13.戦闘でハイになったの


 あたしはキャリルとカレンに知り合いの花屋に訊く旨を伝えて、【風のやまびこウィンドエコー】でジャニスに連絡を入れたらすぐに出てくれた。


「どしたお嬢?」


「ごめんジャニス、ちょっと教えて。友達が“鐘馗水仙ショウキズイセン”て二つ名を付けられたみたいだけど、どんな意味かな?」


「ん? 鍾馗水仙? リコリス・オーレアの別名だな。黄色いキレーな花だぞ。暗がりで黄色い光跡が広がったようなフシギな形っつーの? 花言葉は『陽気』とか『深い思いやり』とか『元気な心』だな」


「そうなんだ? 彼女、戦闘でその二つ名を貰ったみたいなのよ」


「なら、技が属性魔力で黄色く光るようなのだったか、じゃなきゃ戦いながらハイになってくのを花言葉で皮肉られたか」


「あ、だいたい分かったかも」


 多分キャリルが使った雷陣らいじんを評したのと、戦闘でハイになったのとか、突入前に声を掛けてたのとかがウケたんだろう。


「そっかー。……それよりよぉ、どっかにいい男いねぇ?」


「なによ急に。てゆーかあたし十歳だけど。そんなのに訊くなんてどれだけ困ってるのよ」


「いやよぉ、収穫祭だから遊ぼうぜって寄ってくる男どもがいい加減クソ野郎でさ。あーし的には優しくていつもニコニコ笑ってるようなやつでいいんだけどさ」


 その条件を聞いて、あたしは何故か駐在武官のニコラスを思い出した。


「その条件だけどさ、尻尾をぶんぶん振るような人でもいい?」


「ん? んんっ?! 獣人かっ!? 獣人なのかっっっ!! …………えーと、……あー、何だ。……身体っつーかモフモフ目的ってわけじゃ無いが、知り合いに居るなら一度紹介してくれよ。……マジ頼むわ、王都のクソ男どもを相手にするのホント疲れちゃってさ」


 妙に食いついている気がするな。


 お爺ちゃんといい、月転流ムーンフェイズ関係者はモフラーが多いとかあるのだろうか。


 そもそもの話、月転流は獣人と共闘した歴史があるみたいだけど、初代がモフラーとかケモナーだった可能性はあるか。


 果てしなくどうでもいいけど。


「分かったわ。クラスメイトの知り合いだから詳しいこと知らないけど、付き合ってる人居ないようなら話してみるよ。年齢的にはジャニスのちょっと上くらいだと思うわ。たぶん休み明けになるとおもう」


