第83話


 剣を修めている人相手にいきなり魔法を使って戦うというのは、なんというか俺の気が収まらなかった。

 陸上競技に一人チャリを漕いでいる感じというか……なんだかセコい気がしたのだ。


 それに、せっかく剣を習ったのだから、今の自分がどのくらいまでできるのか試してみたいという気持ちもあった。

 そんな思春期男子みたいな少年ハートを捨てきれなかった俺だが、とりあえず一矢報いることができた時点で満足だ。


 俺の自己満足は終わり。

 ここから先は――魔術師である俺のターンだ。


「ダートスラッジ」



 水と土の複合魔法、ダートスラッジ。

 俺達が先ほどまで戦っていた円形にくくられたステージが、泥の中に埋没していく。

 剣術は踏ん張りが命。泥に足をすくわれた状態では実力は大きく下がるだろう。

 そう思っていた時期が、俺にもありました……。


「ぬうううんっっ!!」


 一瞬足を取られそうになったかと思うと、ダツラさんはそのままふんっと勢いよく泥の上に足を投げ出した。

 そして何事もなかったかのように踏ん張りを利かせながら、剣を後ろに構えて溜めを作っている。


 な……なんだあれ!

 あの人なんで泥の上で普段と変わらず動けてるの!?


 複合魔法発動のための準備を整えながら、非常識な彼の様子を観察する。

 よく見てみると、彼の足下がぼんやりと光っているのがわかった。


(あれは……薄く魔力を体の外に展開させているのか?)


 なんらかの方法を使って魔力を外に出し、それを滑り止めのように使っているのか?

 通常身体強化を使っても、身体の外に変化が起こることはない。


 身体強化を応用すれば、体外に魔力が出せるようになるんだろうか。

 見たことがないから面食らったが、魔力操作に関しては一流の自負がある俺なら、あれと同じことができるかもしれない。


 今後の課題を抑えておきつつ、魔法発動の準備を終える。


「グラウンド・ゼロ」


 俺の指先にある光が緑・青・黄の指輪が輝くと、風・水・土の三属性が一つにまとまりながらダツラさんへと襲いかかっていく。


 ウィンドバースト、タイダルウェイブ、ガイアストラッシュの三つの魔法を混合させて発動させるグラウンド・ゼロ。


 以前は一つ一つを詠唱破棄しながら使わなければいけなかったが、魔力操作が巧みになったことで今では詠唱一つで発動させることができるようになった。


「おおおおおおおおおっっ!!」


 ダツラさんは大きく振りかぶりながら溜めていた力を爆発させ、迫り来る魔法へとその斬撃を叩きつける。

 身体強化で視力が強化されている俺には、ダツラさんの剣がうっすらと光っているのがわかった。

 なるほど、足だけじゃなく得物に魔力を乗せることもできるのか。


 ダツラさんの斬撃と、俺の放った魔法が真っ向からぶつかり合う。

 恐ろしいことに、グラウンドゼロは一撃を放たれた中央部分がごっそりとえぐり取られていた。

 斬撃を何度も放ち続けるダツラさん。

 俺の魔法が彼の下へ届くまでに魔法は何度も切り刻まれその威力を落とし、余波の風が頬を撫でる程の力しか残していない。

 だがそれでも問題はない。

 何せ俺は、魔術師なのだから。


 十秒ルールがあるので一度地面に降り立ち、再び空を飛ぶ。

 そしてその間に、既に次弾の用意は済んでいた。


「グラウンド・ゼロ、もいっちょグラウンド・ゼロ」


「くっ……負けてっ! たまるかあああああっっ!!」


 俺が魔法を放ち、ダツラさんがそれを切り刻む。

 だが二発目三発目と威力を変わらない俺の魔法に対し、ダツラさんの勢いは明らかに落ち始めていた。


 このまま行けば、彼のスタミナ切れを狙う形で勝利できるだろう。


(だが……これでいいんだろうか?)


 四度目のグラウンド・ゼロを放ったところで、その違和感は無視できないほどに大きくなった。


 やはり、それでは片手落ちなように思える。


 そもそもこの試合の目的は、俺が彼より強いところを見せること。

 俺がウィドウを任せるのに足る人間であることを示すために、俺は俺にできる本気を尽くさなければならない。


「行きますよ、死なないでくださいね」


「誰に物を言っておる、童!」


 指に装着した十の指輪が、七色の輝きを迸らせる。

 それらの輝きを右手に持つ『賢者の杖』が増幅させ、俺の全身が光に包まれた。


 心地の良い全能感に浸されながら、俺は今の俺が放つことのできる本気の一撃を叩き込む。 全力ではなく本気。

 試合という範疇の中で、俺は持てる力の全てを込めた一撃を放つっ!


「――プチメテオ!」


 空から降り注ぐのは、星魔法で生み出された小さな隕石。

 この星の引力を受けながら超高速で放たれたその一撃が――一際強い輝きを放つダツラさんの剣とぶつかった。


 閃光、爆発、そして轟音。

 砂埃が消えればそこには、五感が狂うほどの猛烈な破壊の爪痕が残っており、そして……


「見事……」


 プチメテオを正面から受け大きく後ろに吹っ飛んでいたダツラさんは、そのまま地面に倒れるのだった――。






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