12.剣を使う者は剣で死ぬ


 ディンラント王国の王都ディンルークでは収穫祭の期間となった。


 初日の正午には王城前広場にて国王による正式な祭りの開始の宣言があった。


 だが同じ王都でも、収穫祭の華やかさとは縁遠く、煤けた街並みと埃っぽい路地が広がる区画があった。


 そこは貧民街だった。


 収穫祭初日の夜、貧民街の一角にある秘された拠点に、次々とズタ袋入りの拘束された男たちが運び込まれる。


 拠点の地下にある大部屋でズタ袋から出され、床に転がされた連中は人攫いを働いたあげく取り押さえられてここに連れてこられた賊の連中だ。


 連中を囲むように大部屋の中には壁際に屈強な男たちがぐるりと取り囲んでいたが、その中には明らかに場違いな品のいいジャケットとスカートを着込んだ女性の姿があった。


 その女性は花街の顔役の一人として知られるマルゴー・メイだ。


 賊を制圧するのに踏み込んだ『路地裏の風蝶草ふうちょうそう』も、マルゴーの部下たちだった。


 マルゴーは床に転がった連中を見回してから、口を開いた。


「ようこそ王都の裏側へ。ワタシはマルゴー・メイという。色々手広くやってるから幾つか二つ名を持つが、お前らにはこう言った方が通りはいいだろう。ワタシは『人狩り狩りひとかりがりのマルゴー』だ。今日はよろしく」


 それまでキツく縄で拘束されて、さるぐつわされぐったりしていた賊の連中は、床の上でその身をくねらせ始めた。


 マルゴーが自身の二つ名を名乗った直後からだが、その表情はすでに血の気が無い。


 だが賊の反応を別段気にするでもなく、マルゴーは話を続ける。


「お前らは国に引き渡すことにしているからワタシが殺すことは無いが、ワタシからの心ばかりのもてなしは受けてもらう」


 そう言って奥の壁にある扉を指す。


「そこの防音扉の向こうはここよりも広くなっている。換気も排水もばっちりでね、そこによく整備された拷問器具を一ダースほど用意している。……前はもっと用意してあったんだがね、整備担当の要望で厳選して数を減らしたのさ」


『んーーー!! んっんーーーー!! んーーー!!』


 マルゴーの淡々とした語り口に、賊の連中はさるぐつわされたまま何かを叫ぼうとしているようだった。


 それを気にせず、彼女は説明を続ける。


「異国のことわざで『剣を使う者は剣で死ぬ』というものがあるそうだ。お前らのような人間をモノとしか扱えない奴らは一度、徹底的にモノとして扱われるべきだとワタシは考えている。…………これは個人的な経験を元にした信念だ」


