第25話


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「私はあいつの関係者よ!」


「だからって無理矢理……」


「んぅ……」


 むにゃむにゃ、なんだか外が騒がしいな……。

 言い争っている二人の声も妙に聞き覚えがあるような気もするが、まあ流石に気のせいだろう。

 だってあいつがこの『可能亭』にいるはずがないし。


「ほら、起きなさいタイラー!」


 ドカァン!


 勢いよく開け放たれるドア。

 締め切っていて真っ暗だった部屋に外からの明かりが入ってきて、瞼の裏が照らされてオレンジ色に光る。


 続いてドカドカという足音が聞こえてきたかと思うと、かけていた布団が剥がされる。


 身体を揺すられるが……誰だ、母さんか?


「あと五分だけ寝かせてくれ……」


「あと五分……じゃないっ! 起きなさいタイラー、ウィドウとの約束の時間過ぎてるわよ!」


「あだだだだだっ!?」


 耳の痛みにうめきながら目を開けると、そこにいたのは頬に空気を溜めてリスみたいになっているアイリスだった。

 え、ここ『戦乙女』の家だっけ……?


 寝起きで頭が回らない中、寝ぼけ眼で確認してみたが、そこにあるのはまともに家具一つ置かれていない室内と、床に脱ぎ散らかされた服だけだ。

 どこからどう見ても、俺が借りている『可能亭』の五号室である。


 なんでアイリスが、俺の部屋に来てるんだ?

 いや、そういえばこいつさっきなんか言ってたな……。


「ちょっと、うちのタイラーさんにひどいことしないでください!」


「これは教育よ、余所の家庭が勝手に口を出さないで!」


「お前も別に、俺のママじゃないだろ……」


 アイリスが腕を組んでふんぞりかえり、アンナはしゃーっと威嚇しながら犬歯をむき出しにしていた。


 アイリスの背後には鬼の幻影が浮かび、アンナの背後にはかわいらしいたぬきの幻影が見える。


 鬼対たぬきって……たぬきがかわいそうすぎるな。

 彼我の戦力差は圧倒的だ。


 だが実際の戦闘力には開きがあっても口げんかならアンナも達者らしく、二人はどちらも引かずにガミガミと言い争いをしていた。

 その甲高い声を聞いているうちに、寝ぼけていた意識がはっきりしてくる。


 外を見ると、たしかにお日様の上り具合から考えても朝ではない。

 ウィドウとの稽古の約束の時間は大幅に過ぎている。


 恐らくそれに業を煮やしたアイリスがわざわざうちまでやってきたんだろう。

 つまりこれは、完全に俺が悪いということだ。


「最近名前が売れてるからって調子に乗りすぎなんじゃないですか!? 人の家に勝手に上がり込んで! 一体何様のつもりですか?」


「私はアイリス、今日からタイラーのママになる女よ」


 アイリスが俺のママ……?


 口げんかが進みすぎて二人とも自分で何を言っているかわからなくなり始めていたので、なんとか仲裁を試みることにする。


「アンナ、いいんだ。約束の時間破ったのは俺だから」


「でも、この女、勝手に宿にに上がり込んで横暴すぎます!」


「アイリス、お前は俺のママじゃないし、アンナにそんなにキツく当たらないでくれ。これからこの宿に居づらくなるだろうが」


「私だってあんたが時間通りに来てれば、わざわざこんなとこまで来なくて済んだんだけど?」


「こんなところ、ですってぇ?」


「何よ、やるの?」


「どうどう、落ち着くんだ二人とも」


 だが仲裁は見事に失敗した。

 けんか腰の二人を仲直りさせるだけのぶっ壊れコミュニケーション力は俺にはないのだ。


 なので俺は二人を説得することを諦め、おとなしく荷物をまとめてからかけてあったローブを羽織り、宿を出てしまうことにした。


「アンナ、行ってくるわ。アイリス、行こう」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ」


 俺はまだアンナと話し足りなさそうなアイリスの手を引っ張り、無理矢理宿から引き剥がしてしまうことにした。


 さっきまで怒っていたアンナは、なぜか俺達を見て物欲しそうな顔をしていた。

 相変わらず、女の子が何を考えているかはまったくわからない。


 にしてもこの二人、なんでこんなに仲が悪いんだろうか。

 アンナは元から人好きのするかわいらしい子だし、アイリスだって男に対する扱いがひどいだけで、女の子への態度は別に悪くはなかったはずだ。


 とりあえずこの二人がかち合わせることはないように、もう遅刻はしないようにしようと心に決める俺であった。


 待たせてしまったウィドウには、謝罪の意味も込めて美味しいお菓子でも買っていくことにしようかな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る