第2話 相棒

「お兄ちゃん! 行かないで! 私も連れてって!」

「こらこら、マイ、タケル達は私たちのために上へ仕事に行くんだ」

 昔から勝ち気で、それでいて頑固な気質の少女――彼の唯一の血縁である妹――と、それは村であれば村長と呼ぶに相応しく、誰もが一瞥しただけでこの村の長であろうと認識できる程長い白髪髭を携えた老人が彼等を見送りに昇降口まで出てきていた。

「お前の妹はよくもまぁ、毎日毎日同じ事を言って飽きないもんだなぁ……」

「毎日つまらないおじさんのギャグを聞かされる僕にそれを言うか」

「なんだって! お前のその辛気臭い顔を少しでも晴らしてやろうという大人の細やかな心遣いを踏み躙るつもりか!」

「はぁ……うるさい」

 どういう風の吹き回しかこの人は二回りも歳の離れた僕の――と、妹の面倒を見てくる。頼んだことなんて一度もないし、そもそもこんな飄々としていて気の抜けた奴に面倒なんか見られたくない。

「タケル!ケンジ!上へ行くんだ。その仕様もない口喧嘩はやめておくれ――二人で協力して生きて帰るんだろう、上で喧嘩している暇なんてないんだぞ! 少しはこの老人の心を労わってほしいもんだ、だいたいケンジ……お前は――」

「わかってるって! じいさん、それは俺たちが一番わかってる、そうだろ?」ジーンズのジャケットの袖に左右両方にあるはずの膨らみの――左を喪失したその哀れな佇まいの男は彼を瞥見してそう言うと老人のほうへ向き直った。

「あぁ……そこに関しては同意しよう」

「かわいくねぇガキ」彼はそう言い不機嫌そうに鼻を鳴らすと、少し荷物の入ったリュックサックを揺らしながら古びてひびの入ったコンクリート階段を気怠そうに上がって、今では都市と呼べるほどの――かなり小さな都市ではあったが――地下シェルターを出て行った。

「行ってくるよマイ、トクジさん」

「気をつけろ、無事戻るように」

 軽い癇癪を起こす妹を宥めながら不機嫌な男の後を追う。


 地上に上がると生命の源である陽は東の方角で朝の起床に駄々をこねる子どものようにまだ燻っていた。往来の傍らに生きている薄紅色の木が歓迎するかのように咲いていたが、辺りの荒廃との対比によって、元来薄寒かった為か妙な悪寒を感じた。

「さて、拠点の奴らの食糧調達といこうか」背を伸ばしてそう言うと荒廃へ歩を進めた。

「今日はBルートで行くぞ。冬場は資源調達がしにくい、昨日の夜貯蔵庫や倉庫を見に行ったらかなり食料やら日用品やらが減ってやがった。今日は大仕事だ、忙しい1日になるぞ」

「しかも、拠点辺りはもう物資を取り尽くしてる。かなり遠くまで歩くことになりそうだ」

「仕方ないな」潔く承諾する。

「調査地図を見たら次にあるスーパーは15km以上先だ、ちょっくら急ぐか」

 スーパー――前時代の名残からそう呼んでいたものの、スーパーそのものが活動していた時代を見たわけでも生きたわけでもなかった。彼らに前時代の事を調査する余地は殆どなかった為、各人が思考を巡らせて思い描いたものか、言い伝えにより現時代まで培われてきたものか、或いはその両方によって前時代の知識は成り立っていた。


 昔の人々が歩行し易いように均されたであろう地面を拝借して同じように歩く。陽は先刻とは打って変わって悩みなど無いように幸福を振り撒いていた。

「ケンジはどうして調査・補給班に?」道のりは長かったし、純粋にこんな人がなぜ危険を冒して上へ行くのだろうと気になったから聞いてみた。

 一瞬躊躇ったように見えたが、彼は話しだした。

「俺にも妹がいたんだよ」――妹がいた――という言葉から彼女が現在どんな状態かは容易に見当が付いた。

「妹が『ここのみんなを守って』って言うもんだから俺はその約束をずっと守ってる。一人でも危険になるやつが少なくなるように、拠点の資源が無くならねぇように。律儀だろ?」

 僕は驚いた。妹がいたことと、そんな約束を守り続ける人だということに。

「だから俺はお前達を放っておけない。両親を失って妹と二人で生きて、妹を守らなければならない兄って境遇が同じだったんだ。……俺にはできなかった」

 暫く沈黙が続いて、陽が陰った。各々違う景色を眺めながら物思いに耽って歩いた。

 結構な距離を歩いた時、不意に気まずく思ったのか彼は唐突に話し出した。

「なぁ、神さまってのはいると思うか?」突飛な話題だった。

「いない。神に祈って救われるならずっと祈っていればいい。少なくとも僕が生きてきた間では神に祈ってどうにかなる問題は無かったね。この世界の現状もそうだろう」

「だな」彼の回答に満足したのか微笑した後、同意した。

 その後も特別会話は弾まなかったが、二人は歩幅を合わせて歩いた。

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