06.もう週末になっちゃった
「それで、この金魚鉢ゲームかぁ……」
あたしは死んだ目で魔道具を見ていた。
いまあたしたちは魔法の実習室で授業を受けている。
実習室は一階にあって外には弓道場のような施設があり、窓側の戸を開ければ出られるようになっている。
実習室自体も広く、あたしたちが座学の授業を受ける教室の三つ分くらいの広さはあると思う。
そしてあたしの目の前には、受験の時に見かけた金魚鉢を逆さにして中にコマが浮かんだ魔道具が、日本の学校の理科室にあるような大きなテーブルの上に用意されていた。
たしか魔道具の手元の青のランプが点いたら魔力を込めてコマを回転させ、赤が点いたら魔力を止めてコマを停止させるとかいうやつだ。
「ええとウィンさん、あなたの課題ですが当面は魔法のオンとオフの制御をしてもらいます」
教科担当の女の先生が告げる。
「魔法の切り替えですか?」
「そうです。あなたの入試の成績から判断して、魔法の制御に関して速度と範囲についてはかなりのものでした」
「ありがとうございます」
「ですが、魔法を出すことと止めることの切替えについては、やや甘い部分があります」
「そうなんですね」
「ええ。――過去の事例から、常時放出型の魔法を長期にわたって使っている人に見られる特徴ですが、心当たりはありませんか?」
たしかに心当たりはあった。
「あります」
「やっぱりそうなんですね。そういう訳で、この魔道具を使って当面はオンとオフの訓練をしてください」
「わかりました……」
「そんな顔をしないで。あなたの場合、その課題をこなせたら次の段階に進めるのだから」
そう告げて先生は微笑む。
「つぎの段階ですか?」
「詳細はその時に説明します。休憩は適宜とってだいじょうぶです。でも漫然と課題をしていても変わらないので、オンとオフを意識してやってくださいね」
「はい……」
先生は次の生徒と話をしに行った。
そしてあたしは魔法の実習の前半は、金魚鉢ゲームを延々と繰り返した。
少し手を止めて教室の後ろの方に目を向けると、レノックス様とプリシラが別の先生から指導を受けている。
彼らはクラスで二名だけ次の段階に進んだ生徒だった。
広い教室の机などが置かれていないスペースで自然体で立って目を閉じ、何やら魔力を集中させていた。
「先は長そうだなぁ……」
そうして魔法の実習の前半は過ぎていった。
実習の後半では机の置いていないスペースに班別に集まった。
「これから皆さんには四大属性の防御魔法を覚えてもらいます。具体的には【
先生の説明によれば、どれか一つ盾の魔法を覚えてもらうとのことだった。
最初の確認で、四属性全ての盾の魔法が使える生徒はいなかった。
すでにどれかの属性のものが使える子は、別の属性を覚えるよう指示が出る。
「盾の魔法ですが、属性ごとに特徴があります。初期は差が無いですが、地の盾は物理的攻撃に強く、風の盾は魔法の攻撃に強いです。火の盾と水の盾は、物理と魔法攻撃にバランスよく防御できますが、地や風の最大値よりは防御力が低くなります」
そんな説明があった。
あたしは少し考えて、風の盾を習うことにした。
自分の実力的なことを考えると、魔法に対しての防御手段が弱いかも知れないと思ったからだ。
そのあとクラスは習う属性ごとに分かれ、実習後半にやってきた追加の先生から盾の魔法を教わった。
次回以降は今日習った盾の魔法を使ってさらに実習を進めるので、各自練習しておくようにと言われて初回の魔法実習は終わった。
入学してから最初の週末の光曜日になった。
あたしは実習班のみんなと学食に来てお昼を食べていた。
アルラ姉さんやロレッタとは、キャリルも誘って女子寮で夕食を食べているので、昼はクラスの子と食べることにしたのだ。
「なんかもう週末になっちゃったね。早かったなー」
「たしかにバタバタしとったね。委員長とかいわれたけど、なんもしてへん気がする」
「わたくしも部活や研究会を見て回りたかったのですけど、けっきょく行けておりませんですわ」
「研究会ですか……。私は親もすすめてたし、自分も興味があるから魔道具研究会に入ろうと思うんだけど、まだ行けてないんです」
魔道具か、たしかに面白そうだ。
「良さそうじゃない。来週になったらすこしはペースとかつかめてくると思うから、みんなで色んな研究会を見学に行こうか」
「それはいい案ですわね。わたくしはウィンに同行しますのよ」
「そやね、ウチも気になっとるとこあるし、一緒に行くわ。ジューンちゃんも一緒に行かへん?」
「……行きます! ほかの研究会も見ておきたいんです!」
「それやったら決定や。週明けの放課後、みんなあけといてや?」
「「「はーい」」」
そんな話をしてあたしが白身魚のクリームパスタを味わっていると、サラが告げる。
