12.畏れの感情と神々のバックドア


 先ずは本体であるソフィエンタから、お小言で呼ばれたのでは無いことにあたしは安堵する。


「とりあえず女神さまから、あたしにお小言じゃ無くて安心したわよ」


「なあに、そんなことを心配したの? そもそもあなたはあたしの分身よ。神としての記憶とか権能の有無の違いとか諸々はあるけど、価値判断で大きくあたしと違うことをウィンがするワケ無いでしょ」


「まあ、その辺は確かに今さらよね」


「そういうこと。――話を進めるわよ、邪神群はヤバい連中で神々の非主流派です。いま連中の作戦でヤバいネタは、創造神様に成り代わることです」


「成り代わる?」


「宇宙とかいろんな世界とか神々を、自分たちの好き勝手にしようと計画してるのよ」


「ええと、利己的で強権的な連中だということ?」


「強権的かは分からないわ。隠れてコソコソ自分たちのために動いてるから、利己的なのはたぶん確定ね。あと自分たちの正体を隠してこっそり動いてるわ」


「ふーん」


 神々って言っても色々いるんだろうなと、あたしは今さらながらに考えた。


「要するに、利己的で陰険てことか」


「そうねぇ。そもそも現状に不満があるのなら、隠れてないで上役なり創造神様なりにモノ申せばいいのよ」


「……それが握りつぶされて、裏で動くようになった可能性は?」


「あまり握りつぶされるようなら、同僚の間で話題になるでしょ。似たような神格たちでストライキでも起こせばいいのよ。裏でこっそりとか陰湿よ」


 あたし的には、神々がストライキを起こすとどうなるのか訊いてみたい気もした。


 やっぱりこの星の物理現象とかに影響が出るのだろうか。


「脱線したわね。邪神群は裏でこっそり動いて創造神様に成り代わるつもりです。その手段ですが、神々の秘密をすっ飛ばして話すと、『ヒトの畏れ』を利用しています」


「ヒトの畏れ?」


「畏怖する感情よ。具体的には『死という現象を人間が畏怖すること』を切っ掛けにして、創造神様の力を書き換えようとしたの」


「ええと……、人間て色んな人が居るけど、死というものへの畏怖なんてみんなある程度持ってるんじゃないのかしら?」


 その想いとかが邪神群を利することになるなら、それを防ぐのは大変だ。


 最悪では人間をすべて滅ぼさなければならなくなる。


「安心して、『死への畏れ』を邪神群が利用できないよう対策をしたそうなの」


「はぁー……良かったわよ。神々の派閥争いで、いちど人間を全て滅ぼすとかいう話にならなくて」


「確かにそういう手はあるけど、信仰心を向ける相手を滅ぼすとか魂にダメージが来るでしょ? 仕事はストレスフリーが一番よ!」


 最後の一言は実感こもってるなぁ。


 ヤバい、凄い分かる気がするし、さすがあたしの本体だと思う。


「分かったわ。……それで、対策がされたのにその件で話があるのね?」


「そうなのよ。はぁ……。結論をいえば、ウィンが暮らす惑星に特有の『畏れ』の感情をバックドア……ゲフフン、邪神群たちが都合がいいように使うことを心配しています」


 バックドアって何だ。


 たぶん神の秘密だからホントは言えないけど、あたしの頭の片隅に置いておいた方がいいかも知れないから言い間違えました、的な奴だろこれ。




 畏れの感情と神々のバックドア、それを悪用することで創造神に成り代わる。


 頑張って地球のころの記憶を思い出そうとするけど、情報セキュリティでバックドアって単語を聞いたことがある気がする。


 直訳すれば裏口か。


 さしずめ不正な侵入のための入り口だろうか。


 つうかあたし、確かITとか苦手なんじゃい。


「……本来は人間の一個人には関係ない話よね?」


「でもウィンはあたしの分身だし巫女だから、あなたの星で何かがあった時に現地で手が打てる可能性が高いのよ」


「それは分かるけど、ソフィエンタのバックアップがあるにせよ、あたし一人でこの星全体を見守るの? 今から人間辞めるつもりは無いんですけど?」


「そこは手をうちます。具体的には巫女やかんなぎを増員する予定です」


「増員かぁ」


 悪くは無いけど、気になる部分はある。


「急に増やし過ぎて真贋論争とか、魔女狩りに近いようなことが起きないようには気を付けてね」


「ウィン、そんなことは分かっているわよ。心配しないで。基本的には各々が離れた土地で暮らすように配置する予定です」


「そういうことなら分かったわ」


「それと、いままで色々と権限の関係で、ウィンを呼ぶのに制限があったわ。神気を通すのに、教会とか神像の近くじゃ無いとダメだったの」


「確かそういう感じだったわよね?」


「そうね。それが邪神群対策ってことで、緩和されました。条件をいろいろ吟味したけど、あたしの巫女やかんなぎとは、条件を満たせばあたしと連絡できるようにしました」


「条件?」


「ええ。一つは植物が近くにあること。もう一つは邪神群とか人々の畏れに対策すべき材料があること。この二つを満たすとき、今回みたいにあなたを呼べるから」


「分かったわ。……ところで、話を聞いて気になったことがあるの」


 今のうちに確認しておいた方がいいことだ。


