11.手掛かりのひとつかも
マルゴーがあたしの情報を元に描いた似顔絵をみんなに配った。
最初にエルヴィスが口を開く。
「なんでこの絵だとディアーナは髪を染めているんだろう。目つきだとかは小さなケンカしたときにこんな目をしたかも知れない。表情は……上手く言葉にならないよ」
そう言って彼は苦笑いした。
「そのことなんですけど、あたしこの子と昨日王都ですれ違っています。王都の北東部から商業ギルドに向かって歩いてる時だったと思います」
「王都内に居たのかい?!」
マルゴーがあたしに問う。
「そうです。――それで、そもそも何ですれ違っただけの、この子を覚えてたのかを考えてたんです。違和感があったんですよ」
「違和感? 具体的には?」
「すれ違ったときは違和感の正体は分かりませんでした。その時この子、かなり背の高い男性と手を繋いで歩いてたんです。その男性に違和感を覚えたんですね」
「何か妙な気配でも感じたのかい?」
お爺ちゃんがあたしに訊いた。
「ううん。気配じゃないのよ。あたし、ここだけの秘密にして欲しいけど、瞬間記憶がスキルにあるの。だから気になった人の顔は覚えてるし、この子の顔だって思いだせた。――でもさっきからどう頭を捻っても、手を引いていた男性の顔が思い出せないのよ」
「ということは視覚情報の段階で騙されている可能性があるのう。手を繋いだ親子に偽装した二人組がいて、片方だけ変装をする魔法を使っていた。『二人で並んで歩いていた』ことは記憶しておったから、頭への記憶を阻害するというよりはその前の認識の段階じゃな」
教皇様が似顔絵を見ながらそう告げる。
そのあと教皇様は『瞬間記憶と認識の齟齬の問題はなかなか興味深いのう』とか呟いていた
「デリック様、ゴード様、女の子の方も変装でこの姿になった可能性はありませんか?」
エルヴィスは真剣な表情で口を開く。
「髪色に関しては染めた方が安上がりじゃろう。お主の妹に化けたかどうかじゃが、露見したときのリスクを考えるなら、行方不明者ではなく確実に居場所が分かっている者の姿に化ける筈じゃな」
お爺ちゃんがエルヴィスに応えた。
お爺ちゃんは言い方でぼかしたけど、本人の死体の在りかを知っている奴なら変装に使う可能性はあるわけだ。
あたしは自分が見たのはディアーナ本人であることを祈った。
「つまり、ウィンが見た子はディアーナの可能性が高いと?」
「恐らくはの。――問題は髪を染めておることや、魔法か何かで顔を隠した謎の人物と行動をして居ることじゃの」
「洗脳や思考誘導、ある種の刷り込みか魔法による隷属でもさせられているか……。まぁ、その辺はもしこの子がディアーナちゃんなら、教会に連れてこれば良い。間違いなく本人なら、悪い魔法は
エルヴィスとお爺ちゃんの会話に横から教皇様が告げた。
「ありがとうございますデリック様」
「気にするで無い」
教皇様はエルヴィスに微笑んだ。
「マルゴーさん、この子の服装ですが、たしか艶消しの黒いマントを羽織って冒険者が着るようなシャツとズボンを着ていた気がします。靴はブーツでしたね。帽子などは被っていませんでした」
「そうかい。ちょっと待ってくれ」
そうしてマルゴーは【
それは王都の路上に立つ、十歳くらいの女の子を描いた絵だった。
「そうです。こんな印象だったと思います」
「ありがとうよウィン。これまで色んな情報があったが、ここまでディアーナについての具体的な情報が出たのは今回が初めてだ。感謝する」
「まだ、ディアーナさんを見つけ出せた訳ではありません。手掛かりのひとつかも知れないというだけです」
「ああ。でも情報を集める価値があるとワタシは思う。そのためには先ずは腹ごしらえと行こうか。皆さんも済まなかったね、お昼にしましょう」
そう言ってマルゴーは机上の呼び鈴を鳴らした。
どこかで室内の様子を確認していたのか、直ぐにドアが開いて給仕が始まりテーブルには白身魚のムニエルとスープとサラダ、あとは各種パンと甘味が並べられた。
何となく地球のフレンチの感じをあたしは思い出していた。
「皆さん済まない、少しだけ席を外します。部下にこの似顔絵を持たせて情報集めするよう指示を出してくるので、先に召し上がっていてください」
そう告げてマルゴーは個室を出て行った。
「お……マルゴー姉さんもああ言っているので、お昼を食べましょう」
そう言ってエルヴィスはみんなに食事を促した。
戻ってきたマルゴーも含めてみんなでお昼をよばれた後、あたしたちはすぐに解散した。
