第30話 勇者がしたこと

「じゃあ、前世の勇者の魂が息づいているっていうなら、高潔な人格も……」

「橙香、うるさい」

 私、そう橙香を黙らせようとした。


「いや、前世の勇者、その戦い方はかなりえげつなかったぞ」

 元魔王の〇鹿が口を挟んできた。

 なによ、いったい……。


「勝つためには手段を選ばず。高潔さは微塵もない。それが勇者ではないか」

 ……なんて言いぐさよ。

「私がなにをしたって?」

「仲間を盾にすることも厭わず、あまつさえ人質もとったよな」

「……ぜんっぜん、覚えていないわ」

「つくづく、都合のいい記憶だな」

 元魔王の辺見くんに言われて、私、なんか本当に不安になってきた。


「……それで思い出したくないのかな?

 そんなに私、悪い奴だったのかな?」

「目的に向けて最短距離を走っていたわね、いつも」

 と、これは結城先生。


「具体的にどんなところ?」

 ちょっとびくびくしながら聞いた私に、結城先生の返事はあんまりなものだった。

「魔族に愛はないって、嘘だから。ただ単に、となりの世界の住人で、こちらの世界とせめぎ合っているというだけだから」

「どういう意味?

 私がその魔族の愛を利用したとでも?」

「……胸糞が悪くなるわね」

「……私、そんなに酷いことしたん?」

 なんか私、泣きそうになってきた。


「正しかったことは間違いない」

 見かねたのか、宇尾くんが割り込んできた。

「我々の世界は攻め込まれた。そして、撃退しただけでは十分じゃなかった。さらにまた攻め込まれないよう、確実な抑止措置が必要だったんだ。如何に非道な作戦であれ、仕方なかった。それが実行できたからこその平和だったし、それは勇者のおかげだし、だからこそ我々も勇者に従ったのではないか」

 ……私、魔王の息子を魔王の目の前で殺したとか、そういうことをやったってことなのかな?

 私の手、ぶるぶる震えだしてしまった。

 怖い。


「魔族は生きている間に、愛する者から葬儀に必要な葬具一式をプレゼントされるの。それを眺めながら、約束された安寧の死後と愛されている実感を覚える。それを破壊されたら、もう死ぬに死ねない。死んでも行く場所がないのだから。だから、どんな無茶をしてでも壊した相手を倒さねばならない」

「お棺でもぶっ壊したの、私?」

 賢者の説明に、自分のしたことのどこが悪いんだかわからなくなって、私は聞いた。


「ああ。それでいいように誘き出され、いいように翻弄され、余は倒された。我が部下たちが用意してくれた、ガラスの棺だったのに……」

「グリム童話かいっ?」

 思わず私はそう叫び、元魔王の辺見くんは私をじろりと睨んだ。


「そこの武闘家に至っては、余の棺を見て、『死後も筋肉を見せつけられる』とかほざきおった。ええい、花に囲まれそこに葬られれば、この世界に転生せずに済んだかもしれないのに……」

「……ずいぶんと少女趣味の魔王ね。それに、転生しないってのは無理だと思う。

 それにそれに、童話みたいに生きている魔王より死んだあとの方がみんなに見られるようにするって、実は嫌われていたんじゃないの、アンタ?

 白雪姫だって、本当ならガラスの棺の中で腐ったのよ。そんなぐっちゃんぐっちゃんを見られたいの?」

「な……、なんということを」

 あ、顔色紫色?

 そんなに怒った?




あとがき

第31話 魔界の習慣、に続くような続かないようなw

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