第18話

「GRUUUUUU……」


 どうしてこうなった。

 俺は目の前でこちらを睨んでいるドラゴンを見つめながら、ここ最近の自分の行動を振り返っていた。


 『戦乙女』に何を言われても無視していれば良かったのだろうか。

 エルザはそんなに悪い人間ではないから、恐らく彼女は俺の秘密を声高々に言いふらすようなことはしなかっただろう。


 いや……そんなことをしていたら師匠のお孫さんであるルルを死なせてしまっていた。


 アイリスが暴走しなくとも、奥まで進めば遅かれ少なかれドラゴンには見つかっていたはずだ。

 間違いなくタイミングが違っただけで、見つかるという結果は変わらなかっただろう。


 つまりこうして俺が『戦乙女』を助けることができている今が、多分最善だっただろう。

 ……なんだ、それなら悩む必要もないな。

 今後の『戦乙女』とのことを考えると頭が痛いのは確かだが……今はそれよりも、


「GRYUUUUUUUU!!」


「目の前の相手に集中しなくちゃだな……」


 ドラゴンのランクはミスリル~オリハルコン。

 竜種はとにかく個体によって強さが異なる。

 基本的には寿命が長く、そして長生きすればするだけ強くなるって感じだ。

 そのため二つのランクにかかるように、幅広く設定されている。


 さて、では目の前のドラゴンの強さはどうか。

 鮮やかな赤の鱗に、少しだけ膨れた喉。口の端からちらちらと見える揺らめく炎。

 まず間違いなく火属性のドラゴン――火竜だろう。

 文献でしか見たことはないが、恐らくレッドドラゴンかボルケーノドラゴンあたりだと思う。


 ドラゴンは頭がいい。

 けれどこちらを睨んでくるドラゴンは明らかに俺のことを餌としか認識しておらず、こちらに向けているのは侮った視線だ。

 身体の動きにも無駄が多く、そして俺が以前狩った個体と比べても身体も大分小さい。


 恐らくまだ成体になるまでには成長していない幼竜だろう。

 強さはミスリルの中でも上から数えた方が早いくらいだろうか。

 ガチガチの成体ドラゴン相手だと流石に逃げの一手しかなかったが、このくらいの子供なら今の俺でも問題なく倒すことができるだろう。


 だが幼竜とはいえど、火竜が暴れるのを放置していては、ガルの森がめちゃくちゃになってしまう。

 かんしゃくで山火事でも起こされれば、森そのものがなくなってしまいかねないしな。

 とりあえず禍根の根は、ここで刈り取らせてもらうぞ。


「本気を出すのは、ずいぶんと久しぶりだな……いや何年ぶりだよって話だよ、本当に」


 転生してからは本気なんか出したことないから、誇張なしに三百年ぶりのガチ戦闘だ。

 少しだけ心が躍ってくる。

 果たして今の俺にどこまでできるのか、わくわくする気持ちを抑えられない。


 久しぶりに嵌めた指輪の位置を確認しながら、杖を向けた。

 俺の杖――『賢者の杖』の先端に嵌めてある虹色の宝玉は、その名を『賢者の石』という。


 師匠が復元に成功した、あらゆる魔力の根源的な部分を司る万能の石だ。


 こいつはめちゃくちゃ簡単に言えば、魔力に関するもの全ての力を底上げしてくれるという馬鹿げた性能をしている。

 そしてそんな『賢者の石』の最も恐ろしい点は、同じ『賢者の石』以外の他の魔道具との魔力的な干渉を行わない点だ。


 つまりどんな魔道具を使ったとしても、それらと喧嘩し合うことなくパワーアップを行ってくれるのである。


 ゲーム的な言い方をすれば、武器防具でもないのに能力全てを底上げしてくれる強力なアクセサリーといった感じだろうか。それが鎧や武器の能力値を超えているため、完全なバランスブレイカーである。