あたしからの情報をもとに、マルゴーが各所に指示や依頼を出すのだという。
「ご飯を奢って貰ってありがとうございました」
あたしがマルゴーに礼を言うと、彼女はご機嫌な様子で口を開いた。
「このくらいどうって事無いよ。ウィン、今回の礼もあるがエルヴィスが世話になってることもある。何かあったら力になるから言ってくれ」
「ありがとうございます」
そうしてあたしは、【
コウとエルヴィスは少し収穫祭を見まわってから寮に戻るそうだ。
「べつにディアーナを直ぐ見つけられると思ってるわけじゃ無いけど、せっかくの収穫祭だし少しは楽しもうと思ってね」
「いいんじゃないですか?」
「ウィンちゃんは結構見て回っているのかい?」
「ちょっと色々と面倒ごとに巻き込まれたりしましたよ……。聞きます?」
「うーん……また今度教えてね」
死んだ目であたしが問えば、エルヴィスはスルーすることにしたようだ。
「コウも、セクシーなお姉さんが出てくる店とかに引っ掛かっちゃだめだよ?」
「いや?! そういう予定は無いよっ?! ウィン、何か色々と誤解したままじゃないかい?」
「……そういう予定が無いならいいけど」
「大丈夫だよウィン」
クラスメイトが十歳で花街通いとか微妙過ぎるし。
まぁ、これだけクギを刺しておけばいいか。
あたしはコウ達と別れて、お爺ちゃんと当初の予定通り教皇様を私邸まで送ることにした。
花街を出て教皇様の案内で庶民が住む区画を目指すと、教皇様は大きな建物の前で足を止めた。
「ここじゃよ」
「ええと、この辺りって庶民が住む区画ですよね?」
「そうじゃよ。直ぐ市場がある区画じゃし、王立国教会本部がある中央広場にも遠くないしでラクなんじゃよここ。――ささ、ゴードもウィンちゃんもお茶を出すから上がっておくれ。ここは集合住宅なんじゃよ」
「集合住宅……ひとつの建物を多くの世帯でシェアする住宅ですか?」
「そうじゃよ。王都中心部は土地が限られるからの」
そうか、日本の記憶でいえばマンションみたいなものかも知れない。
集合住宅の一階部分は喫茶店になっていて、その入り口とは別に建物の奥に入って行く入り口がある。
そこを抜けるとあたしたちは中庭に出た。
中庭のさらに奥に集合住宅内部への玄関があるようだ。
集合住宅の窓に囲まれた中庭には教会にあるような神々の石像が並び、周囲の植えられた植物と調和していた。
「神像を置いてあるんですね」
「そうじゃ。この集合住宅は教会に通う者がほとんどじゃ。日常生活でも神々への態度を忘れないように皆で決めて置いたんじゃよ」
その中の一つに薬神――ソフィエンタの像があるのを見つけたあたしは、教皇様とお爺ちゃんに告げる。
「ちょっとだけ薬神様にお祈りして行っていいですか?」
「構わんよ」
そう言って教皇様は微笑んだ。
あたしはソフィエンタの像の前に立ち、胸の前で指を組んで目を瞑り祈った。
とりあえずこっちは色々あるけど無事だぞと頭に思い浮かべたのだが、周囲の音が消えている気がする。
目を開けるとそこは白い空間で、目の前には
「こんにちはウィン。元気そうで何よりよ」
「お陰さまでね。ときどき妙なことに巻き込まれているけど、おおむね平和に過ごせてると思う」
「なら良かったわ」
そう告げてソフィエンタは優しく微笑む。
今日のソフィエンタは女性用のビジネススーツで、ハイヒールを履いている。
「その恰好はどうしたの?」
「今回呼んだのは、ちょっと真面目な話があったからなの。その気分に合わせた感じかしら」
「真面目な話ねぇ……」
ソフィエンタは視線を動かすと、白いだけの何もない空間にテーブルと椅子二脚が出現した。
テーブルの上には淹れたてのホットのカフェラテが用意されている。
「とにかく、座って」
「分かったわ」
あたしは椅子に座ってカフェラテを飲む。
今生ではコーヒーを飲んだことが無いので、ひどく懐かしい感じがする。
「それで話なんですけれど、今回は注意喚起です」
「なに? あたし何かしちゃったの?」
一瞬今年になってからの王都での出来事が、あたしの脳裏に過ぎる。
色々と人間を斬ってるんだよなあたし。
「ウィンの問題では無いの。邪神群の話です」
「邪神群……うっすらとしか記憶が無いけれど、邪悪な存在と言うよりは非主流派の神々なんでしょう?」
「さすが分身のあたしは話が早くて助かるわ。――その連中の話です」
ソフィエンタは何かを考えながら足を組換え、腕組みした。
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