「そういえば明日休みやけど、みんなどないするん? ウチはウィンちゃんと王都を探検する予定やんな?」
そう告げて、トマトソースのスープパスタを食べていたサラがあたしにフォークを向ける。
「あらウィン、彼女も誘ったのですの?」
キャリルはビュッフェで取り分けた鶏肉のソテーとかを食べながら話す。
「ううん、王都を探検したいって言ってたから、あたしの用事に付き合ってくれるならいいよって言ったんだけど」
「そうでしたの。どういう用事かは言ってありますの?」
「まだだよ。お楽しみにしとこうかと思ってさ」
「それは面白いのですわ。ねえサラ、わたくしも元々ウィンと同じ用事で出かけることになっておりましたの」
「そうなんやね」
「ええ、ですから同行しますが宜しくて?」
「おお! ぜひ行こうキャリルちゃん。みんなで行った方が楽しいやろ。それやったら……」
そこまで喋ってサラはジューンに視線を移す。
「ジューンちゃん、あした予定とか空いてへん? ウチたち王都を見て回るつもりなんやけど」
「ええと、そうですね……私は今週ちょっと疲れちゃったんで、あした一日寮でゆっくりしたいかなって……」
サンドイッチを食べていたジューンが当惑した表情を浮かべる。
「えー、ちょっとだけでもええやん、な? ちょーっとだけがんばれば、ぜーったい楽しいって。いこう? な?」
「まてやサラ。あんた、口調がヤバいおっさん風になってるぞ」
「え゛? ……あー、ごめんなジューンちゃん。ウチの家は商売やっとるもんで、ついつい身内とかには前のめりになってまうんや。……ホンマごめんな」
サラが苦笑いを浮かべながらそう告げてから、狐耳がしなしなと垂れる。
「あ、いえ! ぜんぜん気にしてないですよ! 大丈夫です。ふふ、身内と思ってくれたなら許しますよ」
「ホンマありがとう」
「王都探険か、面白そうだね。ボクも混ぜてもらおうかな」
「好きにすればいい。彼女らは腕が立つが女性だ。護衛が同行するのはいいことだ。お前が行くならオレも安心できる」
すこし離れた席でウィンたちの話を聞いていたのか、軟派な口調でコウが口を開くがレノックスがそれに応えた。
「そういうレノも混ざればいいのに」
「オレは明日予定が入っている」
「それはお気の毒様。……休みたいときは休みなよ」
「ああ」
レノックスはコウの言葉に微笑む。
「カリオはどう? サラちゃんとか同郷でしょ、心配じゃない?」
「え、サラは国が同じだけど、同郷ってわけでも無いよ。心配かって言えば……うーん、……俺も明日は人と会う約束があるんだよ」
そう告げるカリオの口調よりは、本人の耳の方が残念そうに垂れている。
「それは残念。パトリックは?」
「僕は明日は休息をとりたいと思ってるんだ。そうだな、彼女らは大丈夫だろう。コウが行くんだろう?」
「なんだいボク任せかい? ――まあいいか、任されたよ」
そんなことを話しながら、コウたちも食事をとっていた。
一夜明けて休みの日になった。
あたしたちは軽めの朝食を済ませ、それほど華美ではない動きやすい服装に着替え、女子寮の玄関に集まった。
入寮の初日に聞いたのだが、女子が制服で王都を一人で出歩くと犯罪者などに狙われることがあるそうだ。
玄関の受付窓口で呼び鈴を鳴らすと寮母さんが出てきた。
「あらあんた達、お出かけかい? この台帳に記名して行き先を書いとくれ」
「ウチたち王都内を散策するんやけど、その場合行き先はどう書いたらええですか?」
「“王都内”って書いてくれりゃいいよ。学生証を持ってくことと、門限は守るのと、王都西のコロシアム近くにある貧民街には行かないこと。特に、門限を過ぎて戻らないときは王都内の警備兵に情報が飛ぶから、おぼえときなさい。いいね?」
「「「はい」」」
「よろしい、楽しんでおいで」
そう言って寮母さんは微笑んで台帳を示した。
「そういえば、『おのぼりさん』におすすめの店とかありますか?」
王都の探検に有効な情報でもあれば知りたいので訊いてみた。
「おのぼりさんに? そうだねえ……まあ、あんたたちは何年か王都で暮らすんだから自分の足で探すといいよ」
「そうですか」
「ああ。それでもヒントをいうと、王都では喫茶店はどの店もハズレが無いのと、この時期はマロンを使った茶菓子はおすすめだね。あとは商業地区でも中心の方は高めで、南の方に行くとお手ごろだ。そのほかは自分で確かめるんだね」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
そう告げて寮母さんは手をヒラヒラ振っていた。
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