第6章 あたし指揮とか未経験ですけど

01.気にすんなよ


 放課後、あたしは部活棟に向かった。


 昨日あんな試合をした後だったのでコウとエルヴィスの様子がふと気になって、部活用の運動場を訪ねてみた。


 運動部の生徒たちがすでに練習を始めていたけど、二人の姿は見当たらなかった。


「ちょっと早かったか……」


「誰かと待ち合せかい?」


「もしかしたらボクたちを待ってたのかも知れないよ。待っていてくれる後輩が居るのは嬉しいよね」


 近づいてくる気配に視線を向けると、コウとエルヴィスが運動着を着てこちらに歩いてきた。


 たぶん寮で着替えてきたのだろう。


「昨日の今日だから、さすがにちょっと気になって見に来たんですよ。二人ともゴールボール部の練習に出ても大丈夫なの?」


 あたしの言葉に一瞬二人は顔を見合わせるが、声を出して笑った。


「そんなに妙なことを訊いたかな、あたしは?」


「いや、そんなことないけどね、目の前でボクが先輩から【回復ヒール】の魔法をかけて貰ってた時よりも今の方が心配そうだなって思ってね」


「そうそう。ボクたち、さすがにそこまでヤワじゃ無いからさ」


「いや、あたし的には回復の魔法を受けた人の経過とか知らないからさ、ちょっと気になったのよ」


 あたしの言葉にエルヴィスが、そうだなと呟いてから口を開く。


「魔法を使う人の習熟度にもよるけど、基本的に【回復ヒール】をキチンと受けておけば外傷に関しては問題無いんだよ。ウィンちゃんもコウも覚えておくのを勧めるよ」


「そうなんですね」


「ああ。戦闘中に自分に使うには無詠唱が前提になるけどね。――それじゃあ、これから部活だから、またね」


「じゃあね」


 そう言って二人は手を振って運動場の方に歩いて行く。


「はーい。二人とも頑張ってね」


 あたしも軽く手を振って、薬草薬品研究会の部室に向かった。


 薬薬研では砂と塩を使って【鑑定アプレイザル】と【分離セパレイト】を組合わせるトレーニングをした。


 くたびれてきたところでカレンや他の部員とお喋りした。


 その後、あたしのトレーニングを真似して、同じ練習を始めた生徒と一緒に練習して過ごした。




 姉さんたちと夕食を済ませ、自室で宿題を終えて日課の環境魔力を使うためのトレーニングを済ませた。


「寝るには微妙に早いのよね……」


 一瞬誰かの部屋に押しかけてプレイングカードでもするかと脳裏によぎったのだけれど、自室の机を見ているうちに“魔神の印章”を置いてあった場所に視線が向いていた。


「そういえば『アイリス・ロウセル』だったっけ……?。まだ調べて無いな」


 デイブとブリタニーに【鑑定アプレイザル】で調べてもらった所有者について、ぜんぜん手を付けていないことを思いだした。


「学生名簿とか職員室かな……。でもたぶんカンニング関連の非公認サークルがあるって話だから厳重に仕舞われてるわよね。忍び込むくらいならリー先生に相談したほうが早そうだし……。名簿……。あれ?」