 彼女の言葉が聞こえているのかどうか。


 賊の連中は相変わらず暴れようとするが、近くに立つ男たちに蹴飛ばされたりして元の位置に戻る。


「いわば、これから起こることは私からのサービスだ。回復魔法の使い手もたっぷり用意しているから、一人一周はしてもらう」


 凪いだ表情でマルゴーがそこまで話したところで奥の扉が開き、中から禿頭の男が出てきた。


 その男は冒険者ギルドの解体場担当が着るような防水加工をした長靴と手袋とエプロンを着けている。


 男はマルゴーに小声で何か告げると扉の向こうに戻って行った。


「準備ができたそうだ。向こうに運んでサービス開始と行こうじゃないか」


『んっーーーーー!! んんんっっーーーー!!! んんっーーんーーーー!』


 さして面白くも無さそうな声でマルゴーが告げると、賊たちは一層騒ぎ始めた。


 壁際に立っていた屈強な男たちが、さるぐつわを噛んで拘束されたまま叫ぶ賊の連中を引きずって、奥の扉をくぐっていく。


 全員が入ったところで最後にマルゴーが入室し、先ほどの禿頭のエプロン姿の者の手によって重い金属音を響かせながら防音扉が内側から閉められた。


 拷問室前の大部屋には、ただただ深い静寂だけが満ちていた。




 王都南ダンジョンの内部には夜が訪れていた。


 自然環境を再現したようなフロアでは、ダンジョンの外が夜になれば内部も夜になる。


 その五階層目出口付近でキャンプを張る者たちの中に、カリオとコウの姿があった。


 それぞれ同行者がいるが、先ほど互いに自己紹介は済ませた。


 カリオは共和国の駐在武官であるニコラスと来ており、コウは学院の先輩であるエルヴィスと来ていた。


「まさかカリオがダンジョンで合宿をしているとは思わなかったよ」


「それは俺のセリフだって。コウが合宿とか想像もしなかった」


 そう言いながら焚火を囲んでそれぞれの夕食を食べる。


 カリオとニコラスは共和国製の戦闘糧食だが、パスタをベースにした保存食でなかなか飽きさせない工夫がされているようだ。


 コウとエルヴィスは持参の食材でシチューを作り、それを夕食にしていた。


「このダンジョンは十階層ごとにボスモンスターが湧くから、それ目当てに中間地点でキャンプ休憩なんて予定だとこうして知り合いに会うよね」


 エルヴィスは可笑しそうに告げた。


「それにしてもここにキャンプしてる人たちは、みんなボス狙いなのかな?」


 ニコラスが辺りを見回しながらそう言った。


「どうかな? 多分牧場の警護担当の冒険者が外に出るのを面倒がってキャンプしてたり、階層内を周回して鍛えたりとか、色々だと思うけど」


 食事をとりながらエルヴィスがそう告げた。


「なあ、コウとエルヴィス先輩は何階層まで目指してるんだ?」


「ボクはコウの付き合いで来てるけど、十階層までにしておくんだっけ?」


「ええ。とりあえず今回は移動を含めて、、、、、、様子見ですね。十階層までにしておこうかと思ってます」


 それを聞いてカリオの耳がしなしなと前に垂れる。


「そうかー。二十階層までだったら、協力しながら行かないか誘ったんだけど」


「カリオは二十階層を目指すのかい?」


 コウが不思議そうな顔をして問う。


「彼は武術を習っている人から、二十階層を踏破するまで帰ってくるなって言われてるんだ」


「そうか、修行なら仕方ないけど大変だね」


 そう言ってコウが苦笑する。


「だろ?」


「うん。ボクも兄さんたちからの修行を思い出して少しだけ同情する」


「だよな?!」


「でも今回は、ボクは十階層踏破で帰還するよ」


 きっぱりとそう告げるコウにカリオはがっかりした表情を浮かべる。


「くそ~。……俺も早く収穫祭で王都を回りたいぞ!」


 カリオの様子を見て他の面々は笑っていた。




 デイブへの報告も済み、現場で回収した魔道具なんかを渡してからあたしは学院に戻った。


 お爺ちゃんは別れ際、これから竜征流ドラゴンビートの王都道場でモフモフが待っているとか言った後に、言い間違えたとか言っていた。


 何か隠している気がするんだけど、母さんに手紙か何かを書いておいた方がいいのだろうか。


 ともあれあたしはカレンが心配だったので学院に急いだ。


 収穫祭で道が混んでいたけれど、学院が馬車を出してくれたらしい。


 彼女はそのまま精神状態を含めて学院の附属病院で検査をして、いまは寮に戻ったそうだ。


 【風のやまびこウィンドエコー】でキャリルと話した限りでは、カレンは落ち着いていると言っていた。


 寮に戻ってカレンの部屋のドアをノックすると、キャリルが顔を出した。


「お疲れなさいですの、ウィン」


「うん、カレン先輩は?」


「もちろん元気ですわ」


 そしてあたしはキャリルに促され、カレンの部屋に入った。


 カレンは寝間着姿でベッドに横になっていたが、あたしの顔をみたら身体を起こした。


「ウィンちゃん、お疲れさま!」


「カレン先輩、遅くなりました」


「ううん、今日はありがとうね。キャリルちゃんにも言ったけど、また後日きちんとお礼をするわ!」


「気にしないでください。賊に先輩を攫われた時点で、あたし的には失敗だったんです」


 そう言って苦笑いする。


「でも相手は人攫いのプロだったんでしょ? 最初に来てくれたウィンちゃんのお爺ちゃんが言ってたの」


「お爺ちゃんが?」


「そうよ。気が付いたら私たちを見張ってた人が音もなく床に倒れていて、不思議だなって思う間もなく私たちを縛る縄が切られてたの! その直後にいつの間にかウィンちゃんのお爺ちゃんが立ってたのよ?」


「そうだったんですね」


「うん。こういう時は、甘いものを食べると元気が出るからってみんなに飴を配ってくれたし。すごく不思議な感じのお爺ちゃんだったね」


 そう言ってカレン先輩は微笑んだ。


「自慢のお爺ちゃんなんです。――それで、カレン先輩は検査を受けたって聞いてますけど」


「附属病院の先生からは、『たっぷり栄養を取って早めに寝れば大丈夫です』とか言われたのよ? ひき始めの風邪の診断かなって思ったわよ、私」


「附属病院の医者がそう言うのだったら大丈夫なんだと思いますよ。良かったですよ、妙な魔法とか掛けられてなくて」


「本当ですわね。わたくしも安心しましたわ」


 あたしとカレンの話を聞いていたキャリルが口を開く。


「キャリルも付き添いありがとうね」


「気になさらないでくださいウィン。それより気になることがあるんですの」


「どうしたの?」


「先ほど【状態ステータス】の魔法で自分のステータスを眺めていたのですが、称号欄に覚えの無いものが増えていたんですの」


 それを聞いたときに、反射的にあたしは“やってしまった”と思った。


 たぶん今回の一件でまた王都の裏社会の連中が騒動を監視していて、その結果キャリルに二つ名を付けてしまったのかも知れない。


 伯爵令嬢に妙な二つ名が付いてしまった場合はどうなるんだろう。


 やっぱりあたしはあのとき、キャリルを待機させるべきだったんじゃ無かったのか、などと一瞬考えた。


「ちなみに…………何ていう称号なの?」


「『鍾馗水仙ショウキズイセン』ですわ」


「……鍾馗水仙? 水仙……どんな花だったかしら?」


 あたしたちの会話を聞いていたカレンが横から訊くが、あたしも詳しくない。


「たしか黄色のリコリスの別名だった気がしますの」


 そうか、花の話か。


 なら花屋の知り合いに訊いてみるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る