「休み明け?! そっかー、休み明けかー……もうそんでいいよ、助かるぜぇお嬢。じゃあな」


「ありがとう!」


 ニコラスに彼女が居ないことをとりあえず祈りつつ、あたしはジャニスとの通信を切った。


「何か分かりまして?」


「うん。月転流の知り合いに普段花屋で働いている人が居るんだけど――」


 あたしがジャニスから聞いた内容をキャリルに説明すると、本人はその二つ名を気に入ったようだ。


「うふふ、『元気な心』は嬉しいですわ! それに雷霆流サンダーストーム雷陣らいじんの効果を花で例えて下さったのもとても嬉しいです」


 そう言ってキャリルは両手を握りしめていた。


 いや、ヘンな二つ名じゃなくて良かったよ。


 ウォーレン様とかは苦笑しながらも許してくれそうだけど、母さんからお仕置きをされていた可能性もあったな。


 今後はいろいろ気を付けよう。


「ところで、付き合ってる人がどうこうって話をしてたけど、どうしたの?」


 カレンが興味深そうにあたしに問う。


「ああ、その花屋の知り合いが彼氏を募集中だったみたいなんです」


「そうなのね」


「ええ。それで、カリオの――クラスメイトの知り合いと知り合う機会があって、その人が優しそうな人だから紹介できそうかなって思ったんです」


「あら、もしかしてニコラス様ですか?」


「そうそう。まぁ、話だけでも休み明けにしてみようかなって」


「あの方は共和国でも身元がしっかりした方らしいですし、いいかも知れませんわね」


「そうだね、そういう面でもいいと思うわ」


 アルラ姉さんとロレッタには、誘拐事件があってあたしたちが救出に関わったことをキャリルが報告してくれたみたいだ。


 妙な噂が立ってもカレン他被害者が迷惑するので、今回は身内以外には極秘ということになったらしい。


 その後あたしたちは、寮の食堂から夕食を貰ってきてカレンの部屋でお喋りしながら食べた。




 窓の外はすでに暗いが、王都のキュロスカーメン侯爵家の侯爵邸タウンハウス内は明かりの魔道具が各所で灯り、威容を浮かび上がらせていた。


 その一室、侯爵家のプライベートスペースで、プリシラは遠距離通信の魔道具に向かっていた。


 通信相手の画像が魔道具から表示されているので、自らの姿も同じように見えていることはプリシラも把握している。


「――そのようなことがございました。キャリル様の言葉には一定の理があると思惟し、私は学院内で少しばかり活動範囲を広げることにいたしました」


「そうか、ラルフの孫がそのようなことをな。あ奴の孫らしいわ」


 そう告げて通信相手は口角を上げる。


 プリシラの眼前に映るのはキュロスカーメン侯爵――ヒメーシュ・バリー・ドイル・キュロスカーメンその人だった。


 ディンラント王国の高位貴族の中でも遣り手と知られる老人だったが、プリシラと話すその表情は柔らかい。


「ですから、我が家の誇りや派閥の誇りは忘れることは片時もございませんが、私は学院で学ぶということに専心するつもりです」


「プリシラよ」


「はい、お爺様」


「我が家の誇りを保つのは良い。だがお前は派閥のことを考える暇があるのなら、学ぶことに力を入れなさい」


「はい、お爺様」


「学ぶだけでも片手落ちだ。学院に居る間、身分に関わらず派閥に関わらず、気の置ける友人を一人でも多く得なさい」


「はい、お爺様」


「儂に言わせれば、お前はまだ硬すぎる――サイモンの奴が硬いゆえかな。だが、人心をつかむには硬いだけではままならんことが多い。現に、いまも『はい、お爺様』だけしか応えられておらん」


「……お爺様。……考えております」


「お前が知る中で、会話に長けた者の喋り方を真似をしてみても良いだろう。焦る必要は無いが、慇懃が常に正しいわけでは無い」


「はい」


「学業についてはお前の心配はしておらん。友人を作ることと、正しく遊ぶことを覚えなさい。多少の無茶くらいはこちらで何とでもする」


「……わかりました」


「風邪などひかぬよう、元気に励みなさい」


「ありがとうございます。お爺様も、どうか息災でお過ごしください」


 ヒメーシュは通信を終えて、室内に控える自身の三男に口を開く。


「サイモンよ、お前はプリシラと話してやらんでも良かったのか?」


「ええ。この後私どもには“勉強会”が控えておりますし、プリシラは聡い子です。父上のお声を聞けただけで充分でしょう」


 その言葉にヒメーシュは一つ溜息をつく。


「全く、そういうところだぞ。誰に似たのやら。――まあ良い、共和制に関する勉強会も会を重ねて順調に進んでいる。この国の政治体制に関わってくる話だ、直ぐ動くものでも無いが皆の理解だけは深めねばな」


