第5話 復讐

 拠点の中は血の匂いが立ち込めていた。どちらの匂いが強いのかはその惨状を見ただけで一目瞭然で、その事実を解釈した時一気に血の気が引く。

 一人の男は鋭い爪を持った腕を一本、自らの掌で憎しみや怒りを潰す如く握りしめて息絶えている。

 ある男は下半身を奪われ、それでも何かに縋り付こうと移動した跡が痛々しくも地面を赤く描いていた。


「なんだよこれ……」あまりの出来事にその気持ちを形容する言葉が見当たらない。


「酷すぎる、まだ息がある人は……!」今からでも一人でも多く救う為あたりを見渡す。


 そこから二十歩程の距離に男が二人倒れている。二人は腕の立つ男でこの拠点を守るべく、衛兵の役割を買って出ていた。拠点周辺の壊人はこの二人がいつも片付けている程強い力を持っていた。


 それぞれの利き腕に誉れ高く握られた武器は最後の時までその手から溢れることはなく、大義や覚悟も決して捨てる事はなかった。


「こいつらまでやられんのかよ……」

「待って、ヤスヒロさんはまだ息がある。大丈夫ですか! 状況は!」片方の男はまだ意識を保っていた。


「ああ、タケル……俺はちょっとばかし血が足りないだけだ。少し休めば大丈夫。だが相棒はやられてしまった、確認はできていないが呼び掛けに応じなかったからだめだろう。他のみんなも大勢が傷つけられ、殺された」片方の男の鼓動は止まっている。


「やつら、文章ではなかったが、単語で会話のような事をしていた。やつらは話すのか……? Bー五という単語が度々出ていたが、独自に発達しているとしたら何を表しているのか――」男はそう言うと話すのをやめた。

「Bー五が何かわからないけど……ミヤビさん! 止血をお願いします!」

「任せろ」


 その間、彼は別の息がある者を探していた。この決して大きくない都市の中で話した事は無いにしても、全く知らないという人間は互いに一人もいなかった。倒れている者全てが顔見知りの中、懸命に生き残りを救おうと探した。


「だれか……! 生きているやつは!」


 辺りを見回していると一つの動物の皮の切れ端のようなものに目が止まった。彼はこの場にそぐわない異様なものを手に取り裏返すと、地図のようなものと稚拙な文字列が血によって書かれていた。


「なんだこれ……」何かの手掛かりになるかもしれないと思い、その場では深く考えず、その気持ちの悪い物体を小さく折り畳んでポケットにしまった。

 三人はまだ生きている者に一通りの止血や、骨折の固定具を取り付ける等の手当てを済ますと拠点の中央辺りで合流した。


「手当ては済んだか?」

「こっちは大丈夫、生きている人に関しては……。それと、戦闘員ではないけど動けそうな人を探して来た。技術士の二人で一緒に来てくれるみたいだ」この中ではまだ傷の浅かった二人は彼を一瞥すると軽く会釈した。


「想定していたよりも動けるやつが居ない、医療班のまだ動ける何人かでここを見ておいてもらえるように頼んでおいた。俺達はクソ野郎共を追うぞ。……今は悲しんでいる時じゃない」その表情は怒りの中に悲しみをしまい込んでいた。


「だけど手掛かりがほとんど無い、ヤスヒロさんが壊人達は単語で会話をしていて、Bー5という単語が度々出ていたって言ってた。でもそれが暗号か、言語か、何かはわからない」

「会話をしてた……?もう一々驚いてられねぇな、そういえば俺もさっき気持ち悪い地図みたいなもんを拾った、こんなもんは見た事ねぇ、恐らく奴等の物だろ。もしかしたらそのBー五ってのは場所を指していたんじゃねぇのか」


 各々が拠点で集めた情報を照らし合わせて謎解きのように敵の居場所を突き止めようとする。皮の地図にはまさに覚えたてというような文字で英数字が区域ごと、または建物ごとに割り当てられていて、一つの区域に"Bー五"と記載されていた。その他にも細かく何かが書き込まれていたが、この五人の人類には読み取れなかった。


「壊人が住処にしている場所をこのBー五だと仮定したとして、この地図全体が指している場所がわからない。誰かこの中で見覚えのある人は居る?」残りの四人と顔を見合わせたが心当たりのある者は居なさそうだった。

「どうする、拠点の話せるやつに一人一人聞いていくか?」


 そう話し合っていた所に二つの足音が近づいてくる。その足音は傷ついた老人の体が倒れないよう支える側近の若い男と、この場所を治める老人のものだった。


「じいさん! 生きてたのか……よかった」

「あぁ、その地図を見せておくれ。昔はよく遠くまで探索に出ていた、なにかわかるかもしれん」


 彼はその皮を老人に見せる。注意深く隅々まで見ると長年培った記憶の引き出しを探る。


「ここは……知っている。この区域には壊人が作られたのではないかと言われていた研究施設がある。昔、そこに近づこうとしたが数が多すぎた。そして何故かいくら殺そうと数が減らなかった、あそこには何かあるかもしれん。正確に距離がわからんが、30kmはあるだろう。少し待て」そう言うと二人は書物室に入っていった。


「距離が遠い。どうしようか、馬は残っているかな」

「聞いてみよう」


 暫くすると手に紙を持って二人は帰ってきた。


「昔使っていた地図がある。一枚には収まらんからそれぞれ通った所を確認しながら使ってくれ。最終の目的地、Bー5と言っていたのはここだ、印を付けておいた。」

「トクジさんありがとう。移動の為に馬は残ってる?」

「残っている……が、二頭だけだ……」全員が数の合わない二頭の馬をどう活用するか考えていた所に彼は話し出した。


「俺とタケルで馬に乗る、そして先に乗り込む。いいな、タケル。――二人は目配せして合意する――他の三人は、まだ動けそうなやつが居たらそいつらも、すまないが歩いて来てくれ。助け出したとしてもその後人数が必要だ」周りがざわつく。

「おい、お前達本気か?」

「もちろん、それに早く行くに越した事はない。別に死にに行こうってわけじゃねぇ、安心してくれじいさん、俺はこいつとならやれる」慢心しているようにも聞こえるが二人からは復讐の念が溢れていた。


「すまんな、二人共。ここ最近も人手が足りずに頼ってばかりだった。こっちの体制はなるべくわしが立て直しておく、頼んだ。死ぬなよ」連れ去られた者達を考えると早く向かった方が良いというのは一致の意見でこれが最良の選択と判断した。


「絶対に死なない」

「任せろ、死ぬつもりは一切無い」


 二人は物資が入ったリュックサックの中身を、武器になる物を中心にいつもの探索ではなく、攻撃へと入れ替えた。武器の詰まったリュックサックを覚悟、復讐と一緒に背中に背負う。

 拠点の仲間に別れを告げると足早に拠点を飛び出した。いつもの扉を開け、外に出ると二人は無言のまま馬に乗る。老人に貰った古びた地図の一枚目を確認すると馬は同時に走り出す。

 二人の心は怒りに燃え盛り、今にも溢れ出そうとする感情や破壊衝動を内に抑え、行き場を失った動力は発散できない身体を頭から足の先まで震わせた。

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