 そのときあたしは、もっと身近に調べられる名簿のようなものがあることに気が付いた。


「そうだ……。教師か生徒か分からないけど、もし寮生なら外出者名簿に記名してるはずだ!」


 それに気づいたあたしは普段着のまま自室を出て、気配を消して普段寮母さんのいる受付に向かった。


 周囲の気配を探り、辺りに動きが無いことを確認してから【鑑定アプレイザル】を使ったら、対象の生徒が記名していることがあっさり鑑定できた。


 何回か記名している箇所を探すように名簿のページを区切って探した結果、本人のサインを見つけられた。


 それによると、アイリス・ロウセルは魔法科初等部の三年生であるようだ。


 記入欄の都合でクラスまでは確認できないな。


 生徒という確認ができたなら、風紀委員会に情報があるかも知れない。


 明日にでも調べようと思い、外出者名簿を元の状態に戻したところで周囲の気配に動きがあった。


 どうやらあたしが居る寮の入り口のロビーに近づいているようなので、ロビーの隅で気配を消して潜む。


 すると程なく一人の女子生徒が受付をスルーして玄関扉の鍵を開け、コソコソと寮を出て行った。


 見なかったことにすることも一瞬考えたのだけど、先日の取り締まりやアイリスの件もある。


 こんな時間に抜け出していくのも気になったので、あたしは追いかけることにした。


 女子生徒は速足で学院の構内を移動するが、こちらに気づいている様子はない。


 あたしは周囲の気配を探ってみるが、相変わらず学院内は暗部の人たちが警戒しているようだ。


 けれど、彼らが女子生徒を追うような動きは見られなかった。


 途中、暗部の人にニアミスするが、あたしが手を振ると向こうは頷き返してくれた。


 彼らはもしかしたら、特定の行動を取る者に対して警戒しているのかも知れない。


 女子生徒を追いかけていくと、慣れた足取りで学院の附属病院の敷地を通り過ぎ、警備員が居る門を迂回して生垣の隙間を通り抜けて学院の外に出た。


「こんな抜け道があるとはね……」


 あたしはそのまま女子生徒を追って夜の王都に向かった。




 女子生徒がたどり着いたのは、庶民が住む地区にある倉庫のような建物だった。


 その建物からは明かりが漏れ、周囲には下水の臭いだろうか、独特の異臭が漂っている。


 予備知識のない普通の学院の生徒なら、夜中にこんな建物を訪ねようと思わないだろう。


 そう思わせる怪しさがその倉庫には漂っていた。


 だが女子生徒は入り口のドアを特徴的なリズムでノックすると、内側から鍵が開けられた。


 彼女は顔に喜色を浮かべて建物に吸い込まれて行った。


 その時にやや距離があったあたしにも、腐臭を超えるようなある種の冒涜的なものを感じさせる臭いが捉えられた。


「く……っ! まさかこれは……!」


 思わず呟きが漏れる。


 だが意志の力で五感が感じる情報を抑え込み、あたしは気配を消したまま倉庫の脇に移動した。


 そして直ぐに、倉庫内が伺える窓を見つけた。


 注意深く中を観察すると、学生らしき背格好をした者が倉庫内に集まっていた。


 人数にしたら二十名ほどは居るだろうか。


 そのうちの年長者らしき少年が口を開いた。


「今宵も無事に同士たちが全員ここにこうして集まることができた。今宵もまた、我々の全てを注ぎ込もう」


『おう!』


 テンションを上げていく倉庫内の集団を目にして、あたしは徐々に後悔し始めていた。


 年長者が両手を開き、他の者たちは開いた右手の平を胸に当てる。


「発酵は人類の英知なり!」


『発酵は人類の英知なり!』


「至高のチーズは我らの喜び!」


『至高のチーズは我らの喜び!』


「我々の作品を封印した学院に抗うには、研鑽を続けるのだ!」


『はい!』


「よし諸君! それぞれいつもの作業にかかってくれ! 収穫祭で屋台に出せるように遅れは許されないぞ!」


『はい!』


 そこまでのやり取りを見聞きして、あたしは彼らが学院非公認サークルの『微生物を魔改造する会』だろうと考えた。


「もうこれ、学院の外でやってるなら見逃してあげてもいい気がするんだけどな……」


 思わずそう呟いて、あたしはその場を後にした。


 念のため寮に帰ってから、【風のやまびこウィンドエコー】で風紀委員会副委員長のニッキーに建物の場所を報告しておいた。


 後日聞いた話によると、活動を行う時間であるとか活動場所や内容について学院と協議が成されたそうだ。


 これにより『微生物を魔改造する会』への監視は、若干ゆるめられることになったらしい。




 次の日の昼休みは昼食後にキャリルと教養科のクラス委員長のところを回った。


 今日行ったクラスで一通り、一年生のクラス委員長とは全員互いの顔を把握ができた。


 放課後、学院にジャニスが訪ねてきた。


 今日の待ち合わせは学院の大講堂前の広場だが、ベンチに座っていると時間通りに姿を見せる。


「ようお嬢、お使いで来たぜ」


「やあジャニス。ありがとうね」


 ジャニスは今日もホットパンツに膝まであるロングブーツだ。


 上半身にはニットシャツを着て、その上から大き目のボタン留めの皮ジャンを羽織っている。


 やっぱり何となくギャルな感じがするな。


 ジャニスは【風操作ウインドアート】で周囲を防音にすると口を開く。


「まずはこれだな」


 隣に座ったジャニスは【収納ストレージ】の魔法で包みを取り出した。


「例のブツだ。このまま仕舞え」


「分かった」


 あたしは中を確認せずに、ジャニスの言葉に従ってそのまま収納の魔法で仕舞った。


「何か分かった?」


「そだなあ。作られたのはプロシリア共和国の南の辺境で、作った職人の名前も分かった。魔族の職人だったみてぇだが、用途としてはアクセ以上のもんじゃねえみてえだってさ」


「そうなんだ。……ってことは少なくとも共和国から持ち込んだ奴がいて、持ち主に売ったか渡したんだね」


「そうなんだが、デイブの兄いとも話したけどモノがモノだ。王都で大っぴらに売るようなもんじゃねえな」


 魔神の印章なんて、魔神の信奉者の証だろう。


 アクセサリー用途だったとしても、王国から要監視対象として目を付けられそうなものを売るのは確かに考えにくい。


「いま別の奴が念のため王都内で出回ってねえか、貧民街とか花街含めて情報を集めてる」


「分かった。他には情報ある?」


「ああ。捕まえた連中だが、三人ともブライアーズ学園のガキ共だったようだ。いま国の方で周辺を調べてる。他は宗家の爺様が今週末来ることになったみてえだとよ」


「お爺ちゃんが今週末か。そうなんだね」


「また連絡あると思うぜ」


「分かった。――こっちだけど、持ち主は女子生徒だった。魔法科初等部三年の子までは確認できてる」


「分かった。他に何かあるか?」


「無いけどジャニス、あたしたちがダンジョン行ったときに来てくれてたんだね。ありがとうね」


「んなの気にすんなよ」


 そう言ってジャニスは笑う。


「お礼に食堂でスイーツ奢るから、これから行かない?」


「ん? あーしも一人捕まえたからボーナス出たし、お前に奢ろうかと思ったんだけどな」


「今日はあたしが奢るよ。ジャニスは今度よろしく」


「そだな、そーすっか」


 そう言ってジャニスはニカッと笑った。


 その後二人で食堂に向かった。


 受け渡し後は気配を消すのをやめたからか、構内で男子生徒とすれ違うとジャニスは視線を集めた。


 スタイルいいもんな、ジャニス。


 中には「お姉さんこんにちは!」と集団で挨拶する男子生徒もいた。


 彼女は「おーす」とか軽い感じで応えつつ、軽く手を挙げて応じていた。


「知り合いなの?」


「んにゃ、知らねえ」


 その後ジャニスは食堂でも、職員を含め男性たちの熱い視線を集めていた。

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