武器を手にして開始に備えているが、ウィンは内在魔力を循環させ身体強化などを始めており、その他の者も身体強化を始めている。
「始め!」
号令の直後、ウィンは無我と隠形を発動し場に化して姿を消した。
それと同時に参加者たちは、相手集団を目指して移動を始めた。
風紀委員たちは魔法を主として使うニッキー、ジェイク、アイリスが高速移動を行えない。
このため彼らの移動速度は小走りに近いものだった。
一方本戦出場者たちは、第一ブロックの無詠唱魔法使いの移動が遅い。
これに合わせるようにマクスが傍らに備え、ゆっくりと移動を始めていた。
この段階でカリオは気配を消していたが、移動はマクスらに合わせている。
やがて魔法の射程に入ったのか、第一ブロックの魔法使いが無詠唱で水属性の上級魔法を風紀委員たちに向けて発動した。
【
これに対しニッキーが無詠唱で地属性の上級魔法である【
その直後水塊の軌道上に球形の岩塊が出現し、水塊を巻き取るように回転しながら前方へと落下した。
水塊を飲み込んだ岩塊はそのまま体積を増し、巨大な岩塊が球を成して、風紀委員たちへと向かう本戦出場者たちに迫った。
「おおぉおオオオおおおオぉオオオおおおオオオ!!」
ここでマクスが『無尽狂化』を発動し、その場に凶暴な存在の主張を始めた直後、自分や第一ブロックの魔法使いに迫りくる岩塊へと突貫する。
「おおおおお!!」
マクスは雄たけびを上げながら魔力を込めた両手の
彼は
これと同時に先行していた本戦出場者たちが、岩塊を避けるように回り込みながら風紀委員たちに迫った。
凄まじい破砕音とともに身の丈を大きく超える岩塊が吹き飛ぶのと同時に、ウィンは第一ブロックの魔法使いに短剣の柄で四撃一打を叩き込んで意識を刈り取る。
その直後に近くにいたカリオが動き出し、ウィンに蹴り技を叩き込むが彼女はそれを避けた後その場を離脱して場に化した。
一方この段階では本戦出場者たちが風紀委員たちに迫り始めていたが、射程に入った段階でジェイクが水属性魔法の【
先ず最初に風紀委員たちに到達したのは、岩塊を叩き壊して直進したマクスだった。
視界に入ったカールへと、マクスが自身の身体をコマのように大きく回転させて横方向の打撃技を放った。
マクスが放ったのは
このためカールとキャリルのすぐ後ろにいたエルヴィスが前に出て対応し、マクスの槌を往なした上に魔力を込めた蹴りを放って別の参加者の方に飛ばした。
マクスは複雑な回転をしつつ、近づいて来ていたスティーブンにぶつかり二人で吹っ飛んでいった。
「案外重いなあ」
エルヴィスが苦笑しているところに他の参加者が迫る。
ライゾウとライナスがカールに、第六ブロックの無詠唱格闘家と第七ブロックの槍使いがキャリルにそれぞれ攻撃を始めていた。
手数に勝る相手にカールとキャリルは防戦一方だったが、ダメージが蓄積する前にアイリスが必死に無詠唱で【
その間もジェイクとニッキーは延々と【
それが奏功し始めたか、キャリルが対処していた二人の動きが目に見えて鈍くなりはじめた。
好機と判断したエリーはキャリルに加勢し、
「にゃにゃにゃにゃにゃ! にゃにゃにゃにゃにゃ! うーーーにゃあ! うーーーにゃああああ!」
荒蛇は本来、打点から爆散する打撃技である
だが流石にエリーは自重したか、魔力だけを込めた突き技と蹴り技でキャリルが対処していた二人の意識を順に刈り取った。
その頃にはエルヴィスがカールに加勢して、ライゾウとライナスに
その間も延々とジェイクとニッキーは【
やがて【
「「くさっ!!」」
その場で獣人の血を引く二人の鋭い嗅覚に、凶悪なドブ臭が襲い掛かった。
ドブの臭いに耐え切れなくなったエリーが叫んだと共に、同時に気配を消していたカリオが同じく耐え切れずに声を上げてしまった。
その直後に場に化していたウィンがカリオに
規定によりウィンが用いていたのは刃引きされた短剣だったが、カリオは両手両足に深い切創を負い、その場に倒れ込んで叫んだ。
「痛てえええ!! 臭えええ!! 無理!! ギブアップします!! 助けて!!」
その直後、高速移動で現れた運営の生徒にカリオは回収されていった。
その様子を再び場に化したウィンが若干の罪悪感を覚えながら観察している間に、ライゾウとライナスの動きは精彩を欠いていた。
【
ようやく余裕ができたカールは
手が空いていたキャリルはライナスと戦っていたが、こちらも問題無く対処できていた。
やがてライゾウ、ライナスの順で二人を下し、運営の生徒に回収されて周囲には参加者の姿が見えなくなった。
ただ一人を除いて。
「マクス君、きみはまだやるのか?」