「その通りです。王家から市井の者まで全て、この国に住まう者が利を得る方法を考えねばなりません」


「ああ、そうだな」


 ヒメーシュは頷き、席を立って執務室をサイモンと共に出て行った。




 惑星ライラで収穫祭の時期になった大陸があったので、あたしソフィエンタは宇宙空間から監視をしていた。


 収穫祭ともなれば豊穣神への祈りが捧げられるので、場合によっては上司である豊穣の女神タジーリャ様が姿が現す可能性が否定できなかったからだ。


 基本的には本体と差が無い権能を持つ分身での応対でも怒り出す女神では無いのだが、いちおう上司なので気は使っている。


「ソフィエンタ、ちょっといいでしょうか?」


 まさにそんなときにタジーリャ様が、あたしの傍らの虚空に現れた。


「タジーリャ様? 何かありましたか?」


「ちょっと注意喚起の内緒の話があります。この場にはあなたの分身を置いて、神々の街のあなたの自宅で話をしませんか」


「注意喚起? 分かりました」


 あたしはその場で自らの分身を用意して監視を任せ、タジーリャ様と共に自宅に転移した。


 彼女をリビングに案内し、権能の力でハーブティーと焼き菓子を用意してテーブルに着く。


「それで、何に関する注意喚起なんですか?」


「邪神群の活動に関する注意喚起です」


 ハーブティーに口を付けながらタジーリャ様が告げる。


「そう言えば、あたしの休暇明けのときの騒動で、たしか『法の神格群が調査を行う』って言ってましたよね?」


 邪神群は非主流派の神々だ。


 神格たちのブラック労働にブチ切れて色々と裏で画策して動いている連中で、その結果マジメに仕事をしている神格たちが巻き込まれる。


「その調査結果が出て、注意喚起が出たのです」


「そういうことですか。他の神々ではなくあたしが呼ばれたというのは、何か条件があるんですね?」


「そうです。現状までに検挙された邪神群への協力を行っている神格から、ある情報を得ました。邪神群はどうやら、知的生命体が抱く“畏れ”を使って始原神格へのアクセスを試みているようなのです」


 知的生命体か。


 あたしだと惑星ライラだな、分身ウィンの転生先じゃないか。


 面倒だな。


 ――始原神格は、創造神ひげじーちゃんが管轄する特殊な神格だ。


 神界を含めてこの世界では、創造神が形成した世界樹が宇宙を宿し、その中で星々が様々な活動を行っている。


 その世界樹形成に関わり、メンテナンスで力を使う神々が始原神格だ。


 世界樹の方は樹と言っても、概念的に植物の樹に似ているからそう呼ばれているだけだ。


 その実態は、創造神を頂点として無の中に形成された、神々と宇宙の揺りかごだ。


「つまり、邪神群は知的生命体の魂とかに関わるような“畏れ”をキーにして始原神格にアクセスして、世界樹のコントロールを奪おうとしてるんですか?」


「そのように分析されています。その結果、創造神様の権能の書き換えまで見据えている可能性があります」


「ヤバいじゃないですか」


「ヤバいですわね」


 淡々と答えるタジーリャ様の顔を眺めつつ、あたしは焼き菓子をぼりぼり食べた。


 何か言えばいいのにタジーリャ様が黙ってるな。


「因みに何への畏れですか?」


「法の神格群が調査したケースでは、『死への畏れ』の感情を邪神群が使ったようです。ですがそれは対策済みです」


「ということは、あたしは惑星ライラに合わせたあまり他の宇宙では見られないような、『畏れ』の感情を注意しなければならないっていう理解でいいですか?」


 あたしの言葉を待っていたのか、タジーリャ様がホッとしたような表情を浮かべる。


「ソフィエンタはきちんと話を咀嚼してくれるので毎回助かります。他の宇宙ではもう聞いたことしか対応しない子も居たり……」


 そう言ってタジーリャ様は一瞬遠い目をする。


「一つ、権限を頂いていいですか?」


「何ですか?」


 そう問いながらタジーリャ様が焼き菓子をぼりぼり食べ始める。


「『邪神群に関わる対処』に限った話でいいですので、あたしの巫女やかんなぎとリアルタイム通信してもいいですか?」


「そんなことですか。『予防も含めた邪神群や人々の畏れの感情への対処』まで可能としましょう」


「いいんですか?」


「その位、注意が必要な件なのです」


「分かりました」


 その後あたしとタジーリャ様は神々の街に繰り出して、面倒な仕事が増えた件についてスイーツをドカ食いしてストレスを発散した。

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