「何かしら?」


「さっき、人間の畏れって言ってたけど、動物とか魔獣とか、亜人なんかにも感情はあると思うの。そういう連中が抱く畏れを邪神群が使う可能性は無いの?」


 あたしの問いに、ソフィエンタは腕組みして考え込んだ後口を開く。


「さすがあたし。面白い視点だわ。それを訊いてくるってことは、要するに牧場みたいなもので畏れを刈り取る仕組みを用意しないかって事ね」


「そうね」


 本体と話していると、こちらの真意を読んでくれるから話がラクだ。


「その辺りはこちら側で検討しておきます。他に何かある?」


「今のところは無いわ。邪神関連で何か思いついたら、あたしは植物と話をするあやしい少女になればいいのね?」


「いや、近くに植物があればいいだけだぞウィン」


「うん知ってた」


「だと思った」


 植物と会話するのはファンタジーな感じはするけど、ガチでやったら痛い子だよね。


 でもスキル的にはそういう能力ってあるのかな?


「ねえソフィエンタ、人間が植物と会話するスキルってこの世界に存在するの?」


「あるか無いかで言えばあるわよ」


「え? じゃあ『植物と話す不思議ちゃん』てスキル持ちって説明が出来るって事?」


「『不思議ちゃん』てヒドいわね。魔力と意志の力と想像力と時間さえあれば、あなたの世界は大体のことができるのよ」


「マジかー……。それってやりたい放題にならないの?」


「そうね。人間の脳だったり感覚器官だったり、魔力量やら寿命やら色んな制約があるから生きながら神の如くなんでもできますって事にはならないわ」


「なるほど」


「逆に、そういう才能がある子が出てきたら亜神にリクルートするわよ。ただでさえブラック労働で手が足りないのに、才能のある子を神々が逃がすわけ無いわ。ていうかあたしが逃がしません」


 いまチョロっと聞いたことって、実はかなり神々の闇に迫る秘密だったんじゃないだろうか。


 あたしはさりげなく聞かなかったことにした。




「それで、今回の連絡事項は以上なの?」


「そうよ。なので、場合によっては突然呼び立てることがあるけど勘弁してね」


「突然……突然かぁ」


 取込み中のときに都合悪く呼び出されて、現実に戻ったとき隙ができなければいいんだけど。


「できれば戦闘中とか取込み中に呼ぶのは配慮してほしいわ」


「分かってるわ。他に何かあるかしら?」


 他に――そういえばいまカフェラテを飲んだけど、王都でコーヒーとか紅茶は飲めるんだろうか。


「ぜんぜん関係無いけど、あたしが暮らしてるディンラント王国の王都ディンルークでコーヒーとか飲めるかな? 久しぶりのラテでちょっと懐かしくなっちゃって」


「えーと、ちょっと待ってね……。うん、扱ってる喫茶店も乾物屋もあるわね。身近な詳しい人に訊いてみなさい」


「名前もそのままなの?」


「そのままで通じるはずよ」


「よーし、コーヒー牛乳をつくるぞ! シャワー後に腰に手を当ててぐい飲みするぞ!」


 これは確定次項だ。


「そのままだと温泉を出せとか言いそうだから伝えるけど、王国内にも温泉はあるわよ」


「マジで?!」


「ええ。確かアロウグロース領が有名なんじゃ無かったかしら。温泉リゾートとか……うん、あるわね」


 くっ、盲点だった。


 まさかこの星で温泉リゾートがあるとは。


「【洗浄クリーン】の魔法があるから、お風呂とかそこまで発達してないと思ってたわよ」


「あなたねぇ……。薬神の巫女にしては想像力が足りないんじゃないかしら。身を清めることと湯治はべつの文化でしょ」


「あ、そうか。医療行為に近い文化として温泉リゾートが発達したってことなのね?」


 湯治とは温泉療養の事だ。


 たしかにそれなら、魔法で治せない慢性的な病に利用する目的で、発達した可能性はあるか。


「もう……。あなたには地球の記憶とかを残してあるけれど、あくまでもこの星の常識はこの星に根差すものよ。それらは忘れてはいけません」


「はい……、ごめんなさい」


 ヤバい、本体から説教を貰ってしまった。


 そのあとソフィエンタから邪神群のことで今後呼び立てることが増えるのを念押しされてから、あたしは現実に戻った。


 目を開けると、あたしは集合住宅の中庭に居た。


 ゴッドフリーお爺ちゃんと教皇様の方に向き直り口を開く。


「お待たせしましたデリック様」


「ウィンちゃん……、お主……」


 教皇様があたしの表情を伺いながら、何か考え込んでいる。


 あたしの目の前に居るのは、神々への祈りを行う組織のトップの人物だ。


 ソフィエンタとの連絡があったことを察したのだろうか。


 王立国教会には、あたしが薬神の巫女であることは秘密にしてあるんだよな。


「どうされましたか?」


「いや、なんでもないのじゃ。それより良いブレンデッドのハーブティーが手に入ったのじゃ。早く行こう、ごちそうするからの」


「はい」


 教皇様に案内されて、あたしとお爺ちゃんは中庭の奥にある集合住宅の玄関に向かった。

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