第21話 「そういえば俺、魔術師だったわ」

「おぉタイラー、遅かったな!」


 パーティーハウスにやってくると、割烹着のようなエプロンを着たウィドウの姿があった。


 まさかそんな格好をしているとは思っていなかったので、驚く。

 俺が戸惑っているのがわかったのか、ウィドウはちょっとだけ恥ずかしそうな顔をしてから、頭を振った。


「わかってるよ、似合ってないっていうんだろ? でもほら、しっかりエプロンをつけておかないと料理の汁とか飛び散るし……」


「……いや、そんなことない。似合ってるぞ」


「そ、そうか?」


 上目遣いでこちらを見てくるウィドウに、しっかりと頷いておく。

 こういうのは中途半端に言うよりも、きっぱりと断言してあげた方がいい。


 がっちりとした鎧を着けてごつい大剣を振り回している姿が脳裏に焼き付いていたせいでちょっと違和感を感じただけで、その格好はなんらおかしくはない。


 エプロンを着けているウィドウは、剣士というより大衆食堂で男勝りに調理鍋を振るう美人コックのようだった。


 鎧を着けている時はわからなかったが、私服にエプロンだと女性らしい凹凸があることもわかる。

 視線が胸の方に行こうとしたところで耳がミシミシと痛み始めたため、俺は視線をウィドウの顔に固定させておくことにした。


「というか『戦乙女』のご飯って、ウィドウが作ってるのか?」


「うん、うちのママに花嫁修業は一通り仕込まれてね。基本『戦乙女』の家事は私の担当だよ」


「そうだったのか……」


 『戦乙女』で一番女子力が高いのはウィドウらしい。

 意外……って言ったら失礼か。

 ウィドウの女の子らしい一面を見て、なんだかドキリとする。


「それなら良いお嫁さんになれるな」


「そ、そうだね! でもうちはパパが『自分より弱い男は夫として認めない』ってうるさいせいでなかなか相手がいなくて……」


 ここに来て初めて知ったんだが、どうやらウィドウの父は剣術道場をやっているらしい。

 彼女の動きが大剣なのに洗練されていたのは、それが理由だったのか。


 道場主をやっているくらいだから、父親は相当に腕が立つんだろう。

 それだとウィドウの結婚は、まだまだ遠そうだなぁ……。

 なぜかちらっちらっとこちらを見つめてくるウィドウに頑張ってくれと告げると、彼女は何故かがっくりと肩を落とした。


「わかってたさ……タイラーがそういうやつだってことは」


「このスケコマシ。や、やっぱり私がなんとかしないと……(もじもじ)」


「痛たたたたっ!!?」


 耳がちぎれそうな勢いで引っ張られながらも、食卓へと移動する。

 アイリスはなんかぶつぶつと言っていたが、耳が痛くてそれどころではない。


 ダイニングにやってくると既にメンバーは全員揃っていて、俺達がやってくるのを今か今かと待ちわびている状態だった。

 準備のいいことに、皆のコップにはワインまで注がれている。


「えーっとそれじゃあ乾杯の音頭を……」


 んんっとなまめかしく喉を鳴らすエルザ。

 それを見ていただけで、耳への圧迫が強くなる。

 もう着いたんだから、そろそろ離してくれません?


「今回の一件で、私は自分達の力不足を痛感したわ。本来であれば私達『戦乙女』の旅はあそこで終わってしまっていただろう。しかし、運は私達を見放してはいなかった。タイラー、本当にありがとう。私達がこうして今打ち上げができているのは、あなたのおかげよ」


 ようやくアイリスが耳から手を離してくれた。

 回復魔法を使って痛みを取ってから、俺はこくりと小さく頷く。


 そんな風に言われると、最悪皆をおいてテレポートで逃げればいいかとか考えていた分、なんだかむずがゆい気分になってくる。


 だが少なくない時間を共に過ごしたことで、俺としても彼女達に結構情が移っている。

 当然ながらルル以外の子達にもだ。


 最初はお互い利用しようという利害関係からのスタートだったけれど、俺は今ではこの出会いに感謝している。


 『戦乙女』との出会いは、今までどこか周囲と断絶しているような気分だった俺の心持ちを、大きく変えてくれた。

 そのせいで色々と秘密を知られたりもしたが……正直、知られたのが彼女達で良かったとも思っている。

 もちろん恥ずかしいから、正直に言うつもりはないけどさ。


「私達はタイラーに助けられて、そしてその功績を譲ってもらってドラゴンスレイヤーになったわ。でも、そんなハリボテじゃあ駄目。私達がドラゴンを倒せないくらいの強さのままじゃ、いずれタイラーの正体に感づく人も出てくるかもしれない。だから私達はもっともっと強くなって……そして今度こそ、私達だけでドラゴンを倒す! 未来のドラゴン討伐に、乾杯ッ!」


「「「「「乾杯っ!」」」」」


 これじゃあ打ち上げっていうより、決起集会みたいだな。

 でもこういう雰囲気も、俺は嫌いじゃない。


 『戦乙女』の皆はドラゴンを目の当たりにしてひるむんじゃなくて、なにくそと自分達を奮い立たせていた。

 精神論ではないけれど、俺は結局のところ一番大切なのは、諦めないことだと思う。


 ドラゴンを見ても心が折れなかった彼女達は、きっとこれからまだまだ伸びていくだろう。 ワインを舐めるようにちびちび飲みながら、楽しそうに話している『戦乙女』達を見守る。


 特等席から見つめる彼女達は、キラキラと輝いていた。

 なるほどたしかに、俺はもう『戦乙女』のファンなのかもしれない。


「タイラーさん、もしよければ私に今度みっちりと魔法を……」


「なぁタイラー、今度是非実家の道場に……」


「タイラー、あの空飛ぶ魔法って一体何属性の……」


 しかし……女の子五人の空間に男の俺が一人ぽつんと入っているこの空間は、なんというかものすごく……居心地が悪い。


 少し離れたところから後方彼氏面をしながら見ていたいという欲はあるんだけど、俺にはあまり直接関わりたいという欲はないのだ。


 CDは買っても握手会には行かないタイプの俺には、このキャピキャピとした空間に居続けることに限界を感じ始めていた。


 そこで俺はふと、気付いてしまった。

 俺は彼女達には、自分の持っている力を隠す必要がないのだ。


「そういえば俺、魔術師だったわ」


 魔術師とは何か。

 それはあらゆる物事を魔法で強引に問題を解決してしまうことのできる存在だ。

 自分の思いついた名案にほくそ笑みながら、それじゃあと手を上げる。


 そしてなぜか俺に飛び込んでこようとするアイリスとこちらを見て口を大きく開いているメンバー達を見渡してから……


「テレポート」


 浮かび上がるような感覚と一瞬の意識の空白がなくなった時には、既に俺は現代日本へと帰ってきていた。


「ねむ……」


 家に来て安心したからか、一気に睡魔がやってくる。

 ガルの森で探索をしながら同時にテレワークも続けるというのは、回復魔法があるとはいえ正直キツかった。


 俺は限界を迎えそうになっている身体をなんとか動かし、そのままぽふりとベッドの上に倒れ込んだ。


「ぐごおぉ……」


 そして酔って気分の良い状態のまま、一瞬で眠りにつき、朝まで爆睡するのだった――。






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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


第一部はこれにて完結です!




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