壊人

ちーそに

第1話 生存

 雨――それは顔を執拗に狙って叩くような雨だった。初冬の雨は体の芯から四肢の末端まで酷く震わせる。それが寒さからか、畏怖から迫ってくるものかは見当も付かなかったが、上手く走れない。

「タケル、何してる、追いつかれるぞ!」

 前方からは間の抜けたそれでいてどこか安心できる声がする――いつもそうだ。その声に追いつこうと元々彼に備わっていたものではないような感覚の足を必死で動かす。

「しょうがねぇ……そこのコンビニを左に曲がったらすぐだ!行け!」

 空の叫び声にも聞き誤る程の雨音に紛れてその安心の音は後方へ流れていく。

「丁度良い、おっさんの腕の見せ所だな、重てぇ……よっいしょ!」

 少し小さい――或いは対比でそう見えただけかもしれない――二輪車を動物が威嚇するような格好で空に掲げた。時期を見計らい、一気に振り下ろす。見事命中してそれは硬い地面に突っ伏した――その場で咄嗟に練られた小さな作戦はうまく執行されたようだった。


 彼は言われた通りに曲がって走っていた。すぐ後ろに追いつこうとしていた足音に安心して振り返った――視界の端、店の並ぶ小道から影が急襲する。目の前の灰色の世界に鮮やかな濁りの無い赤。水に溶け、希釈されて薄赤に――彼の頭は真っ白だった。

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