「とりあえず森を焼かれると困るな……ドラフティング」


 星属性魔法であるドラフティングは、使用者の空中浮遊を可能にする魔法だ。

 これを使えば効果が切れるまでの約十分間ほど、空中戦闘が可能になる。


 俺が空を飛びながら見下ろしてやると、憤った様子のドラゴンがこちら目掛けて飛んできた。


 翼を羽ばたかせながらやってきたドラゴンの牙が迫ってくるが、その速度はさほど速くない。

 ひらりとかわしてから、距離を取る。

 俺とドラゴンが、空中で向かい合う形になった。


「いくぞ、トカゲ野郎」


「GRAAAAAA!!」


 両手につけられた、合わせて十の指輪。

 そのうちの二つが、同時に輝き始める。

 赤い光と緑色の光。

 そしてその二つを調和させるかのように、賢者の杖は二つを包み込む虹色の光を放ち出す。


「ヘルファイア、プラス……ウィンドバースト――フレアテンペスト」


 相手を焼き焦がす地獄の炎と、全てを根こそぎにする暴風の疾風が混じり合い、一つの火災旋風となってドラゴンへと襲いかかる。


「――GYAAAAOO!!」


 大きく息を吸い込んだドラゴンが、ぷくっと大きく喉を膨らませてから、口から激しく燃えさかる炎を吐き出す。

 ドラゴンが使うことのできる固有魔法であるブレスだ。

 その威力は……さっき俺が使ったヘルファイア程度だ。

 なんだ、これならやりすぎだったな。


 両者の攻撃がぶつかり合い……ほとんど拮抗することもなく、ドラゴンのブレスが一瞬でかき消される。

 そして勢いが衰えることなく飛んでいく俺の魔法が、ドラゴンの身体を焼き焦がした。


「GYAAAAAAAAA!!」


「ふむ、火竜だが火魔法は効いてるな……」


 成体になった竜は、己の属性に対する完全耐性を持つ。

 一応確認のために火魔法を混ぜてみたんだが、減衰こそされているものの間違いなく効いていた。

 これで魔法で姿を偽っている成体の線も消えたな。


 ドラゴンが見上げるようにこちらを見てくる。

 その顔には先ほどまではなかった、恐れの表情があった。

 当然そんな表情をされたところで、手加減するつもりはない。


 両手に着けた指輪のうち、トパーズとエメラルドとサファイアのマジックジュエルが光り出す。


 十の指輪と、それら全てを支える『賢者の杖』。

 この十一の魔道具を組み合わせて戦うのが、前世の俺の基本的なスタイルだった。


 俺は魔術師の中では非才の部類だった。

 無詠唱を使うこともできなければ、師匠のように一撃でどんな敵も粉砕できるような強力な魔法を使うこともできない。


 故に俺は天才が至れる一点突破ではなく、凡才がたどり着ける万能の限界を求めた。

 その結果がこの十の指輪の力を『賢者の杖』を使って底上げすることによって可能となる、即時の全属性魔法による臨機応変な戦闘だ。


「ウィンドバーストプラスタイダルウェイブプラスガイアストラッシュ――グラウンド・ゼロ」


 暴風と津波が、鳴動する土に包み込まれながら一つの魔法となっていく。

 複合魔法、グラウンドゼロ。

 風・水・土の三属性の効力を持つ俺が速攻で使える中ではかなり強い方の魔法だ。


「GYAAAAAAA!!」


 ブレス攻撃は、一度使ってから再度使うまでにクールタイムがある。

 そのためドラゴンは今回は迎撃が間に合わず、正面から魔法を受けることになる。

 強引に旋回したためわずかに狙いを逸らされたが、それでも完全に直撃だ。


 翼に穴が空き、浮力を失ったドラゴンが態勢を崩したまま地面に落ちていく。

 ピクピクと身体をけいれんさせてはいるものの、完全に倒せてはいなかった。


 それを見て少しだけ落ち込む俺。

 幼竜にこんなに時間がかかっていることを知られたら、天国の師匠に怒鳴られるだろうな。

 宙に浮かび上がったまま、意識を集中させる。

 そして今度こそとどめをさすための魔法を頭の中で編み上げる。


 それは『星堕とし』に憧れ、その背中を追い続けた男が。

 自分の持てる力を注いでなんとか再現することに成功した、攻撃用の星魔法。


「――プチメテオッ!」


 はるか高くから落下する、魔法によって生み出した隕石。

 発火現象を伴いながらものすごい音を轟かせながら落ちてくるその一撃が、恐れと共に空を見上げるドラゴンの腹部を貫いた。


 ドオオオンッ!!


 森の中に衝撃が走り、鳥が木々から飛び上がる。

 プチメテオが落下した地点の周囲に大きなクレーターができ、周囲の樹木を根こそぎに倒していった。

 そしてその衝撃を直に食らったドラゴンは……今度こそ二度と、動くことはなかった。

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