第6話 異世界のすゝめ
「こいつはジッキュウミツタダという名があるそうだ。カタナってやつだろう?」
トンカラ爺さんが刀をくるくると捻りながらおれに見せてきた。
実休光忠――確か本能寺の変の時、信長が最後まで手元に置いていたとされる刀だったはずだ。てことは本当に信長はこの世界に転生していたという事か。
「ほれ、持ってみろ」
トンカラ爺さんに差し出され、おれは恐る恐るその刀を握った。その瞬間、刀がチリチリと音を立て剣先から火の粉が零れ始めた。これは炎に包まれてその生涯を閉じた信長の怨念か? はたまたおれが持つ魔法属性の所為なのか?
「どうやらお前さんも気に入られたみたいじゃの。特別に安くしといてやろう」
ニコニコと笑いながらトンカラ爺さんはそろばんを弾いた。その後も盾や防具など、咲耶とアレックスがあれこれ言いながら選んでいた。そして頭のてっぺんからつま先までなにもかもが新調され、ついに“異世界おのぼりさん”が誕生した。
「見てよパパー! うちめっちゃ強そうじゃない?」
確かに咲耶が身に着けた武器や防具はどれもかっこいい。親の贔屓目なしに言っても物語のヒロインと呼んでも過言ではないだろう。
一方のおれはというと、こてこての鎧に日本刀。どっからどうみても魔王討伐の途中で「おれの事は置いていけ! 魔王を倒すんだ!」とか「うわっはっは! ここまで来たらお前らは用済みだ!」とか言いそうなモブキャラ全開の見た目だ。
「どうだ? 気に入ったか?」
アレックスに満面の笑みでそう訊かれ、おれは思わずお得意の営業スマイルを見せた。
「ああ、もちろん! 恩に着るよアレックス!」
金出してもらってるからなー。異世界に来てまで社交辞令が出るなんて……大人になんてなるもんじゃない。
アレックスがずっしり重そうな袋を渡すと、トンカラ爺さんもほくほく顔で嬉しそうだった。
「じゃあ気をつけて行ってきな! それと、そのテンセイシャが魔王にやられたらそのカタナはまた引き取るからな」
まったくこのジジイめ。縁起でもないことを言いよって。しかもおれだけやられるのが前提じゃんか。おれが口を尖らせながら爺さんを見ていると、がっはっはと笑いながら手を振った。
店を出ておれ達は少し街をぶらぶらした。改めてその光景を見ていると本当に異世界に来たんだなぁという実感が湧いてくる。
珍しい食べ物に怪しげな雑貨屋。魔法を使う大道芸人や不思議な魔物のペット連れた貴婦人。ただ行き交う人々全てがなぜか輝いて見えた。
現実世界でのおれ達は、時間通りに会社や学校に向かい仕事や勉強など決められた事を淡々とやり進める。もちろん趣味や遊びなど自由を謳歌する人もたくさんいるだろう。けれどやっぱり人間社会という枠組みから逸脱することは許されない。
贅沢な悩みだということは重々承知だ。日々安定した暮らしが送れるのは先人達が築き上げてくれた恩恵の賜物だ。それでもこの世界に生きる人達が時折羨ましく思える。
生きる事を楽しみながら精一杯生きる。
当たり前の事かもしれないが、はたして向こうの世界でおれはその当たり前な事がやれてただろうか?
「パパー! 今度はあっち行ってみようよ!」
こんなに嬉しそうにはしゃぐ咲耶を見るのも久し振りかもしれない。娘が最近学校に行きたくなさそうなのはわかっていた。悩みがあるなら相談しろとも言っていた。いつもゲームの世界に逃げ込んでいた娘を見て心配しつつも少し苛々していた。
でも今ならそれもわかるような気がする。きっと咲耶も学校や現代社会で生き辛さを感じていたのかもしれない。
生きていく答えを探す、なんて大それたことは思わない。とにかく今はこの世界を楽しんでみよう。
「よし! 行ってみるか! 欲しいものがあったらなんでも買ってやるぞ~なぁ! アレックス」
そう言っておれがバシバシと肩を叩くとアレックスは苦笑いを浮かべた。
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