第13話 相互確証破壊
だけど、賢者の提案に元魔王の辺見くんと上将ワイバーン『謀略のアウレール』の両者は、揃って首を横に振った。
「考えても見よ、勇者。今の我々はかつてとは違う。かつては我々が攻め込んだが、今は攻め込まれる立場だ。力なき者の提案など、誰も聞きはせぬ。攻勢に出た深奥の魔界の魔族が、『攻めないで欲しい』との言葉だけで引き下がるはずもない」
あちゃー、それは言えてる。
でもね、こういうときのためにウチには切り札があるのよ。
「ケイディ!
聞いていた?
これって、ケイディの出番だよね?」
私、振り返ってそう聞いたの。
こういう政治っての、前世での戦いにはなかった。だから、賢者の手にも余るかもしれない。だけど、ケイディはこういうに関してはプロのはずだ。
ケイディは、スライム軍団に向けていた銃口を下ろすことなく、戦士の橙香と武闘家の宇尾くんを呼んで、後方警戒の役割をバトンタッチした。
そして、そのままこちらに向かって歩いてきた。銃口は天を向いているとはいえ、手にはライフルを持ったままだ。
「多世界間の安全保障は、残念がら悲観的な不信感の上にしか成立しない。
自分は相手を何度でも全滅させられるという保証による安心がなければ、疑心暗鬼は容易にエスカレートし、原因もなく戦争が起きることになるだろう」
「ちょっと待ってよ。MADをここにも導入する気?」
賢者がケイディの言葉を止めた。
で、「まっど」ってなに?
泥?
「悪いか?
批判はあろうが、もっとも世界平和の維持に貢献した方法だぞ。非難するなら、MAD以上の実績を望める案を出せ」
そう言われて、賢者は口元をむぐむぐさせたけど、結局、言葉を発することはなかった。
でもさ、そんなすごい方法があるなら、それでいいじゃん。それでみんな平和になるじゃん。さすがケイディ。
「我々の世界にいた元魔王は知っているだろうが……。
MAD、つまり、相互確証破壊だ。互いに相手を何度も全滅させられる兵器を持ち、共に先制攻撃に対する確実な報復攻撃の手段が確保できていれば、理論的に戦争は起きない。互いに全国民が死に絶えるのだから、そのリスクは負えないのだ。
魔族が好戦的で誇り高いのは悪を意味しないが、リスクだけは高い。それを自覚したうえで、どうするかは、お前たちが決めろ。私は案を出しただけだ」
そう言い切ると、ケイディはそのままその位置で銃を抱いて黙り込んだ。
「……どうかしている。生命の絶滅と平和が天秤に乗るなどおかしな話ではないか」
そう吐き捨てたのは上将ワイバーン『謀略のアウレール』だ。
私も、賢者がもの言いたげだった理由がわかった。世界を何度も滅ぼせるだけの核を持って脅しあう姿を、さらに他の世界にまで拡大するのかと問われたら、それは私だって返答に困る。
アウレールは続ける。
「そもそも我々と深奥の魔界とやらが共倒れになったら、勇者たちの世界が3つの世界を独占することになるではないか。そのような犬兎の争い、とてもできぬ」
「もちろん、報復攻撃は第三者の世界にも及ぶ。小細工させないためにもな」
ケイディの言葉に、『謀略のアウレール』は呆れ返ったみたいだ。
口からは黒い煙がぽっぽっと出て、そろそろ引火に成功しそうだ。
あとがき
上将ワイバーン『謀略のアウレール』、極めてシンプルな反論が始まる……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます