第3章 あたし学生なんですけど
01.あと何回放てるだろう
あたしの番になった。
あたしはいま九歳で、来年の誕生日で十歳になる。
キャリルとあたしは年明けに、王立ルークスケイル記念学院魔法科の特待生を受験する。
「リタちゃんたちには声はかけてきたの?」
「うん。まあ、受かっても受からなくても、九月までは学校が始まらないのはみんな知ってるし」
「そうねえ」
「そろそろ行こうや」
「「はーい」」
姉さんたちがみんな王都にいる関係で、今回あたしの受験では父さんと母さんと三人で王都に向かうことになった。
まあ、向こうで集まれば旅費とか浮くもんね。
イエナ姉さんは来年(あたしが十歳で入学するとき)十五歳になって、王都ブライアーズ学園商業科の高等部三年生になる。
卒業後は王都の商業ギルド職員になるつもりらしい。
ジェストン兄さんは来年十四歳で、王都ブライアーズ学園体育科の高等部二年生になる。
兄さんは今のところ、卒業したらミスティモントで聖塩騎士団に入隊するつもりみたいだ。
この二人は高等部から一般受験したけれど、アルラ姉さんとロレッタはまた特待生受験をするようだ。
あたしと同じタイミングだ。
アルラ姉さんたちは来年十三歳なので高等部一年生になるけど、初等部からの内部進学だと実技試験が免除になるらしい。
まあ、入試で免除になるだけで、初等部の授業での実技の評価が点数に加算されるみたいだ。
そりゃ自信があれば挑むよね。
入学の時期はこの大陸では九月入学が普通だ。
入試は一月に前期試験をやり、二月に後期試験をやる。
その後に七月に卒業式があって、八月の夏休みを経てから九月の入学式になる。
結局これだけ時間が空いてしまっているのは、農家の繁忙期の縛りがあることや、交通機関で時間が掛かることが原因だろう。
国内でも移動に時間がかかるのに、留学生のことを考えたら入試後早い時期に入学式というわけには必ずしもいかないようだ。
数日後に王都のお爺ちゃんの家に無事到着し、玄関扉を叩くといい体格の少年が出てきた。
「おお、叔父さんたち、お久しぶりです! ジェストンたちももう来ていますよ」
「久しぶりだなバート。またデカくなったんじゃないか?!」
バートは父さんの兄の子で、ようするにあたしの
いま十五歳で、王都ブライアーズ学園体育科の三年生をしている。
イエナ姉さんの一歳上だ。
少年と言ったが、現時点ですでに身長は地球換算で二メートル近いので、あたしたちはバートを見上げて話している。
「ははは、筋肉を鍛えることが明日につながると信じて日々精進しているのです。――ともあれ寒いでしょう、中へどうぞ。みんないますよ」
あたしたちがリビングに入ると、姉さんたちが待っていた。
久しぶりと言いながらコニーお婆ちゃんや姉さんたちと順番にハグをした。
ここまでに名前を上げていない身内としては、バートの妹であたしの
「寒い中よく来たねウィン。年が明ければすぐに試験だけど、自信はどうよ?」
「やあリンジー姉さん。自信? なんとかなるっしょ?」
「おっ、余裕こいてるな、ハハハ。まあ、ジナ姐さんが送り出したんなら心配無いやな。直前対策で不安になったら、筆記ならわたしかアルラに直ぐ聞きな」
「分かってるわ。ありがとう」
リンジーは微妙に口調が砕けているが、文官をしているリンダ伯母さんの血を継いだ才媛で、王都ブライアーズ学園の医学科に通っている。
ちなみにジェストン兄さんとは同い年だ。
その後夕方になって、騎士団勤めのブルースお爺ちゃんと、バリー伯父さん、そして文官のリンダ伯母さんが帰ってきて賑やかになった。
みんながリビングに集まったら、特にバリー伯父さんとバートが筋肉の壁状態になっていて、多少の圧迫感を感じたのは秘密だ。
年も明けて、冬の気温の中で試験当日は晴れていた。
姉さんたちの時と同じように父さんが、王立ルークスケイル記念学院の北側にある門まで馬で送ってくれた。
アルラ姉さんとロレッタは寮から通っているので、すでに学内に居る。
お爺ちゃんの家からだと学校のある地区まで、毎日の通学に微妙に距離があるのだ。
バートはトレーニング代わりに走って学園まで通学しているようだが。
「焦らずやって来い」
「分かってる。行ってきます、父さん」
「ああ」
あたしは手を振って学院の門をくぐった。
構内図は受験票と一緒に送ってきたので、試験会場のある講義棟の前で待ち合わせすることにしてあった。
待ち合わせ場所にはすでにアルラ姉さんと、ロレッタとキャリルが待っていた。
ティルグレース伯爵家のお付きの人も二名いる。
「ウィン、ついに決戦なのだわ」
「そうね。キャリル、気楽に行こう。大丈夫、あれだけ対策したじゃない」
「もちろんですのよ。合格は当然として、問題は内容ですわ」
そう告げてキャリルがフッと不敵に笑うので、あたしもニッと一物ありそうな笑顔を浮かべてみせた。
そのやりとりを見ていたロレッタはこめかみを押さえながらつぶやく。
「どうしてバトルに臨むような雰囲気で笑い合ってるのかしらこの子たちは」
「まあまあ、――本番当日にモチベーションが高いのはいいことと思いましょう」
そう言ってアルラ姉さんは笑った。
そしてキャリルが仕切って、なぜか四人でグータッチしてからそれぞれの試験会場に向かった。
筆記試験に関しては余裕だった。
一日目が地理と歴史と国語で、二日目が算数と理科と作文だった。
そもそも受験対策を始めてから今まで時間をかけて準備できたことが大きい。
勉強に対策本が出版されていたことや、鉛筆や植物紙などのまともな文具を安価に買えたことも大きかった。
なによりあたしはおぼろげとはいえ日本での記憶があったので、効率的な資料作成や暗記方法を使うことが出来た。
キャリルと二人して対策本を仕上げ、調子に乗って初等部の教科書も並行して勉強を進めた。
そういう状態だったので、筆記試験ではどの科目も早めに解答を終え、見直しの時間をたっぷりと取ることができた。
そして三日目の実技試験になった。
もはやお決まりとなっているグータッチを四人でしてから、あたしとキャリルは実技試験免除の二人に見送られて会場に向かった。
まずは講義棟内の教室を使って、流れ作業で体力や魔力などの色々なことを計測した。
ボクシングのグローブのような魔道具をつけて、魔力を込めない状態と込めた状態で指定されたマトを左右それぞれの手で殴ったりとか。
金魚鉢を逆さにしたような容器の中にコマみたいなものが浮いていて、手元の青のランプが点いたら魔力を込めてコマを回転させ、赤が点いたら魔力を止めてコマを停止させるとか。
重りがついたトレーニングマシンのようなものが用意されていて、魔力を使わない状態と魔力を使った状態で指定の回数まで動かす時間を計ったりとか。
目の前に据えられた水晶から、放射される属性に対応する属性が感じられる手元のボタンを押す時間を計ったりとか。
試験目的でなければ、ゲームセンターが開けるんじゃないかというような色んな計測を行ってから、あたしたち受験生は待機場所になっている教室に行きついた。
待機場所では係の人が居て、順番に受験生を呼び出していた。
別の係の人が定期的に最後の試験の説明を行っている。
その内容は、以下のようなものだ。
・この先の試験会場で土魔法で作った魔法人形と戦闘を行う。
・位置について、用意、始め、で開始するが、位置についての段階から自身に魔力を込めて良い。
・本人がギブアップを告げれば終了。
・審判が居るので、続行不能または戦闘完了で審判が赤い旗を上げるまでは戦闘を続ける。
・魔法も武器も使用可能だが、武器は試験会場にあるものを使うこと。
とにかく、魔法人形がパーツ単位になったとしても審判が止めるまでぶっ壊し続ければいいわけだ。
壊せるかどうかはともかく。
それからあたしたちは多少待たされた。
一度に数名ずつ呼び出されているけど、平均化すればどうしても一人一人の時間がかかるんだろう。
破壊という点では、キャリルの
やがてあたしの受験番号が呼ばれた。
誘導の人に案内されて、ほかの数名と共に構内を移動し、広い体育館のような場所にたどり着いた。
説明では、内部の一階部分は幾つかの区画に分けられていて、ひとつの区画は武術の試合などに十分な広さがあるらしい。
材質は不明だけれど仕切りのようなものがあるので、試験の様子は見ることができない。
「武器を使われる方は、こちらに用意されているものを使ってください。試験が済んだ方は係の誘導に従って移動し、武器を使った方は出口のところで係の者に渡してください」
使う武器を探してみたが短剣はあったものの、小型の手斧は見つからなかった。
仕方がないので左右とも短剣を使うことにした。
そうして、あたしの番になった。
指定された区画に向かうと、武術の試合会場のようになっていた。
説明にあった魔法人形だろう、濃い茶色の土人形が開始位置に立っている。
旗を持った二人の審判と、ほかに係員が一人待機している。
あたしも開始位置に立つ。
体感で一分ほどしてから審判が告げる。
「それでは始めてよろしいですか?」
「はい、お願いします」
母さんから許可は出ているから、今できる全力を出すことにする。
あたしが応えると審判はひとつ頷いて、口を開く。
「位置について」
あたしは身体の内在魔力を全力で循環させ、身体強化と反射速度強化、気配遮断と疑似思考加速を開始する。
「用意」
同時に手の中の武器に自身の魔力を込める。
「始め」
脳が言葉を認識した瞬間に移動を開始した。
魔法人形の左後方に一足で移動するが、とりあえず振り返っては来ない。
右手の短剣に風属性と地属性の二属性の魔力を込め、土人形の首へ背後から四撃一斬を放つ。
同時に左手の短剣に風属性と地属性の二属性の魔力を込め、土人形の左腕のつけねへ四撃一斬を放つ。
同時に風属性による魔力放出だけでつくられた刃で、土人形の左足のつけねへ四撃一斬を放つ。
このような魔力を込めた四撃一斬を
技の名は、絶技・
五感の情報では武器の損耗もなく目標位置を切断できた気がしたが、審判は未だ旗を上げていなかった。
続行と判断しながら、あと何回放てるだろうとあたしは思う。
あと何回、審判が旗を上げるまでに放てるだろうと疑似思考加速の中で思う。
いまできる、あたしのすべて――
振り返ってくれないまま首と左手足が離れつつある魔法人形の背後を、向かって右側に移動しながらあたしはさらに月爻を放つ。
魔法人形の右手と右足の付け根が切断され、同時に魔法人形の右の腰背部にも斬撃が入った。
すると視界の端で審判が旗を上げ始めたので、あたしは開始位置まで移動して身体の内在魔力の循環を弱めた。
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