カールがそう声を掛ける。
あたしたちが固まっている場所から二十メートルほど離れた場所で、マクスは静かにこちらを伺っていた。
戦闘の中でエルヴィスに往なされ蹴りだされてすっ飛んだ挙句、彼はスティーブンにぶつかって二人で吹っ飛んでいった。
この時の衝撃でスティーブンは意識を失ったが、マクスが【
残されたマクスは直ぐにこちらに向かうでもなく、戦局を伺っていたのだ。
あたしは気配を消しながら、主にマクスの動向を監視していた。
「俺様はまだここに立っているし、戦えるんだぜ。――それが答えなんだぜ」
そう言って本当に楽しそうに笑った。
「きみのワザは『無尽狂化』と言ったか、心身を壊す技術だ。それを使うべき時は今なのかい?」
ジェイクが心配そうな表情で問う。
「……どうやって調べたんだぜ? まあ、そういう問答はあとにしようや。全員得物を持ってるんだぜ。後は
マクスはからりと笑ってから両手の
「おぉおおぉおオオオおおおオオオおぉおおおオオオオオ!!」
絶え間なく周囲の気配を察知する中で、マクスが凶悪な気配を放ち始めるのが認識できる。
恐らくあたしで無くても、普段気配を感じ取るトレーニングをしていない人間でも彼の変化は感じ取れただろう。
そのくらいの魔力の集中が、マクスに発生した。
次の瞬間、マクスが動き始める。
先ほどと異なり、今度は超高速でエルヴィスに向かった。
グレイブの間合いに入った段階でエルヴィスは属性魔力の込められた刺突技を繰り出すが、先ほどの意趣返しでもするかのように今度はマクスがそれを往なす。
そして直後に一歩踏み出して格闘の間合いに入ると、ほぼゼロ距離から肘打ちをエルヴィスに叩き込む。
エルヴィスは何とか反応し、属性魔力を込めたグレイブの柄と片膝を上げた状態で体幹をガードしてマクスの一撃を受けた。
だがその一撃でエルヴィスはそのまま後方に数十メートル吹っ飛ばされる。
直後にエルヴィスのすぐ近くにいたカールとキャリルが、同時にマクスに攻撃を加える。
カールは大剣で
間髪を入れずそこから刃を切り返し、縦方向の斬撃である
貫陽撃にしろ降天撃にしろ、父さんたちが使ってるのを見たことがあるけど、あたしは大剣や両手斧とかであんな技を向けられたくない。
カールの動きに呼応するかのように、キャリルは
これに対してマクスは、先ずカールが放った魔力の刃を「おおぉお!!」とか叫びながら魔力を込めた槌で叩き落とした。
その直後に彼はカールとキャリルの同時攻撃をそれぞれ左手と右手の槌で捌き、一歩前に出てカールの背面に入る。
そして腰の回転力を自身の背中に乗せて、その力をカールの背中にブチ当てた。
「おおおおぉオオオ!」
マクスの背中で自身の背中を叩かれたカールはそのまま数十メートル吹っ飛んだ。
直後にマクスはキャリルに向かおうとしたのか、ゆっくりと視線を動かした。
だがあたし的には、カールを吹っ飛ばした直後から隙が生まれたと判断していた。
両手の短剣を鞘に納め、ポケットから皮膚に付けるタイプの睡眠薬を取り出す。
ここで木製容器のフタを開け、気配を消した状態でマクスの髪の上から盛大にぶっかけた。
気配を消していたものの、遠目には視覚情報としてあたしが妙なものを振りかけているのは観客を含めて見られてしまった。
とりあえず、クレームとか出るようなら後で考えよう。
植物に水をやるイメージというか、敵意とか殺意とかは含まずに行ったのも良かったのか、マクスに位置を気取られることは無かった。
「……お? …………おおおお!! おおおぉぉおおオオオオ!」
『無尽狂化』がバグった訳では無いだろうが、一瞬当惑したような叫び声を上げたマクスは気にしないことにしたようだ。
直ぐにキャリルに襲い掛かるが、彼女はマクスの攻撃を往なすことを選択する。
「往なしてるだけで、母上と、同じくらいの、打撃とは、恐れ入りますわ!」
幸い、マクスの注意を引かないようにこっそりと、ニッキーが無詠唱で【
エリーはニッキーを護る位置に入っている。
ジェイクはエルヴィスに、アイリスはカールに【
これでデイブから貰った魔獣用の経皮睡眠薬が効かないなら、別の手が必要だ。
あたしはマクスを行動不能にして睡眠薬を飲ませる必要がある。
行動不能にした段階で試合は終わるかも知れないけど、『無尽狂化』が解けなければマクスにダメージが溜まっていく。
そこまで考えつつ睡眠薬の効き目に焦れながら、あたしは気配を消してマクスとキャリルの攻防を見守った。
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